小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住18年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
日本のアニメやマンガなどのコンテンツ産業は近年「クールジャパン」として着目され、日本文化の象徴の一つとして取り上げられることが多い。インターネットの発展や訪日旅行者の増加により海外の人々が日本文化に触れる機会が増えたと同時に、日本国内の事業者も商機と捉えて積極的に取り組んでいることが要因である。
それでは日本のコンテンツ産業はビジネスとして成長し、また評判どおりに海外向けの売り上げを確保できているのであろうか。海外に長く住む私の眼にはクールジャパンはそんなにうまくいっているようには思えない。タイやインドネシアでは、K-POPの方が優勢であり、隣国ミャンマーに行っても、韓国や中国のテレビ放送ばかりで、ミャンマー人に聞いても一番行きたい国は韓国である。今回はそんな「クールジャパン」の現実を見てみよう。
◆コンテンツ産業の現状
少子高齢化などを背景に日本のコンテンツ産業の市場規模は、2007年の12.9兆円を頂点に減少に転じており、12年段階では11.8兆円に縮小している(図1、図2)。コンテンツ産業として成長しているのは唯一ゲーム市場のみであり、その他の音声や動画、文字媒体は横ばいか緩やかな縮小基調となっている。活字離れと指摘されて久しいが、とりわけ書籍や静止画・文字分野については07年の5.4兆円から12年は1割以上市場が縮小している計算になる。
【図1 コンテンツ産業市場規模(種類別)】 【図2 コンテンツ産業市場規模(流通経路別)】
(出所)デジタルコンテンツ協会「デジタルコンテンツ白書2013」
(注)パッケージとはCDやDVDなどの記録媒体に保存された商品を指す。
また、コンテンツ産業の海外への展開をみると、非常に小規模であることが見てとれる(図3)。コンテンツ産業における海外輸出はゲームが大宗を占めており、そのゲーム分野も08年をピークに欧米や韓国、中国企業の台頭により輸出額が大幅に縮小している。クールジャパンの旗振り役と目されるアニメについても海外における知名度の高さとは裏腹に、海外輸出額は05年ごろ(約300億円)にピークアウトし、12年では半分の約150億円にとどまっている。映画やテレビ番組に至っては50億~100億円前後とほとんど海外展開が進んでいない状態である。
(出所)デジタルコンテンツ協会「デジタルコンテンツ白書2013」
(注)右図は左図のうちアニメ、テレビ番組、映画を拡大したもの。
世界的に見れば、コンテンツ産業自体は、今後成長が期待される分野の一つのようだ。①新興国における人口増加及び所得水準の向上に伴う娯楽支出増大②情報のデジタル化及び通信高速化によるデジタルコンテンツ商品の入手容易化③経済のサービス化・ソフト化による情報関連産業の拡大――などにより中国を中心とするアジア太平洋地域や米国での大幅な市場規模拡大が見込まれている(図4)。こうしたことから、コンテンツ産業を成長産業と位置づけて積極的に支援している国が少なくないのである。
(出所)PwC「Global Entertainment and Media Outlook:2014-2018」
コンテンツ産業を世界的に見た場合、桁外れな大きさを誇るのが米国市場である。日本はコンテンツ市場においても、残念ながら中国の後塵(こうじん)を拝し、第3位の地位に甘んじている。日本ではコンテンツ自体は豊富に存在しており、活字やマンガ、アニメ、映像、ゲームといった各分野において、幼年向けから成年向けまで多種多様なジャンルの商品が供給されている。このうちアニメやマンガについては、東・東南アジアを中心として高い認知度を誇り広く普及している一方、ドラマや音楽、映画については欧米や韓国に水をあけられている(図5)。すなわち日本の豊富なコンテンツ群が海外で十分に普及しているかといえばそうではなく、またアニメのように認知されている分野も輸出規模は縮小しているのが現状である。
(出所)経済産業省
日本のコンテンツ産業は、国内の市場規模が緩やかに縮小する傾向にあるうえ、今後の少子高齢化による国内消費者のさらなる減少によりさらに事業規模が縮小する可能性が高い。このため、「クールジャパン」は積極的に海外に展開する必要があるが、実際には、近隣諸国との競争が発生する中で商品の認知度や競争力が低かったり、収益を稼ぐ仕組みづくりに課題があったりするため、相応の知名度があっても売り上げを確保できていないのである。
◆米韓中などとの競合の現状
次に、「クールジャパン」と競合する各国の状況を見ていきたい。まずコンテンツ産業に圧倒的な地位を確立している米国では製販一体化によるメディアコングロマリット化が進展しており、少数企業グループによる市場支配が拡大している点が挙げられる。例えばウォルト・ディズニー・カンパニーは、映像製作会社のほかに配給やソフト化を担う企業群を有するだけでなく、放送局(ABC)やテーマパーク(ディズニーランド)、リゾート運営会社など関連産業も保有している。つまり各種制作に関する権利の囲い込みに始まり、強力な自社販路網を活用した販売活動やその後のキャラクタービジネスまで網羅しているのである。このような体制では、グループ内の著作権処理が容易となることに加え、強大な経営資源を活用した販売促進を実施することができるため、機動的な対応が可能となる。
