佐藤剛己(さとう・つよき)
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories 代表。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。
大手の東南アジア進出に続き、今は中堅企業や小規模企業に進出意欲がある。昨年来、タイへ本格投資を始めた中堅日本企業は、国際協力機構(JICA)の後押しもあり700社以上に上る(※注1)。日本政府は補助金を潤沢に付け、日本貿易振興機構(JETRO)も加わり中小企業基盤整備機構も進出支援に勢力を注ぐ。民間では地銀が進出融資の形でこの勢いに乗ろうとし、「出ないと乗り遅れるのではないか」という雰囲気もある。しかし大手企業とは異なり、中小企業の進出には特徴的なリスクがある。周りは「応援団」ばかりなのだ(※注2)。 筆者の仕事は、個別固有の背景をベースに機微に触れる事項が多く、ケーススタディーは極力出さないようにしているが、企業の失敗を見るのは忍びない。巷(ちまた)に数多あふれる自称コンサルタントの無責任さにも目を覆うものがあり、少しばかりケースファイルをひも解くことにする。
◆海外進出著しい中堅企業
東京都内で去る2月8日、駐日カンボジア大使の投資促進講演会があった。200人近く入ると思われる会場は満杯、壁沿いにもいすが並ぶ盛況ぶりだった。受け付けに積まれた参加者の名刺を見ると、名だたる企業に交ざって(失礼ながら)聞いたことのないような社名や、都外の住所が記載された名刺も多い。全員がカンボジア進出を考えているわけではないだろうが、進出熱が高いことがうかがえる(※注3)。 国は違うがタイでは、タイの英字紙・バンコクポストが近時の進出動向として県別数字を挙げた。
埼玉: 197社
山梨: 11社
秋田: 6社21工場
鳥取: 19社22工場
島根: 21社
愛知: 280社416工場
富山: 58社31工場
京都: (進出企業数記載なし)
しかし筆者は記事を読みながら、在タイ・ン十年のベテランビジネスマンの言葉を思い出した。「経験に乏しい中小企業は、タイ語はもちろん、英語も話さず、こちらにおんぶに抱っこ。契約調印だけのことで社長含め総勢10人でやってくる。タイ人から見ても、こういう日本人は『カモネギ』です」
◆日本企業は「カモネギ」?
これを聞いたのは4年前。その後、自身のビジネスで個々の事例に触れ、腹落ちした。タイ、インドネシア、マレーシアでの事例を一つずつ紹介する。詳細の一部変更はご容赦いただきたい。
【タイ:JV相手、パナマ文書に名前が】
インフラ関連建設業の中堅G社は、タイ進出の足がかりにP財閥出身の大物Q氏とわたりをつけ、Q氏に現地子会社名誉職に入ってもらう話を進めた。G社とP財閥の関係は、G社親会社がタイに進出した40年以上前に遡り、先方も就任に二つ返事だった。親会社は世界に名だたる有名企業で、関連会社は米国にも上場している。何はともあれ米海外腐敗行為防止法(FCPA)に引っかかるのが恐いと、Q氏のスクリーニングを実施することになった。
かねてタイ事業で業務支援を受ける、新興日系会計事務所バンコク支店に相談した。同事務所は「タイ人も在籍しローカル知識抜群」を謳(うた)い文句に海外進出支援も手がける、近年良く見る業務形態だ。「わが社でも提携相手のスクリーニングができます」という話になり、G社はここに依頼した。後でG社に見せてもらった報告書は言う。「Q氏はタイで著名なXX大学卒業、P財閥でご活躍、実績もコレコレ……。自宅はこんなに大きくて裕福(写真付き)、大丈夫です!」
何かをかぎ取ったG社担当者が筆者と知り合いだったのが幸いだった。作業を一からやり直したところ、Q氏本人申告(=会計事務所報告)と実際の経歴齟齬(そご)、政府との近さと具体的人脈、特定政商の「右腕」との情報など、P財閥出身という点を加味しても付き合うにはためらいのある結果となった。おまけに「パナマ文書」にもQ氏の名前があった。「為政者に近くなければ新興国でビジネスはできない」という議論は百も承知。問題は、近づいた相手から香る「賄賂の魔力」に自身が対処できるかどうか。前門の虎、後門の狼である。
G社はそれでもQ氏の採用を決めた。「親会社とP財閥との関係に泥を塗るわけにはいかない」(担当者)という判断だった。今、JV(ジョイントベンチャー)事業は難航していると聞く。
【インドネシア:知り合いの知り合いは悪人?】
関東地方の中堅不動産開発業者は、弁護士の紹介で当社にやってきた。ジャカルタ市内に商業施設を開発するにあたって都心部の一等地が見つかったので、所有者のデュー・デリジェンス(適正調査)を頼みたいという。
開発業者の話は、聞けば聞くほど気になる点が多かった。土地を見つけた経緯を尋ねると、進出支援を受けている日系(インドネシア人も在籍)会計系の進出支援事務所だという。確かにウェブサイトを見ると、複数スタッフはインドネシア人、他にビジネス経験が相応にある日本人がいる。主な業務は進出企業向けの「進出水先案内」と見た。顧客曰く、「そこのスタッフの父がオーストラリアにいて、土地所有者と高校の同窓生。今回の案件のためにわざわざジャカルタまで来て中継ぎしてくれた」。筆者の頭の中では、非常ベルが鳴りっぱなしである。
調べて見ると、この所有者は「悪い提携先」の典型事例をほとんど網羅していた。一端を上げると、土地所有を示す証書は偽造、所有を主張する一族は複数の家業を破綻(はたん)に追い込み、かつ元政府高官とかなり濃い関係を有している。インドネシアの元高官といえば、普通は限られた数人を指す。「スタッフの父が勤める」というオーストラリアの会社は登記がなく、住所地には別の会社があった。顧客が手にした「スタッフの父」なる名刺は、偽りだったことになる。
顧客からしばらくした後、「厳しい決断をさせていただいた」と、取引断念の連絡を頂いた。
【マレーシア:弁護士、FA不在のM&A】
2年前のこと、売り上げ2000億円を超える特定食品の業界最大手から請けた仕事が終わり、提携会社J社のマレーシアでのM&A (企業の合併・買収)サポートを依頼された。J社は年商200億円ほどだが、業界では有望視される製造技術を武器に海外複数国に出ている。本拠地は北陸にあり、まずは担当者と電話でやりとりすることとなった。
マレーシアでの「一般的なリスク」(これを話すのが実は一番難しい)、「一般的な注意点」(同じ)を話し、担当者との電話も回数を重ねるうち、M&Aの相手先(同業)を教えてもらった。こちらの事前準備にと下調べをしても、あまり懸念はなさそうだった。気になったのはJ社そのものの進出形態だ。
「株式の過半を買収した上で製造工程増設を資金支援し、我が社の製造技術を入れる。人は出さない」という。聞けば知的財産が命のような商品で、心配になってそのことを尋ねた。「相手はマレーシアの上場会社。守秘義務契約があれば大丈夫でしょう」。弁護士がそう言ったの?「弁護士は雇っていない」。FA(フィナンシャルアドバイザー)は?「FAもいない」。誰が案件を紹介したの?
