宮本昭洋(みやもと・あきひろ)
りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。
◆リザル新海事担当調整相の政権批判は出来レース?
事前の予想通り、8月12日にジョコ・ウィドド大統領は内閣改造を実施しました。知日派のラフマット・ゴーベル貿易大臣など6人の閣僚を交代させています。国内の経済低迷に悩む政権は、改造人事の目玉として経済担当調整大臣にマクロ・ミクロの経済運営に明るい元中央銀行総裁のダルミン・ナスティオン氏を、また、ワヒド政権時代に経済担当調整大臣を務めた経済学者のリザル・ラムリ氏を海事担当調整大臣に起用しています。
さらに、閣内の重要ポストである内閣官房長官には与党・闘争民主党のメガワティ党首の強い後ろ盾もあり、内閣と与党の緊密な連絡調整役を担う使命を帯びたプラモノ・アヌン氏が入閣しています。この改造人事により景気減速に歯止めをかけるべく閣内一致して人気に陰りの見えた政権の浮揚を狙いたいところですが、早くも閣内で内部衝突が起こっています。
海事担当調整大臣のリザル氏は、誰に対しても歯に衣を着せずストレートに話すやや偏屈な人柄で知られていますが、現政権が進めているプロジェクトに懐疑的な意見をマスコミに述べています。
まず、ジョコ大統領が進めている5年で3万5千メガワット出力の電力開発事業は、ユドヨノ前政権時代でも2万5千メガワットの開発に10年を要したとして非現実的であると指摘したのをはじめ、日本と中国が受注を巡り現在激しく競っているジャカルタ―バンドン間の高速鉄道プロジェクトはインドネシアが抱えている足元のインフラ問題に鑑みて優先案件とすべきでないと批判しています。
さらに、電力開発事業や高速鉄道案件にはユソフ・カラ副大統領のファミリーの利権も絡んでいると匂わせました。また、海事担当調整大臣としては権限外ですが、ナショナルフラッグ・キャリアーのガルーダインドネシア航空が15機の大型エアバス購入を進めていることに関しても、ガルーダ航空は足元のアジア路線を充実させるべきで今の時点で欧米路線用のエアバスは必要ないと批判しています。彼の批判のメッセージや指摘は実に的を射ています。マスコミに対して「たとえ政権内にあっても政策面で間違っていれば主張すべきことを主張して戦うファイターとなる」と語っており、閣内を引っかき回しそうな人物です。
プロジェクト案件に政治家や官僚の利権はつきもので、リザル氏は保守派の既得権益層に対して敢然と宣戦を布告する改革派の旗手と映ります。ジョコ大統領はこの人物の入閣を以前から熱望していたようですので、今回のマスコミを通じた政権批判は大統領との間で事前に打ち合わせができていた出来レースのように思えます。このため、今後の政権の政策に少し期待が持てそうです。
ちなみに、政権が近いうちに決定すると報道されている、利権が絡む高速鉄道プロジェクトは日本政府の再三の働きかけにもかかわらず総合的に有利な条件を提示している中国に軍配が上がる公算が大きくなっています。とすれば、現時点では政権内では既得権益層の勢力が支配していることになります。
◆アジア通貨危機再来を連想させるルピア安
8月中旬以降に中国経済の減速傾向が鮮明になったことに端を発して、世界同時株安が進みました。これまで各国の株価は、欧米・日本の金融当局による量的緩和政策を受けて余剰資金が株式市場に資金が流入して株価を吊り上げていた側面がありましたので、今回の中国問題をトリガーにしていったん、世界的な株価の調整局面に入ったと見ていいと思います。
インドネシアでも株・債券が売られてルピアの為替相場は案の定、1ドル=1万4千ルピアを突破しました。インドネシ中央銀行が矢次早に発出したルピア防衛策は全く機能していません。このまま世界的な株価調整局面が続けばルピア相場はさらに下落する恐れもあるため、金融当局は1ドル=1万6千ルピアをにらんだストレステストを金融機関に指示しているようです。
ここまでルピア安になると、原材料を輸入に依存する二輪、四輪を代表格とする製造業は製品値上げが避けられなくなっていますので、輸入インフレが確実に起こります。現在の中央銀行のインフレターゲットは4%をベースにプラス・マイナス1%です。7月に消費者物価指数(CPI)は7.26%でしたが、ここ数か月は7%越えで推移しており、ターゲットを上回っています。インフラ整備などの公共投資支出を年度末に向け増加させて景気を下支えしたい政権ですが、“内憂外患”の状況では景気浮揚のかじ取りは難しいと思われます。来年度の政府予算案も国会に提出されていますが、歳出を賄うため今年度以上の税収増加による歳入増を想定しており、現下の経済情勢に鑑みても予算案は現実的ではないとの批判も聞かれます。
さて、今年発生しているエルニーニョ現象は、1997年のアジア通貨危機時に発生した時以上の規模といわれています。インドネシア国内でも雨が降らず、干ばつの影響で農産物の収穫にも大きな影響が出ています。このためアジア通貨危機の再燃が取りざたされることになりますが、幸いインドネシアはファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)が当時とは違いますし、チェンマイ・イニシアチブでアジア各国のセーフティーネットが整備されており、再燃をいたずらに懸念する必要はありません。とはいえ、現在のルピア為替相場の水準を見ていると、アジア通貨危機時の最悪の相場レベルを連想させるため、先行きの不気味さは払しょくできません。
中国発の世界的な経済不安は、年内利上げを予定していた米連邦準備制度理事会(FRB)の政策決定にも影響を及ぼすことになります。利上げにより景気過熱を事前に抑えたい当局ですが、利上げにより資金流失が発生すれば新興途上国全体に与える副作用が大きいからです。
インドネシアのバンバン財務大臣は米経済紙ウォールストリート・ジャーナルのインタビューに対して「世界が米国当局の利上げ動向に神経質になっており、先行きの不透明感や不安感が高まっている状況にある。米国当局は利上げを断行すべきだ」と述べています。かかる発言は、外的要因から通貨安が止まらず焦りや被害者意識を持ち始めた新興国の政策の総意かもしれません。
インドネシアは経済が好調な時には外国投資家に対して厳しい規制を敷く傾向があります。これまで保護主義に傾きかけていたジョコ政権ですが、足元の経済低迷に歯止めを掛けるため内閣改造後に外国投資家に対してどのような経済政策を打ち出してくるか注目されます。
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