他方、日本のメディア事業者は欧米企業と比べて規模が小さく、経営資源が限られている。またドラマ、アニメでは、異なる分野の事業者が参画する製作委員会方式により制作、流通されることが多いが、当方式はリスクを分担することができるようになっているものの、参加者が多岐にわたるため著作権(版権)の調整に時間を要し、また各参加者の意思統一がされなければ大規模な販売促進ができないという問題がある。そしてソフトの発売後も正規の海外販売チャネルが乏しいうえ、不十分な海賊版対策によりコピー品が即座に出回ることから、収入を得る方法が限定されているといった点が課題として指摘される。
次に挙げられるのが韓国との競合である。韓国は1997年のアジア通貨危機後、コンテンツ産業を輸出型の基幹成長産業として位置づけ、国家的に保護・育成すべき産業分野として手厚い支援を実施してきた。文化関連行政を担当する文化体育観光部及び傘下の韓国コンテンツ振興院(KOCCA)が、文化保護や著作権政策のみならず、韓国文化の広報、コンテンツ産業の振興、メディア政策、ひいては国家ブランドの構築まで一元的に主導して「韓流戦略」を展開している。結果、韓国のコンテンツ産業自体は経済規模を反映して日本ほど大きくないものの(前掲図4)、輸出額は近年各分野で伸びている。輸出額の太宗を占めるゲームは2012年に日本に匹敵するまでに成長しており、テレビ放送は日本の2倍近くを輸出している(図6)。また他にもエデュテイメント(娯楽形式で提供される教育媒体)やキャラクタービジネスが堅調な成長を見せている。
(出所)韓国文化体育観光部「2013コンテンツ産業統計調査」
(注)右図は左表のうちアニメ、テレビ、映画を棒グラフ化し、前掲図3にある日本のデータをドル換算して折れ線グラフ化したもの。
韓国では、どのような支援策が導入されているのであろうか? コンテンツ産業の中でも高い波及効果が考慮され広告塔として積極的な支援が行われている放送業界を見てみよう。まず制作分野においては、輸出に向けた再制作支援として現地語字幕や吹き替えといった現地化に要する費用、またサンプル制作などの販売促進に要する費用の7~9割が補助される。また国際見本市(MIPTVやNATPE)への出展に関する諸費用の補助も用意されている。そして流通の段階になれば、再制作版権が買い上げられた後、新規市場の開拓支援と題して韓流が知られていない地域への流通を前提に無料又は安価で配布されている。こうした支援を背景に、韓国の放送事業者は販路を確保しながら、価格競争力の高い商品を提供することができ、コンテンツ不足に悩む各国の放送局にとっては格好の商品となるのである。
他方、日本の放送コンテンツは、まず日本独自の世界観に基づいたストーリーやワンクール3カ月(13話程度)という作品の短かさといった特性で販路が狭められることに加え、なにより著作権に関する処理の複雑さが障壁となる。例えばドラマやバラエティーの場合、原作や脚本から使用音楽、出演者に至るまで、それぞれに対し著作権又は著作隣接権が発生するため、海外展開時には権利者全員から個別に許諾を得る必要が出てくる。その権利処理に際しては、各権利者に対して許諾料が発生するだけでなく、消息不明な権利者の探索により時間と費用を要したり、音源利用に制約がかかったりすることになる。そしてその結果、手続きの長期化と販売価格の高騰を招き、放映時期を逸するとともに価格競争の点でも敗れてしまうのである。
韓国政府の支援としてもう1点挙げたいのが、産業集積の推進である。韓国ではコンテンツ産業が製造業に比べ基盤形成が容易で、地域経済の活性化にも貢献できる産業と認識としており、国内各地に「文化産業団地」「文化産業振興地区」「地域文化産業支援センター」を設け、集積地域内での産学官連携や産業育成を支援している。例えば、文化産業団地はゲーム、アニメ、テレビ番組、音楽など企業・機関が密集した地域や文化産業の発展可能性が大きい地域に、企画・制作・生産・流通に関連した機関および大学、研究所などによるクラスターを形成させ、地域ごとに集中的な産業育成を実施している。こうした取り組みにより韓国企業の技術や人材面での競争力が向上してきており、日本のアニメや放送制作分野での比較優位性が失われ、商品供給能力の弱体化につながる結果となっている。
最後に中国の動きを見てみたい。中国では所得水準の向上に伴う娯楽支出の急速な増加により映画やゲームなどを筆頭にコンテンツ産業が急拡大しており、その規模は日本を抜いて世界第2位の規模に躍り出ようとしている(前掲図4)。
そうした産業の成長と歩調を合わせるように、政府も同産業の重要性を認めて支援を拡大している。例えば2000年代中頃から全国各地に国家動画産業基地が設置され、認定を受けた大企業やテレビ局に対して政府が直接、制作資金を補助したり、中小企業や零細企業向けに制作設備の安価での提供がなされたりしている。中国に赴任された方ならご存知であろうが、中国では毎日のように「第2次世界大戦時の日本軍の強姦・略奪行為を共産党軍が打ち負かす」といった勧善懲悪のドラマが放映されている。こうしたテレビドラマの制作にも政府資金が補助されている。更に問題なのは、こうしたテレビドラマがタイ、インドネシア、ミャンマーなどの東南アジアにも輸出され、当地における反日宣伝に使われているのである。
