山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
三菱東京UFJ銀行が、国債入札で特別の計らいを得られる国債市場特別参加者の資格を返上する、という。普通の人には、なんのことかわかりにくいが、財務省や日銀は顔を歪(ゆが)めている。かつてなら「お上から与えられた優遇を返上するとは、かわいくない奴」とイジワルをされるかもしれない。そんな出来事だ。
背景には、日銀が始めた「異次元の金融緩和」と国内総生産(GDP)の2倍にも膨れ上がった「国債の乱発」がある。つまりアベノミクスの核心部分と関係している。
キーワードは「マイナス金利」「国債危機」「出口戦略」の三つ。専門的で難しそうだが、解き明かせばそんな複雑な話ではない。無理を承知で始めたアベノミクスがうまくいかず、官と民の間に隙間風が吹き始めた、ということだ。隙間風で終わらず、台風になる恐れがあるから問題になっている。
◆「プレミアムな業者」の撤退
G7伊勢志摩サミットが終り、政局は参議院選へと動いている。「アベノミクスの成果を問いたい」と、政権党が経済を前面に立てた矢先、こんなことが持ち上がるとは安倍首相のブレーンたちも戸惑っているだろう。
返上する「市場特別参加者」はロンドンのシティやニューヨークのウォール街で顔役の金融機関が果たすプライマリーディーラー(PD)にならった制度だ。
市場での「値付け」に一役買う。国債は発行するのは政府だが、財務省は市場のことはよくわからない。銀行や証券の担当者を呼んで、「この金利ならどれくらいさばける?」「投資家の動向は?」などと手の内を明かし、情報を交換する。
PDになれば「買い取り割り当て」をこなさなければならないが、当局の覚えめでたい「プレミアムな業者」というわけだ。
政策がうまく回っている時は、当局と密接な関係は商売に得だ。三菱東京UFJ銀行が距離を置こうというのは、その反対のことが起きているからだろう。
「たいした情報が入るわけでもなく、義務だけが重い」と内情を知る人は言う。22社あるPDは、入札で発行国債の4%以上を引き受けることが義務付けられている。PD全体で88%以上。つまりPDが国債引き受けを実質的に担っている。そこから国内最大の銀行が撤退する。
◆歯止めを失った乱発の行き着く先
銀行は、金利が低下すると儲かる商売だ。貸したカネの金利はすぐ下がらないが、預金など調達金利はすぐ下がるか。大量のカネを商う銀行は、金利変動の時間差で儲ける。
もう一つの儲け口が国債などの債券だ。金利が下がれば過去に発行された利率の高い債券の値が上がる。
低金利政策で大儲けしてきた銀行は、いま微妙な局面にある。ゼロ金利で低金利政策が岩盤に突き当たった。
黒田日銀総裁が始めたのが量的緩和と呼ばれる異次元、つまり常識から外れた政策だ。銀行が保有する国債を買い上げ、日銀マネーを市場に供給し始めた。
日銀が買ってくれるから政府は低金利で国債をジャンジャン発行できる。国債乱発は歯止めを失った。消化するのは銀行・証券の役割、中心的役割を果たすのがPDである。
為替相場は円安に動き、株価も上がった。アベノミクスは成功したかに見えたが、金融関係者に、ある懸念が生じている。金利はゼロまで下がった。次は上がるしかない。国債価格は下がる。大量に抱えていると危ない。「国債危機」への不安だ。
そこで日銀はマイナス金利に乗り出した。金利はまだ下がります、国債の値はまだ上がるよ、国債は日銀が買う、安心してくださいね、ということである。
銀行から上がったのは悲鳴だった。
「預金金利はマイナスにできない。貸出金利が下がって儲けが減る」
来期の決算予想は軒並み減益となった。
日銀は、消費者物価を年率2%上げる、といっている。物価が上がって金利がマイナスなんてあり得ない。「異常事態はいつまでも続かない」と考えるのは当然だろう。マイナス金利下で発行される国債は、持っていれば損するだけ。政府の要請だからとはいえ、そんな国債を買っていいのか。市場の底流に、不安が渦巻いている。
◆増え続ける「ブタ積み」
もう一つ世間から見落とされている問題がある。日銀のマイナス金利は、「ブタ積み」の解消を狙ったものだった。
ブタ積みとは、日銀にある金融機関の当座預金にたまっている資金のことだ。専門的なのでちょっと説明しよう。
