水野誠一(みずの・せいいち)
株式会社IMA代表取締役。ソシアルプロデューサー。慶応義塾大学経済学部卒業。西武百貨店社長、慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授を経て1995年参議院議員、同年、(株)インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア(略称:IMA)設立、代表取締役就任。ほかにバルス、オリコン、エクスコムグローバル、UNIなどの社外取締役を務める。また、日本デザイン機構会長、一般社団法人日本文化デザインフォーラム理事長としての活動を通し日本のデザイン界への啓蒙を進める一方で一般社団法人Think the Earth理事長として広義の環境問題と取り組んでいる。『否常識のススメ』(ライフデザインブックス)など著書多数。
拙稿第3回をアップロードしてから、連続した海外出張や多忙にかまけて、2カ月以上経過してしまった。その間の米大統領トランプの「否常識」と「非常識」が入り乱れる過激な「大統領令」の乱発や、医療保険制度改革(オバマケア)代替法案の採決見送りという稚拙な米国の議会運営を見ていると、こちらまでが、なんとも判断不能状態になってしまったことも、筆が止まった理由のひとつだった。つまり、彼が目指そうとしていることは、既存の「ワシントンシステム」(在米の民間シンクタンクや大学の研究者が過去あるいは将来、米政権内で日米外交に直接関与したり影響力を行使したりして有効的に機能すること)を排除しようとする「否常識」の実現なのだが、やり方が「非常識」で稚拙なため、大統領令がことごとく司法や議会によって反故(ほご)にされてきた。最近、娘の大統領補佐官イバンカの夫ジャレッド・クシュナーによって失脚寸前まで追い込まれている最側近の首席戦略官スティーブン・バノンにも大きな責任がある。
◆「ジャパンハンドラー」の失脚
だがその間、一方で米連邦捜査局(FBI)の手によって「ワシントンシステム」内の驚くべき「非常識ぶり」が明らかになったことをご存知だろうか?
それは、2月17日にFBIから公表された100ページに及ぶ報告書による暴露だった。
去年の暮れの大統領選挙の際、ヒラリー・クリントンがかつて国務長官時代に、国家機密に関するメールのやり取りに、個人メールサーバーを使用していた問題が暴露された。それがFBIの手で明らかになる過程で、FBIに対して国務省のパトリック・ケネディ次官から交換条件を餌(えさ)に圧力がかかったのだが、その裏にある組織が「影の政府(Shadow Government)」と呼ばれていることを明らかにしているのだ。この「影の政府」とは、国務省の7階で毎週開催される政府高官たちによる会議体だといわれている。
※参考URL:New FBI release on Clinton email probe refers to ‘Shadow Government’
http://www.cnbc.com/2016/10/17/fbi-releases-100-new-pages-on-clinton-email-probe.html
※参考URL:米国務省、クリントン氏メールでFBIに取り引き持ちかけ?
http://www.bbc.com/japanese/37687342
トランプは、この「影の政府」の存在については先刻承知だったので、彼が大統領になったときから、国務省の大リストラが始まった。まず、エクソンモービル前会長で最高経営責任者(CEO)だったレックス・ウエイン・ティラーソンを国務長官に指名した。彼によって国務省の重鎮であり、クリントン、ブッシュ、オバマと三代にわたって大使を務めたクリスティー・ケニーをはじめ、主要メンバーが 2月16日に国務省から解雇された。彼らの多くは、象徴的な国務省ビルのトップフロアである7階で働くメンバーだった。国務省のスポークスマンは、CBS ニュースに「政権の移行に伴い、国務省は職員を刷新・構築し続けている。国務省は共和党と民主党両方からの才能ある個人によってサポートされている」と述べた。トランプが大統領に就任して以来、国務省職員の解雇はこれで2回目だった。1月末にも、4人の上級職員が国務省を去っている。これはまさに、「影の政府」の追放を意味している。
※参考URL:It’s a bloodbath at the State Department
http://nypost.com/2017/02/17/rex-tillerson-fires-top-officials-at-state-department/
※参考URL:State Dept. carries out layoffs under Rex Tillerson
http://www.cbsnews.com/news/state-dept-layoffs-under-rex-tillerson-being-carried-out/#
今回トランプ政権への移行で、リチャード・アーミテージやマイケル・グリーンなどの「ジャパンハンドラー」が失脚したのも、この一連の動きと無関係ではない。そして逆に今まで彼らに排除されていたアド・マチダやマイケル・オースリンといった面々がにわかに台頭してきたという。一応日本を巡る既存利権が崩壊したように見える。
※参考URL:トランプ大統領誕生で「アーミテージ・グリーン」コンビが〝粛清〟
http://www.yellow-journal.jp/overseas/yj-00000413/
この「影の政府」は「日米合同委員会」という非公開協議や、米国から日本に対して2009年まで毎年突きつけられてきた「年次改革要望書」とも無関係ではない。これらの要求内容の実態は、この「影の政府」の要望によるものだからだ。
この「影の政府」の一掃というティラーソンの力仕事は、従来のワシントンシステムの常識を覆すことには違いないが、それで簡単にコトが進むか否かはなんとも疑問である。
