北川祥一(きたがわ・しょういち)
北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国関連国際法務分野においてトップローファームといえる大手法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。前事務所勤務時代における中国留学経験も生かし、法令・契約書の中国語原文でのレビューも行うなど、国際企業法務の観点から中国、台湾、マレーシアなどのアジア国際ビジネスを総合的にサポートしている。
さて、第1回のデジタルフォレンジックの話の続きとなります。
それでは、具体的にどのような場面でデジタルフォレンジックが役立つのかという点について具体例を交えながら説明します。
◆労働問題にも応用可能
例えば、労働問題は全ての企業において発生し得る問題ですが、この労働問題についても応用可能です。
具体例として、「退職した従業員から会社に対し未払い残業代の請求があった」という場合を想定してみてください。
この具体例で会社側は、当該従業員が残業を行っていたと主張する業務内容について疑問を持っていたとします。
しかしながら、残業を当該従業員が単独で行っていたような場合には、実際にいかなる業務・作業を行っていたかを会社側が客観的に確認する手段がありません(その意味で、「やったやらない」の水掛け論とも言える状態)。タイムカードがあったとしても、それは出退社時間が確認可能であるだけで、業務内容の確認まではできないのが通常であるところでしょう。
そこで、会社は当該従業員が使用していた会社所有のパソコンを調査することとしました。
無論、業務外のサイト閲覧などの履歴はきれいに削除されており、デジタルフォレンジック調査を経ない段階ではその痕跡は発見されないことが通常ですが、デジタルフォレンジック調査を行えば、当該従業員が残業を行っていたとする時間帯に、業務とは無関係なゲームサイトなどの閲覧を行っていれば、そのような履歴を復元・発見することが可能となり得ます。
このような具体例に類似する労働問題の交渉過程において、会社側がデジタルフォレンジック調査結果を従業員に突き付けたところ、当該従業員からの請求は取り下げられたという事例も存在します。
この事例を法的な観点から評価するのであれば、デジタルフォレンジック技術・手法を用いることにより労働紛争を早期に解決することに成功した事例といえるところでしょう。
また、上記の具体例もしかり、一般論としても不正行為の行為者は、その痕跡を消去することが通常と言えますが、まさに、そのように消去されたデジタルデータの復元や調査を行う技術・手法がデジタルフォレンジックと言えます。
そして、しばしばあらゆる紛争において問題となる「言った言わない」「やったやらない」の水掛け論の紛争に終止符を打つことができる客観的証拠の収集・獲得を可能とし得る画期的な技術・手法がデジタルフォレンジックであると言えます。
その他、労働問題に関連したデジタルフォレンジックの応用事例としては、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントの証拠となるメールデータの復元、あるいは従業員による機密データの不正持ち出しの痕跡の復元・特定などの事例が挙げられます。
パソコンを中心とした電子機器を使用しない業務は存在しなくなったと言っても過言ではない現在のビジネスシーンにおいて、上記のような各事例はあくまで一例に過ぎず、デジタルフォレンジックによる紛争の解決・予防の応用範囲は無限に広がっています。
繰り返しとなりますが、大きな紛争に発展する類型の紛争には、客観的な証拠に乏しいいわゆる水掛け論的争いが含まれていることが少なくありません。
往々にして客観的証拠に乏しいからこそ、双方の主張が食い違うものです。
デジタルフォレンジックは、そのような紛争に終止符を打つことができる可能性のある手法・技術として、今後重要性を増していくものと考えられます。
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