п»ї インドネシア内閣改造で透けて見えるもの『東南アジアの座標軸』第21回 | ニュース屋台村

インドネシア内閣改造で透けて見えるもの
『東南アジアの座標軸』第21回

8月 12日 2016年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

りそな総合研究所顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

安倍政権は8月3日、内閣改造を発表しました。小池百合子氏が知事に当選した東京都と同規模の年間予算と名目GDP(国内総生産)を誇る東南アジアの大国インドネシアのジョコ・ウィドド大統領も、就任後の滑り出しはさておき、現在は10政党のうち7政党が与党として連立政権を組み、国会議席数は全議席の69%を占める圧倒的な安定多数を背景に、政権発足後2回目となる大幅な内閣改造を7月27日に実施しています。

◆スリ氏が財務相に返り咲く

今回の改造人事で目を引くのは、スリ・ムルヤニ氏(女性)の財務相返り咲きと元国軍司令官ウィラント氏の政治・治安調整相就任、イグナシウス・ジョナン運輸相やスディルマン・サイド・エネルギー鉱物資源相の更迭、さらにはリニ・スマルノ氏(女性)の国営企業担当相留任です。

スリ氏は、ユドヨノ前政権時にも経済調整相や財務相などの主要閣僚ポストを経験していますが、2008年の財務相時代に多額の不良債権を抱え経営破たんした中堅銀行のバンク・センチュリー(現Jトラスト・インドネシア)に対する公的資金注入のプロセスが不透明(インドネシアの金融システムを揺るがすような規模の銀行でなく多額の公的資金注入に至る決定過程が不適切との指摘)との問題を巡り、国会で糾弾されて辞任に追い込まれました。その後、世界銀行に転出、リーマン・ショック後の世界金融危機を乗り越えて改革を実行した功績が高く評価され、米フォーブス誌の「世界で最も影響力のある女性100人」にも選出されています。

スリ氏は前政権での財務相当時、汚職撲滅の急先鋒として関税当局などにメスを入れるなど改革断行派として名を馳(は)せました。しかし、その強引さが既得権益層の反発を招き、反対勢力がバンク・センチュリー(当時)への公的資金注入を政治問題化させ、ユドヨノ大統領(当時)もかばい切れず辞任に追い込まれたというのが真相です。

今回の返り咲きは、ジョコ大統領が圧倒的な与党連立勢力に支えられて、政敵は多いものの実務能力に優れるスリ氏の復帰により税収不足のなかで租税恩赦を成功させ、財源を確保してインフラ整備を含めた政策課題に対応しようという強い意志の表れです。ちなみに、スリ氏は国民的人気も高く、将来の大統領候補とも目される国民から人気の高い人物です。

政治・治安調整相のウィラント氏は、大統領選への出馬経験を持つ元国軍司令官で、1997年の金融危機を発端に退陣に追い込まれたスハルト大統領の後任となったハビビ大統領の誕生を陰で演出したとされる一昔前の人物で、やや懐古趣味的な人事に映ります。ウィラント氏はまた、東ティモールの独立にからんで99年に起きた住民虐殺事件に国軍が関与した当時の司令官でした。このため、人権団体は今回の起用を批判しています。同氏は連立与党連合のハヌラ党党首ですので、政党間のバランスを狙った人事です。

ジョコ大統領が連立を組んだ政党に配慮して閣僚ポストを配した人事で気になるのは、自由貿易の推進役を担う商業相が、有能な民間人からナスデム党幹部の政治家に交代した点です。また、米や牛肉などの農産物や家畜の国内供給不足から小売価格が高騰し、庶民の生活を直撃していますが、農業相は食料品価格の安定に寄与する輸入の拡大に反対しています。政党幹部への閣僚ポスト配分により商業省も保護主義的な動きに転じる可能性があり、注意する必要がありそうです。

◆「閣内不一致」は解消されるか

今回人事ではまた、「閣内不一致」を露呈させた閣僚が更迭されました。注目はジョナン運輸相やスディルマン・エネルギー鉱物資源相です。政権与党の闘争民主党から強い更迭の圧力があったリニ国営企業担当相は留任しました。

ジョナン氏は、中国が受注した高速鉄道プロジェクトの合弁企業に対して提出書類の不備や全工区の土地収用が進んでいないとして、最終的な建設許可を出しませんでした。ジョコ政権は重要な国家優先プロジェクトとして位置づけていますが、ジョナン氏は大統領が出席した起工式も欠席。このような対応が担当相として問題視され、更迭に至りました。

今回の更迭により、進展が全くなく頓挫しているように見えた高速鉄道プロジェクトが急に動き出すかもしれません。また、スディルマン氏については、マセラ鉱区アバディのガス田開発計画を巡って更迭されたリザル・ラムリ海事調整相との対立がありましたが、更迭の主たる背景は、辞任した前国会議長スティア・ノバント氏(現ゴルカル党党首として復活)が裏工作により米系鉱山フリーポート・インドネシアの株式譲渡スキャンダルを国会の公聴会で糾弾したことで、既得権益層から疎んじられたためと見ています。