◆海外へ展開していくための施策提言
こうした状況に対して、日本でもクールジャパン政策として各種の支援策が実施されてきている(図7)。例えばJ-LOP(Japan Localization and Promotion)事業では、アニメや電子コミックにおいて字幕・吹き替えなどの現地化に関する費用の補助を通じて、海外進出時の言語面での課題を緩和するとともに価格競争力の維持を図っている。
(出所)経済産業省
またクールジャパン機構の出資案件でもコンテンツ産業への各種支援が実施されている(図8)。アニメコンソーシアムジャパンでは、出版や映像、アニメ関連の国内企業が集まり、海外販路確保の一環としてインターネットでのアニメ海外配信を実施しているほか、KADOKAWA Contents Academyでは海外で日本のコンテンツ産業を支える人材を育成すべく専門学校事業を展開している。
(出所)経済産業省
こうした施策は前述の制作面や流通面での日本の弱点を補強しているが、補助金頼みの施策で抜本的な解決策とは思えない。国内の人材空洞化や版権処理の問題、海外でのネット配信以外の販路開拓などその他の課題も山積している。また、コンテンツ産業においてはソフトそのものだけでなく、二次利用でのキャラクタービジネスが重要な収入源となるが、ブルーレイディスクや物販など周辺市場の販路についてはほとんど確保できていないのが実情である。このため、日本のコンテンツ産業が今後、海外へ展開していくための施策について提言したい。
(1)著作権に関する規制緩和
第一に、現在は細かく分化している各事業者の権利関係の統合並びに簡素化の推進である。日本においては制作、流通、キャラクタービジネス各社が細かく分立してしのぎを削っており、作品制作に際してはしばしば製作委員会方式などのリスク低減策が導入されている。この体制は権利関係の処理や機動的な販売促進の実施などに際して障壁となっており、メディアコングロマリット化した欧米企業との競争では足かせとなる。
この点については資金力に優る企業や共同出資会社が権利一切を買い上げる、または著作権の一括集中管理を実施するなどして権利関係を統合することができれば、海外展開に関する窓口が一元化され、敏速かつ首尾一貫した対応が可能になると考えられる。権利集約について一企業での負担が重過ぎるようであれば、クールジャパン機構からのリスクマネーの供給により事業を行うことも検討できるのではないだろうか。また、著作権のフェアユースや拡大集中許諾を実施する特定産業・企業向けの仮想特区を実験的に設立することができれば版権処理の簡素化にも寄与すると考えられる。
(2)海外での販路拡大
第二に、コンテンツ自体ならびに周辺分野の販路確保である。日本はコンテンツが豊富であるが正規の海外販売網に乏しい。そのため海賊版対策と並行して、現地での正規販売代理店や放送局の確保が重要である。方策としては、マンガの場合には現地書店や出版会社への経営参画による海外既存流通網の活用、アニメや放送の場合には継続的に商品を購入する提携放送局の確保や、進出先の経済状況に応じた現地化費用補助などの支援による価格競争力向上が考えられる。
とりわけアニメやマンガについては、作品そのもの同様に二次利用でのキャラクタービジネスも大きな収益源となり得る。従前は日本と海外で作品のソフト発表時期に大きな差異があり、また物品の販売を担える事業者も存在しなかったためキャラクタービジネスを展開することが困難であったが、インターネットの普及により日本と海外でほぼ同時に作品を提供することが可能となり、また東・東南アジアを中心に物販の拠点となり得るショッピングセンターが続々と設立されている。各国のメディア、玩具等事業者と提携するか、共同でアンテナショップを展開することができれば、より収益機会は拡大する。
(3)コンテンツに関する産業集積
第三に、産業集積の推進による産業、商品競争力の向上である。現在、日本においても自然発生的で緩やかな企業の近接立地はあるものの、特定の空間を指定した産業集積は見られない。近隣諸国がコンテンツ産業を国家的に育成すべき産業と指定して競争力向上のための産業集積を推進している状況を放置すれば、今後、人材や技術面で後塵を拝する可能性がある。技術面においては労働単価の高い日本でも可能な制作方法の開発や、技術流出しにくい3D技術の開発が、人材面においても制作や流通に明るい人材の開発、または留学生の受け入れによる制作の担い手要請などが必要であろう。学術・養成機関で技術や人材が育成され、そこで培われたものが集積内企業で活用されるという好循環が達成されれば商品の競争力は高まるであろう。
コンテンツ産業の積極的な海外への展開は、日本に対する収益還元効果のみならず、広く日本のファンを海外につくっていくうえで極めて重要な施策である。日本国内で規制緩和を推進することにより民間の活力を向上させるとともに、海外展開にあたっては国策として積極的に政府が関与していくことが望まれる。
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