私たちは、個人も企業も、銀行口座を通じて支払いや送金を行っている。これは決済業務と呼ばれる。銀行は他行との資金取引など決済業務を日銀に設けた当座預金で行っている。銀行の決済口座は日銀にある、ということだ(だから日銀は銀行の銀行なのだ)。
日銀は国債を買い上げ、日銀マネーを銀行に注入する。このカネは、銀行にとって飯のタネだ。支店網を通じ、企業や個人に融資して金利を稼ぐ。銀行にカネを入れれば世間にカネが回り、景気がよくなる、というのが日銀の算段だった。
ところがそうはなっていない。日銀マネーは日銀の外に出ない、という異変が起きている。
「カネは腐るほどあります。融資先がない。日銀から注入されても使いきれません」
銀行関係者は口をそろえる。では、カネはどこにあるのか。日銀にある当座預金に寝かしているのだ。6月9日現在、285兆円が眠っている。「黒田緩和」が始まってから250兆円も増えた。銀行に注入された日銀のベースマネーのほとんどが当座預金に滞留している。GDPの半分に相当するカネが眠っている。むなしく金額だけが積み上がるので「ブタ積み」と呼ばれている。景気がよくなるはずはない。
景気が悪いから資金需要がない、と銀行は言う。銀行が貸さないから景気が良くならない、と政府。タマゴが先か、ニワトリが先かだが、アベノミクス第一の矢は的に当たっていない。
◆理屈では割り切れぬ銀行と当局の関係
ブタ積みが増えるのは、当座預金に0・1%の金利が付いているからだ。100兆円なら5000億円の利子が入る。そこで日銀は、マイナス金利にした。6月以降に入金した当座預金の金利はマイナス0・1%。利子ではなく罰金がつく。「ブタ積み禁止」ということだ。
銀行が罰金を回避するには、当座預金を増やさないようにする。国債の売却を手控える。ならば新規国債の購入にブレーキを掛けることも一案だ。それならPDである必要はない。
合理的な判断である。他のメガバンクはどうするか。銀行と当局の関係は理屈では割り切れないことが多い。
不祥事で頭取の首が危なくなり、金融庁に救ってもらったみずほ銀行グループは、当局に逆らいにくいだろう。商売に徹している三井住友銀行は「ここは当局に貸しを作っておくほうが有利」と考えるのではないか。三菱東京UFJのように筋を通すことだけが商売ではない、という考えが金融界の大勢だ。
◆日本経済への深刻な問題提起
22社あるPDの一つが「返上」しただけで、大勢には影響しないだろう。だが、現状の不合理さへの認識に大きな違いはない。
国債が乱発され、GDPの2倍という政府の借金は持続可能ではない。今灯っている黄信号が赤信号にどこかで変わるだろう。
金融の量的緩和も、米国で終了したように、日本もいずれ終わる。その時、金利は上昇し、国債価格は下落する。今は、日銀が買っているからいいが、日銀が買わなくなったら(買えなくなったら)、大混乱は避けられない。
時の勢いで突入するのは金融緩和も戦争も同じだが、撤退や終戦は簡単ではない。「出口作戦」と呼ばれる「緩和から撤収する方法」は、誰も考えていない。
預金者のカネを預かり、長期的な運用に責任を持つ銀行なら、背筋が寒くなる話だろう。三菱東京UFJ銀行が放った「国際市場特別参加者からの撤退」は、銀行だけでなく、日本経済への深刻な問題提起ではないか。
最近,ジョ-ジ・ソロス氏が金を買ったとスプ-トニク日本語版は伝えています。彼の投資判断がいつも正しいとは思いませんが,「今灯っている黄信号が赤信号にどこかで変わ」った場合,私たち庶民はどうしたら良いのでしょうか。やはり金や銀を買うべきなのでしょうか。
あるいは資源国の通貨をもつべきなのでしょうか。
ともあれ,TPP(環太平洋主権制限協定)によって日本の食の安全,皆保険など社会保障制度が破壊されそうなので,TPP批准後4年の間に,海外脱出の計画を立てようと思っています。GMOなどが禁止されている中国やロシアに生活の拠点を移そうかなと考えておりますが,移住などそう簡単にできるものではないと,思っています。
また一説には,2020年に預金封鎖があるようです。日本の銀行にはお金を預けられない時代となったようで,ますます,庶民には生き辛い世の中になりました。もはや政府は,日本国民を護ってくれないようです。希望はどこにあるのでしょうか。