リニ氏は、高速鉄道プロジェクトに関して日本側の提案を最終段階でひっくり返して中国への受注を大統領に強く勧めた張本人です。同氏は就任後に中国寄りの姿勢が目立つなかで国営企業担当相としての改革実績は見るべきものはありません。しかし、大統領選挙戦を通じてジョコ大統領の誕生に多大な功績があったとして、与党からの更迭圧力を跳ね返して留任させた大統領本人の強い意志が働いています。

さてジョコ大統領は昨年、警察長官人事を巡り闘争民主党から強い推薦要請のあった副長官のブディ・グナワン氏を退けたことから、警察組織と汚職撲滅委員会の対立抗争を招きました。今回の警察長官人事においても、ブディ氏を推したい闘争民主党の要請を退け、大統領が推薦した国家テロ対策委員会委員長のティト・カルナフィアン氏が国会で承認され警察長官に就任しました。

このように、支持母体である闘争民主党や元大統領のメガワティ党首との対立や確執も水面下では相変わらず続いています。しかし、野党ゴルカル党が与党連立を組んだことから、闘争民主党からの圧力をけん制できる対抗勢力も味方につけたことで政権運営にはますます自信を深めているように見えます。

大統領は内閣改造後に各閣僚に対して閣内不一致が目立った前内閣の反省に立ち、閣内一致協力を要請するとともに「大統領が政府を代表する唯一の責任者である」と厳命し、閣僚の勇み足をけん制しました。

◆中央と地方の意識の違い

中央政府は内閣改造により政策遂行に弾みをつけたいところですが、実は地方政府には大きな課題が残っています。中央政府は、国家予算の約45%を地方政府に交付金として財源移譲していますが、246兆ルピア(約2兆円)もの財源が地方銀行に預金として眠り、財源が未消化で残っています。

政権の掲げる重要政策課題には地方振興開発があります。ジャワ島とそれ以外の地域で経済格差が拡大しているためです。財源移譲により地方の活性化を図りたいジョコ政権ですが、財源の不正支出に絡んでこれまでに多くの地方政府の首長や役人が汚職容疑で逮捕されている一方で、不正を疑われて拘留されながら立件に至らないというケースも数多くあります。地方政府においては、警察や検察、汚職撲滅委員会などの監視が強化されているなか、財源を積極的に支出することを恐れています。このためジョコ大統領は、捜査当局などに対して、地方政府の役人の政策立案、執行が法規制に則って行われた場合や、仮に国家損失が発生しても悪意ではなく善意の場合は検挙しないよう繰り返し強調し、地方政府に財源支出を促しています。

ジョコ政権が重要課題にしている地方振興開発の予算が効果的に地方政府で支出され、中央政府が進めるインフラ整備や公共事業予算執行との相乗効果を高めていかないと、財政支出に依存した内需振興策は機能しません。

◆租税恩赦の成否に注目

今回の内閣改造を市場は好感し、株式指数は上昇しましたが、その株式指数の上昇を支えている要因は、7月18日からスタートした租税恩赦による国内への資金還流です。この還流資金が向かう先は、国債や国営企業が発行する債券などですが、海外投資家は更なる金融緩和と債券価格上昇を見込んで投資資金を流入させています。

租税恩赦の適用は来年3月までですが、9月までに申告すれば加算税は2%と大幅に軽減されます。このため9月までにどの程度の規模の納税申告と資金還流が実施されるかが成否の鍵を握っています。

財務省の発表によると、7月26日現在で租税恩赦の適用を求める納税者の資産申告額は総額9890億ルピア(約80億円)。その内訳は、海外資産2530億ルピア(約20億円)、国内資産(約60億円)となっています。政府筋は、今回の租税恩赦により海外資産の還流総額は1000兆ルピア(約8兆円)、加算税収165兆ルピア(約1.3兆円)と見込んでおり、波及効果に大いに期待しています。

政府の上半期の徴収実績は目標比約34%にとどまり、財政赤字は年内にも財政法で上限と定める名目GDPの3%に迫ります。経済減速を受け、大幅な税収不足に直面してインフラ整備資金が枯渇しつつあるジョコ政権にとって、租税恩赦の成功が「救世主」の役割を担っています。

スリ財務相は、租税恩赦を成功させるために各税務署での税務調査を凍結して租税恩赦の申告に全力を挙げるように指示したと発表しています。ジョコ大統領の期待を一身に背負い、租税恩赦を成功させて積極的な財政支出を続けていくアクセル役を担っていますが、税収の伸びが予定通りいかない場合は逆に財政健全化のブレーキになりかねません。スリ氏の行政手腕が、財政運営に苦しむ難局で発揮されるか注目されます。

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