宮本昭洋(みやもと・あきひろ)
りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。
私は2004年2月から14年9月まで足掛け約11年半にわたり、インドネシアの日系合弁銀行の経営トップを務めました。この銀行はりそなプルダニア銀行(旧大和プルダニア銀行)で、日本とインドネシアが国交を回復した1958年2月に日系合弁企業第1号として誕生した銀行です。今回は、私が在任中に学んだインドネシア華僑系企業と取引するうえでの大切なビジネスマナーについてご紹介します。
◆地場に密着した経営を貫く
最初の本店は北ジャカルタに位置するコタというインドネシア華僑中心の商業地区に置かれました。日系企業が進出していない時期ですから、銀行の取引先は近隣の商店街の華僑とのビジネスが中心でした。このため私の在任中には、成功している華僑の方から「子供の頃に両親に手を引かれてコタ本店を度々訪れましたよ」という懐かしい話を聞くことがありました。
また、日本で開催されたインドネシア投資セミナーで講師役をご一緒した当時の商業大臣と名刺交換をした際には「聞いたことのない銀行ですね」という反応が返ってきましたので少し驚いたのですが、「プルダニア」という銀行名に目が留まったようで、「ああ!良く知っていますよ。歴史のある古い銀行ですね。私も子供の頃に両親とコタ本店に行きましたよ」という返事でした。
当時、外国資本の出資はマイノリティーに制限されており、日本の株主である銀行名は付与できず「プルダニア銀行」だったのです。このような現地の華僑の皆さんの記憶に残っていることは、長年にわたりインドネシアの地場で根を生やして地場に密着した経営を貫いてきた銀行の真骨頂です。
こうした長い歴史を持つプルダニア銀行の諸先輩の営業努力で、私が赴任した時点で既に多くの華僑との取引基盤がありました。インドネシアは1998年のアジア通貨危機のため多くの華僑系企業や民間銀行が破たんし、外国合弁銀行や外国銀行支店も多額の不良債権を抱え、多額の貸出金の債権放棄を余儀なくされて赤字に転落するという苦境に陥りましたが、プルダニア銀行は、長年にわたり実績のある華僑との取引を見捨てず、苦しい時にも傘を取り上げず、懸命に取引先を支えたことから赤字に転落することはありませんでした。
とはいえ、スハルト政権が倒れ国自体も破たん寸前に追い込まれたアジア通貨危機のトラウマで日本からは一律に、インドネシアでの華僑系企業との取引はリスクが大きすぎるので止めるべきだ、というレッテルが貼られたのも事実です。
◆ファミリーを中心にした同族経営
さて、華僑系企業との取引はそれほどリスクがあるものなのでしょうか? 私の現場での長い経験知から、華僑ビジネスの特徴を列挙してみます。まず、ファミリーを中心にした同族経営に徹しており、部外者はうかつに信用しません。
家父長が元気なうちに家族の一人ひとりにビジネスを残して、安定した生活基盤を残してあげることを使命にしています。また、出身地である中国同郷の華僑を中心に信頼関係の輪を広げ、その信頼をベースにビジネスネットワークを築き、コアビジネスの拡充やサイドビジネスの展開に最大限利用します。
さらに、これらのビジネスネットワークを駆使しながら新たなビジネスのインサイド情報も収集して素早い投資判断を下します。また、ビジネスネットワークのサークル内での面子(メンツ)と信用を最も大切にしており、信用が失われるような事態は必死で回避します。銀行との付き合いにおいては、ビジネスの安定拡大のため相互の信頼関係を最大限に重視しており、銀行の体面は守ります。
いまでは大成功を収めている長年の華僑取引先からいただいた「暴力的で抵抗できない為替暴落に見舞われたアジア通貨危機では、多くの華僑系企業が銀行に迷惑を掛けたことでインドネシア華僑の評判が悪くなったのは極めて残念です。東南アジアには多くの華僑がいますが、実は昔からインドネシアの華僑が銀行との付き合いを最も大切にしているのです」という言葉に象徴されるように、「インドネシアの華人ビジネスはリスク」という画一的な見方こそがリスクそのものではないかと思っています。また、華人とのビジネスのポイントをしっかりと把握することにより、リスクは極小化できると考えています。
インドネシア華僑系企業には巨大コングロマリットもありますが、未上場で目立たないけれども堅実経営をしている企業も多くあります。もちろん、性質の悪い華僑も多くいますので細心の注意は必要です。