「XX国にある別の提携会社」。
結局、ある日系会計事務所シンガポール支店が、M&A予定の双方と掛け合い、契約や税務などを一手に引き受けていることが分かった。J社には担当スタッフが東南アジアにおらず、近隣のXX国駐在員がシンガポールと行ったり来たりしていた。J社は過去、中国でも似た形態で進出し、知財を根こそぎ取られて失敗。撤退を検討中だったにもかかわらず、である。
嫌がられるだろうと散々悩んだが、自分の出番ではないと思い言ってしまった。「まずは弁護士をお雇いになった方が……」。以降、連絡は途絶えてしまった。同社のウェブサイトには、今も案件が成功したとのニュースは載らない。
◆ディールを悪くいうプロは少ない
顧客のディール(取引)が壊れればいいのに、と思ったことはない。見つけたリスクに何とか対処する方法はないかと思案することも多い。それは、進出する企業も外部のプロフェッショナルファームも同じだろう。問題は、外部業者の多くが、顧客の進出可否と払い受けフィー(手数料)が連動しているため、ディールの足を引っ張る事象を議論しにくい仕組みになっていることだ。大手の後塵(こうじん)を拝する中堅ファームや「マッチング」を手がける業者はなおのこと、ディール成約へのプレッシャーが強い。
進出する側からすれば、前向きでなければ海外になど出られるものではない。そんな時に外からの「応援団」は心強い限りだ。しかし、掛け声に踊って「想定外」を忘れるとどうなるか。進出に失敗して借金を抱え、社業を畳んでしまった会社、今では行方知れずになった経営者。影でほくそ笑んでいる、控えめに言っても善意に欠けた投資家の話も、表で聞く機会はほとんどないだろう。筆者のプロジェクトでは対象人物は顔を確認する機会が多く、そうした御仁の顔が時に浮んでくる。後に残るのは、苦々しい思いである。
(※注1)2017年1月11日、「Japanese SMEs head to Thailand under joint initiative」、http://www.bangkokpost.com/archive/japanese-smes-head-to-thailand-under-joint-initiative/1177873
(※注2)阻害要因が他にあるとすれば、緻密なビジネス設計がないと進出を決められない「律儀さ」ではないか。この手の進出断念ケースも多くあった。
(※注3)M&Aリサーチ会社によると、2016年に日本企業が東南アジア企業を買収した件数は106件、前年比7件減少だった(レコフ、2017年3月号MARR onlineより)。
※弊社ニュースレターJ29号(2017年2月16日号)を加筆修正しました。
※『アセアン複眼』過去の関連記事は以下の通り
第12回 日本へ送り返された電子ごみ(2016年9月2日)
https://www.newsyataimura.com/?p=5822#more-5822
第11回 ASEAN共同体とCSR(2016年4月15日)
https://www.newsyataimura.com/?p=5414#more-5414
第10回 タイはテロリスト天国(2015年9月18日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4723#more-4723
第9回 シンガポール人にとっての兵役(2015年7月31日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4596#more-4596
第8回 70年後の「帰還」(2015年7月3日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4514#more-4514
第7回 インドネシア政治の影の仕事師(2015年6月26日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4503#more-4503
第6回 ラスベガスで逮捕されたマレーシア人と政府の奇妙な関係(2015年3月20日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4170#more-4170
第5回 民間企業の汚職防止がもとめられる背景(2014年11月21日)
https://www.newsyataimura.com/?p=3384#more-3384
第4回 カジノ、抜け落ちる議論(その2)(2014年9月19日)
https://www.newsyataimura.com/?p=3045#more-3045
第3回 カジノ、抜け落ちる議論(その1)(2014年9月12日)
https://www.newsyataimura.com/?p=3019#more-3019
第2回 投資詐欺と被害者側に必要な基本動作(2014年8月15日)
https://www.newsyataimura.com/?p=2900#more-2900
第1回 サッカーと八百長、闇も深いが根も深い(2014年6月13日)
https://www.newsyataimura.com/?p=2451#more-2451
コメントを残す