小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
「日本は美しい自然に囲まれ、長い歴史に裏打ちされた歴史的建造物も多い。また海産物・農産物とも豊富で、おいしい郷土料理がたくさんある。こうした日本の良さに引かれて、最近は多くの外国人が日本に旅行に来ている」。日本に帰ると、こうした内容のテレビ番組や雑誌の記事をよく目にする。視聴者の心をくすぐる内容である。しかし私はこうした内容の記事に強烈な“違和感”を感じている。今回は私が持っているこの違和感に対して検証をしてみたい。
◆猛烈な勢いで伸びる訪日外国人数
最初に観光に関わる基本的な数字を20年単位で見てみよう。
世界全体の旅客数推移を見るとリーマン・ショック後の2009年を除いて、過去20年間ほぼ一貫して右肩上がりで上昇をしていることがわかる。実数を見ても1995年の5億2700万人から2016年の12億3500万人と倍増している。この理由として
① 格安航空会社(LCC)の普及など輸送機による旅行環境が飛躍的に改善した
② 1995年3月に発効したシェンゲン協定によりフランス、ドイツなど欧州主要国内でのビザ取得作業が原則廃止となった
③ 2007年のiPhone(アイフォーン)登場に代表されるインターネットによる旅行関連情報環境の整備
④ 中国を筆頭にアジア諸国の経済成長に伴う富裕化
などが考えられる。
いずれにしても世界がどんどん狭くなり、人々が頻繁に行き交うようになってきている。こうした中で訪日外国人数を見ると、1995年の334万人が2016年には2404万人、今年は2900万人が見込まれている。22年間でなんと10倍近い伸びとなっている。猛烈な勢いと言って良いであろう。世界全体の伸び率を大きく超えているのだから十分評価出来ることである。
ところが出国日本人数に目を転じてみると、過去20年間ほとんど伸びていないことがわかる。1995年に1529万人だった出国者数は2016年で1711万人である。この数字を2000年や2005年と比較すると、出国日本人数は減少しているのである。もう少し数字を遡ってみると、1985年の出国日本人数は495万人だったが、これが1990年に1100万人に倍増し、1995年には1529万人と順調に拡大してきた。
思い返せば、この時期の日本は「高度経済成長期」を終えたものの、依然として経済が拡大し「バブル」を迎えた時代である。「バブルに浮かれて日本人は海外に旅行した」と言われれば、そうした側面もなかったわけではないだろう。
しかし、それでは出国日本人数が2000年まで伸長した理由がつかない。一般的には日本経済は 「1992年ごろのバブル崩壊とともに停滞に入った」と信じられているが、名目国内総生産(GDP)は実際には1997年まで増加をしていた。こう見てくると、「出国日本人数」は日本の国力を表す名目GDPと正比例しているようである。2000年代に入り名目GDPが全く伸びなくなると、日本人の海外旅行者数は増加しなくなってしまった。LCCの普及やインターネット情報の整備など、海外旅行を取り巻く環境の改善にも日本人は見向きもしないようである。
◆「円高は日本経済を悪くする」は本当か
実はもう一つ、海外旅行に影響を与える要素がある。それが円高である。前表には掲載しなかったが、出国日本人数が過去最高を記録したのが2012年の1849万人である。たまたまこの年だけ、大きく海外旅行者数が増えたのである。
この要因として考えられるのが、2011年から2012年にかけての円高である。2011年10月22日には1ドル=75円78銭の過去最高の円高となったが、現在の113円/ドルと比較すると50%もの円高になる。どうも大半の日本人は、大企業と結託したマスコミの報道に乗るせられて「円高は日本経済を悪くする」として理解しているようである。
しかし、円高になれば日本人は安く海外のものが買える。円高になれば安く海外に旅行も出来る。現に2012年には多くの日本人が海外旅行した。円高もまた日本の国力を表す一つの指標なのである。
株価対策に奔走する政府や輸出主導型の大企業ならばいざ知らず、国民レベルで「円安・ドル高」を望んでいるのは日本国民だけではないだろうか? 石油や食料など多くの生活必需品を輸入に頼っている日本は「円安」によって国民の生活への打撃となる。
繰り返しになるが、「円安」によって日本人は海外で使えるお金は減少する。昨今、日本人が海外旅行をすると全ての物価が高く感じるようである。日本では500円で食べられる昼食が、国民1人あたり所得の高い欧州やシンガポール、香港などでは2千円から3千円かかる。タイですら普通の日本食を食べると千円はかかる。物価はその国の国力を反映する。物価を見る限り、日本は確実に貧しくなってきているようである。
◆ビザの免除や発給緩和策が奏功
さて再度「訪日外国人客数」の推移を見てみよう。こちらもリーマン・ショック後の2009年及び東京電力福島第一原発事故の影響を受けた2011年、2012年を除いてはほぼ一貫して増加している。2014年には日本人出国者数は1690万人で、訪日外国人数の1341万人より多かったが、前表で見る通り、2015年にはこの数字が逆転。今年は見込みベースで、出国日本人が1700万人強に対して訪日外国人数が2900万人と、圧倒的に訪日外国人数の方が多くなっている。
それではどこの国の人が多く日本を訪れているのであろうか? 今年1月から10月までの実績を見ると、訪日客総数2379万人に対し中国622万人、韓国584万人、台湾388万人、香港185万人と続く。私の住んでいるタイも米国に続き、堂々6位となっている。
