引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆法定外の大学開設
愛知県立大学の田中良三・名誉教授は、障がい者の生涯学習支援を専門とし、1990年に名古屋市に発達・知的障がい児の無認可5年制高校である見晴台(みはらしだい)学園を開設、2013年4月からは法定外で発達・知的障がい者の「大学」である見晴台学園大学を立ち上げ、学長として入学者3人とともに「大学」を始めた。
田中学長は長年の活動で常に教育現場での障がい者との「共生」を言い続けた先駆者であり、大学開設は行動の結晶でもある。もちろん、日本には知的障がい者の大学の制度はないから法定外となる。しかし発達・知的障がいのあることが高等教育を受けられない、という文化は普遍的ではない。実際に米国では約300の大学で発達・知的障がいの学生を受け入れているのである。
2014年に日本が批准した「障害者の権利条約」からも今後、日本では知的障がい者が高等教育を受けられる可能性を広げていかなければならないのだが、その動きはまだまだ鈍いのが現状だ。
◆常識を覆せ
あらためて考えてみたい。知的障がい者は大学に行けないのだろうか。日本の常識では、知的障がい者は知能検査でおおよそIQ70以下であり、学力程度は小学生レベルであるから、高校も大学も「進学できない」となり、この常識の上に、文科省はじめとする教育機関、福祉関連機関が特別支援教育などを中心とした「特別な」制度設計と運営が行われている。
しかし日本国憲法26条では「すべての国民」に対して「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とし、「その能力」の捉え方を「発達の必要に応じて」と解釈し、それが特別支援学校を成り立たせる基礎となっているが、これを大学に援用させる議論がある。
さらに、前述の権利条約の第24条では、「締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機械の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する」とある。国際基準に合わせるならば、平等に大学で学べる機会を与えるべき、となるのである。
見晴台大学は「形式平等論や観念論ではなく、発達・知的障がい者に大学教育を保障するとともに、大学教育の可能性と必要性を実践=実証していくこと」(『障がい青年の大学を拓く』田中良三他著)を目的としている。特別支援教育のこれまでの「常識」を覆すため、「進路選択に大学を加える」「一般就労を主目的として取り組んできた偏狭な訓練主義的あり方を反省し、本来の教育の姿を取り戻す」「障がい児・者の教育・福祉を支配してきた早期自立=早期就労論に立つ伝統的な考え=原理から脱皮する」「差別的な障がい者観を克服し、科学的・民主的な障がい者=人間観を確立すること」を目標に掲げている。
◆「学びたい」の可能性を
知的障がい者の大学を考えるにあたり、私は本稿99回で紹介した愛知県のラジオパーソナリティー、林ともみさん(本名・池戸智美さん)から聞いた話に、はっとさせられた。長女、美優さんは「21番染色体環状線」の重度障がいで、一般の人のように歩くことも、しゃべることもできないが、弟の君が「美優ちゃんは何で大学に行けないの?」と聞いてきたのだという。
そう「何で行けないのだろう?」。それは私たちが先入観や「常識」にとらわれ、「行けないようにしている」かもしれない。
前述のように米国では2008年に「高等教育機会均等法」の改正により、全米300の大学で1・0%前後の知的障がい者の受け入れが進められている。
2015年3月の全国の大学進学率が半数を超える社会においては、知的障がい者はその数字からは取り残されたままである。特に「学びたい」という意欲がある生徒の可能性を考えた時、社会には何らかの受け手が必要であり、それが社会の持つ共通の人間観から制度化されるべきであろう。
ケアの目線で言えば、どんな人でも可能性がある、ことから、知的障がい者の大学について、新たな常識を打ち立てていきたい。
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■精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
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■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link
■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/
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