◆ビジネスネットワーク通じて情報収集
在任中にインドネシア華僑系企業との取引をどのように開拓してきたかをご紹介します。インドネシアには日本のような信用調査会社がありません。ジャカルタ証券取引所に上場している企業以外は公開情報を入手できないのです。このため日本のように信用調査会社から一定の情報を得て、飛び込みで企業訪問するスタイルは馴染みません。
確かな方法は、信頼できる華僑系企業の取引先からの紹介を受けることです。華僑ビジネスの特徴で触れたように、華僑はビジネスネットワークを築いています。このサークル内でどうすれば既存ビジネスを拡充できるか、あるいはファミリーのためのサイドビジネスを展開できないかと知恵を絞っていますから、華僑人脈内の潜在的なビジネスへの資金需要は旺盛です。
また、ネットワークは強い信頼関係で維持されていますから、互いに迷惑を掛けるような行為をしません。万一、銀行や取引先に対して返済遅延などをしている事実が明らかになればビジネスネットワーク内での信用を無くし、サークル内に留まれずビジネス拡大機会も失うからです。
このため、既存の華僑系取引先から紹介を受けての新しい華僑取引においては、その華僑の世評や信用度がサークル内で事前にスクリーニングされ、確立されていることになります。無論、当然ですが、銀行では取引先の紹介を受けた場合には、新たに取引する華僑の経営者人人物、ビジネスモデルやその将来性を面談、現地工場視察などを通じて客観的に評価します。しかしそれでも、重要な取引の判断材料の一つは、信頼できる華僑からの紹介だということです。
この手法を通じて、数多くの新たな華僑取引先の営業基盤を築くことが出来ました。そのうえ、新たに銀行の取引先になった華僑が銀行の金融サービスを気に入ってもらい、自分のビジネスネットワークの華僑取引先を紹介してくるなど実に相乗効果の高い営業戦略になったのです。
では、それらの新たな華僑取引基盤で問題債権は発生しなかったのか? 在任中には残念ながら、ビジネス不振に陥り一部貸出金の債権放棄を行った新たな取引先はありましたが、新規に構築できた華僑取引先の営業基盤やそこから生じた収益基盤から見れば全く銀行経営に影響はありませんでした。むしろ華僑との取引に熱心な地場密着経営の日系銀行として、地場で高く評価されるポジティブな側面がより強かったと思います。
華僑のビジネスネットワークというのは、外国人の我々が気軽に入れない団結力のあるサークルです。しかし、サークル内の華僑にとっては実に頼りになるものだと思います。また、ビジネスネットワークも別の華僑ネットワークとつながっているため、華僑が重視している情報収集を効果的に行うことができます。
銀行内でしか知りえないような取引先情報をビジネスネットワーク内で既に共有されているという、びっくりするような事例にも遭遇したことがありますが、これほど頼もしい情報源はありません。ビジネスネットワークには入れませんが、客観的で価値ある情報は収集できますのでビジネス展開には非常に有益です。
◆信頼関係構築が大前提
華僑ビジネスとの関係構築はできますが、ビジネス関係を維持することには一層の努力が必要です。ビジネスは景気変動要因にも左右され、浮き沈みは避けられません。取引先の華僑のビジネスが不振に陥った時に銀行が信用リスクを回避するために貸出金回収を行うのは通常の行動かもしれませんが、華僑との取引においては信頼関係が大前提です。
苦境に陥っていても彼らはインドネシアやシンガポールに多額の財産を持っています。最後の段階に至れば、ビジネスネットワークから除名されないように、その財産を処分しても銀行に迷惑を掛けないようにします。華僑の行動パターンを理解してビジネスが苦しい時にこそ、寄り添って我慢しながら継続支援する必要があります。
そうすることで取引先との信頼関係や絆はさらに深まり、相互のビジネスの発展が期待できるのです。銀行の最大の華僑取引先は「プルダニアと40年近く付き合うことができたのは、銀行経営陣は過去から何人も交替してきたが、当社グループ企業に対する取引姿勢は、業績が悪い時にも変わることなく一貫性があったから信頼関係が深まったのです」と話してくれました。
東南アジアという地域で地場に密着して華僑とのビジネス関係を維持、深化させるには、相手に対する信義則を忘れず、世代をまたいで信頼関係を維持する努力を怠らないことに尽きます。
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