そもそも、ティラーソンにしても、あるいは国防長官マティスや大統領補佐官(国家安全保障担当)マクマスターにしても、石油メジャー、ウォール街、軍部など、さらにその奥に存在するといわれる「Deep States(ディープ・ステート)」からの派遣者でもあるのだから、どれほどの改革が実現できるのだろうか。
◆実在する鉄壁のシンジケート
この「Deep States(ディープ・ステート)」とは何か。
たまたま、在米ジャーナリストの町山智浩が「言霊USA」という週刊文春の連載の中で、「Deep State=国家内国家」という言葉を紹介している。
※参考URL:町山智浩の言霊USA 第377回 「Deep State(ディープ・ステート=国家内国家)」
http://ch.nicovideo.jp/shukanbunshun/blomaga/ar1239710
国務省にあるのが「影の政府」だとすると、こちらは「闇の国家」とでも考えればいいのだろうか? 彼によると、この「Deep State」は、トルコ語の「Devin devlet」が語源であり、「選挙で選ばれた政府が司るのは表面的な国家でしかなく、その奥深くに軍部と諜報機関と司法とマフィアが結託した闇のネットワークが存在している」という。「国民の支持を受けた首相や大統領も、軍部や諜報(ちょうほう)機関に逆らうと、クーデターで政権を追われたり、暗殺されたりする」わけだ。
この「Deep State」はエジプトとパキスタンにも存在するという。これらの中東諸国ならさもありなんと思えるが、先進的民主主義国家と思われている米国に「Deep State」があるのは不思議に思うかもしれない。だが少なくとも1961年1月に当時のアイゼンハワー大統領が任期最後のテレビ演説で、「米国を背後から支配しているのは軍産複合体=軍部+諜報機関+政治家+軍事産業だ」と語っている。事実、アイゼンハワー政権のCIA(中央情報局)長官のダレスは、大統領に無断で世界各地の反米政権をクーデターで転覆させていたし、FBIの初代長官のエドガー・フーバーも大統領以上の権力を持っていた。盗聴などの諜報情報をもとに、この世を去るまで48年にわたってFBIの独裁者として君臨した。その間、第30代クーリッジから第37代ニクソンまでの8人の大統領でさえ、誰も手出しができなかったといわれる。それはケネディでさえも同様だった。それでも従順ならざる大統領だったケネディ暗殺の裏には、FBIが関与しているという説も無視できない。
こうした一昔前の「Deep State」の話が再燃してきたのはトランプの首戦略官だったバノンが、またぞろ「現代のDeep Stateが政権を妨害している」と言い出したからに他ならない。トランプに近いスティーブ・キング下院議員に至っては、「闇の大統領はオバマだ」とまで言っている。大統領退任後も、依然ワシントンに住み続けているのがその証拠だという。だからトランプタワーでの盗聴がオバマの指示で行われたというのも単なる口から出まかせではなさそうだ。ニクソンが民主党本部の盗聴事件=ウォーターゲート事件を仕掛けたくらいだから、「CHANGE」を訴えて登場しながら、結果「Shadow Government」や多国籍企業に取り込まれてしまったオバマなら十分にありうる。ここでも、トランプ一派がなんと非常識なことを言い出したのか?で済まそうとする人も多いだろうが、どうもそう簡単なことではなさそうだ。
その証拠に、国家間の問題と思われていたTPP(環太平洋経済連携協定)が、その実態は国家の利益のためではなく、ごく一部の多国籍企業の利益のためであり、米国の場合、実際の協議は通商代表部や政府機関が行っても、裏で指示を出していたのが600社にも及ぶ企業の弁護士グループだったという事実がある。米国といえども、TPPは国家の利益ではなく、こうした多国籍企業の利益でしかないことを知っているから、オバマが賛成し、トランプがこの条約からの離脱を宣言したわけだ。
この「Shadow Government」 や「Deep State」という組織が実在しようがしまいが、覆せない事実は、長年戦争を最大の国家産業として商ってきた軍、軍事産業、関係官僚、利権議員、諜報機関などによる鉄壁のシンジケートが明らかに実在するということだろう。この力の下では、ブッシュは当然のこととして、オバマやクリントン夫妻までが抱き込まれているように、共和党か民主党かという違いすら問題ではない。そもそもは共和党側だったジャパンハンドラーのリチャード・アーミテージらが、民主党政権下でも力を保ち続けたことがそれを物語る。
この戦争産業シンジケートという「非常識」な体制に対して、「否常識」な盾を突いたのがトランプなのだ。だが、常識的な人々には思いも寄らなかったトランプの勝利に見られるように、このシンジケートの結束力が次第に落ちてきていることも明らかだ。これは石油業で巨財を成したロックフェラー家の3代目デビッド・ロックフェラーに代表される中心世代の高齢化や死とも無関係ではない。
医療保険制度改革(オバマケア)代替法案の採決見送りはトランプ政権の政策実行能力に疑問符を投げかけた。外交ではシリアへの空爆による米ロのきしみと、北朝鮮問題、 ウォーターゲートに倣(なら)ってロシアゲートと揶揄(やゆ)されるFBIのコミー長官更迭問題など、難問が目白押しだ。だが、米経済の行方を左右する本当の正念場は、夏にかけて本格化する税制改革議論だろう。
依然として、かなりの国民(庶民)からの期待はあるものの、その稚拙な舵(かじ)取りゆえに、国家運営でダッチロール状態が続いていることは確かだ。少なくとも、民主主義国だと信じたい米国が「Deep State」という「非常識」に負けて、墜落だけはしないでほしい。
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