第1位の中国人のシェアは26.2%で中国から香港までの東アジア4カ国で、訪日外国人客数全体の約75%を占める。日本のテレビの旅番組を見ていると、外国人インタビューと称してほとんどテレビ映りの良い白人にインタビューを行っている。このため我々は訪日外国人に白人が多い錯覚を受ける。ところが国別訪日外国人数で上位10カ国に入るのは米国とオーストラリアだけで、それ以外はすべてアジアの国ばかりである。テレビなどによって我々は事実とは異なった印象を植えつけられているのである。
それではなぜ、訪日観光客はこれほど増加してきたのであろうか? まず直接的には日本政府ならびに外務省による観光誘致施策が挙げられる。2006年には韓国人旅行者向けにビザ取得免除策をスタート。2013年にはタイ人向けに、また2014年からは中国人観光客に対するビザ発給を緩和するなど次々と観光誘致策を打ち出してきた。これによって飛躍的に訪日外国人数が増えたことは間違いないであろう。私のまわりのタイ人もビザ取得免除策を素直に喜び、その後は何度も日本を訪問してくれる。
◆アジアの中で相対的に貧しくなった日本
次に挙げられるのが、急速なアジアの成長であろう。日本は1997年以降過去20年間ほとんど名目GDPが増えていない。この間アジア各国は著しい成長を遂げ、中国はいまや日本の3倍の経済力を持つ国となった。2015年の1人あたりのGDPの金額を見ても日本は3万2479ドルと世界の26位に落ち込んでいる。これに対して韓国は2万7222ドルと日本に急迫しており、今後数年で逆転されると見込まれている。
中国は1人あたりのGDPが8141ドルとかなり低くなっているが、これも実態を表していない。中国人は4億人の都市戸籍住民と9億人の農村戸籍住民に分かれ、この二つの階層には大きな格差が存在する。仮に中国の国民総分配の大半が都市戸籍住民に配分されているとして計算すると、中国都市戸籍住民1人あたりのGDPは2万5千ドル程度になり、日本と遜色(そんしょく)ない水準と言える。現に中国には日本円に換算して1億円以上の金融資産を持つ人が1億人以上いるとされる。中国の金持ち層は日本人より豊かなのである。残念ながら日本人はここ20年ほどで、アジア諸国に対して「相対的に貧しくなった」のである。これが多くの外国人観光客が日本に押し寄せるようになった根本の原因なのである。
それでは観光に対して、我々はどのような姿勢で取り組めば良いのだろうか? 2016年の世界旅行客数の内訳を見ると、世界の旅行客が訪問する国のトップ10は、フランス、スペイン、イタリアなど欧州諸国が5カ国を占める。ところが、これらの国も2000年代のEU(欧州連合)統合による経済復興までは「たそがれの欧州」と呼ばれ、産業衰退の中で古い歴史遺産を売り物に観光立国を目指してきた。経済停滞の続く日本も、欧州諸国のやり方に追随する時期に来ている。幸いにも日本には欧州諸国に引けをとらない素晴らしい観光資源が多くある。これを生かさない手はない。
しかし残念ながら、日本はこれら観光ビジネスからの収入を十分に取り込めてはいない。先日、日本出張の際、私は東京・銀座を歩いていて中国人観光客の多さにびっくりした。しかしよくよく見ていると、彼らは「中国資本経営」の家電量販店や化粧品店に流れていく。中国人は日本に来て、日本人からは物は買わないのである。
また最近、「京都のホテルやタクシーの売り上げが芳しくない」という雑誌の記事を読んだことがある。どうもアジアの人達は現地を出発前にインターネットで「無届け民泊」や「観光白タク」を利用するようである。そしてこれらも外国人が経営しているようである。
仲間うちだけの規制に奔走する日本のホテル旅館業、タクシー業、旅行代理店などは「外国の黒船」に真正面から向き合っていないと私には思われる。政府も規制緩和を通じて積極的に新たな日本人の参入者を集めなければ、せっかくの観光ビジネスも日本人には金が落ちない。
◆大切なのは「英語力」ではなく触れ合おうとする姿勢
3点目に私が感じるのは、「観光を通して日本人は海外の人と積極的触れ合い、自分たちを見直すべきである」ということである。これまでもたびたび、「ニュース屋台村」で述べてきたが、「日本は民族・言語・社会・宗教などがほぼ同一の極めてユニークな国」である。世界中を探してみても、こんな不思議な国はほとんどない。日本人は外国人と付き合うことによって自分たちは客体化し、自分たちのユニークさに気づくべきである。
こうした作業を通じて日本人は日本の素晴らしいところにもっともっと気づいていくと信じている。海外に住む日本人は私を含めてほとんどの人が日本の愛国者になっているが、外国で暮らしてみて日本を客観的に見ることができ、日本の良さに気づいたからなのである。
最後に一言付け加えたい。これまでも見てきた通り、日本を訪問する外国人の85%がアジア人である。これらの人の多くは英語をしゃべれない。観光立国になるためには「英語力」が必須だと思い込んでいる日本人が多いが、観光客の方だって英語がしゃべれない人が多い。「観光立国―日本」にとって最も重要なのは、外国人観光客に積極的に声をかけ、彼らと触れ合おうとする「我々の姿勢」なのである。
※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第84回 「賢者」に学ぶ日本の観光
https://www.newsyataimura.com/?p=6203#more-6203
第20回 原点に立ち返ろう日本の観光事業
https://www.newsyataimura.com/?p=2124#more-2124
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