助川成也(すけがわ・せいや)
中央大学経済研究所客員研究員。国際貿易投資研究所(ITI)客員研究員。専門は ASEAN経済統合、自由貿易協定(FTA)。2013年10月までタイ駐在。同年12月に『ASEAN経済共同体と日本』(文眞堂)を出版した。
◆電力を天然ガスに過度に依存するタイ
国営タイ石油会社(PTT)は8月5日、系列の資源開発会社が開発したミャンマーのゾーティカ・ガス田から天然ガスの輸入を開始した。同ガス田はヤンゴンから南に約300キロ、ダウェイから西に約290キロ沖のアンダマン海に位置する。生産量は2億4000万立方フィート(ft)/日。今年3月からミャンマー国内向けに6000万立法ft/日を供給していた。
これまでタイは、毎年のように「停電の危機」が叫ばれてきた。2013年4月、ミャンマー最大のヤダナ・ガス田が施設修理のためタイへのガス供給を停止した。タイ発電公社(EGAT)総裁が、一時的な電圧低下や瞬間的な停電が発生する可能性に言及したことで、国内は一気に「電力危機」騒動に発展した。
これに対応すべく政府は、民間企業に対し電力消費を抑えるため、工場の稼働率の調整や、電力消費量がピークとなる午後1~3時を避けた操業、工場の空調温度の引き上げなどの協力を求めた。
14年4月にもタイ湾側にあるタイ最大級のガス田であるボンコット・ガス田が定期点検のため停止した。13年時の騒動にまでは至らなかったものの、天然ガスの供給停止は、タイの新たなカントリーリスクになった。その中で、ゾーティカ・ガス田からの天然ガスの供給開始は吉報である。
しかし、もともと言えば、タイの電力発電が過剰なまでに天然ガスに依存しているところに問題がある。国際エネルギー機関(IEA)によれば、11年におけるタイの発電総量15万5986ギガワットのうち、64.6%を天然ガスに依存している。石炭(同21.1%)、水力(同4.9%)と比べても、その依存度は圧倒的。特に、タイはそのエネルギー源を過度なまでにミャンマーに依存していた。
IEAによれば、タイの天然ガスの国内生産量(11年)は熱量単位TJ(テラ・ジュール)で102万3096TJであるのに対し、輸入量は国内生産量の4割(40万9071TJ)の規模に達する。
◆作られた「電力危機」
「電力危機」は、政府と電力会社とが結託して意図的に作り出したとする見方も根強く残る。EGATによれば、12年におけるピーク時の電力需要は2万6121メガワットであった一方、発電能力は3万2601メガワットと予備電力が2割あったためである。
「電力危機」が作られたとされる背景には、天然ガス依存のリスクをタイ国民に肌で感じさせ、タイのエネルギー源の多様化が不可欠であることを半ば強引に知らしめる必要があったとみられる。
タイの電力需要は今後、年率4%前後で増加していくことが予想されているにもかかわらず、天然ガスについては刻々とミャンマーからの供給契約期限が迫っており、14年後には主要なガス田からの供給が停止される可能性がある。ミャンマー最大のヤダナ・ガス田のタイ向けガス供給契約は27年まで、またヤダナに次ぐ規模のヤタグン・ガス田からの供給契約も29年まで。今般、新たに供給を開始したゾーティカ・ガス田は30年の供給契約が結ばれており、そのタイ国内の懸念は、少しは緩和されるとみられるが、そのことが危機感の薄れと対策の先延ばしにつながりかねない。
現在、ミャンマーでは天然ガスの国内需要が急速に高まっており、ミャンマー政府は新たなガス田が発見された場合、国内向け供給に充てる方針を打ち出している。
IEAによれば、ミャンマーの天然ガスの国内生産量(11年)は46万7694TJのうち、輸出されているのは実に86%(40万1710TJ)にのぼる。そのため、ミャンマーは、ヤダナやヤタグンなどのガス田のタイとの供給契約期間終了後、その時の同国の経済情勢にもよるが、仕向け先を再びタイに向けるかどうか予断を許さない。
◆ASEANで進む電力相互融通の後押しを
タイ政府は電源開発計画(PDP2012;2012~30年)の中で、発電コストが安価な石炭火力発電所の新設を推進し、その比重を上げ、天然ガスの過度な依存からの脱却を狙う。
しかし近年、石炭火力発電所の建設は、南部プラチュアップキリカーン県のヒンクルットおよびボノック火力発電所、東部チャチュンサオ県のナショナルパワー火力発電所にみられたように、国際的NGOや近隣住民の強い反対から、次々と頓挫の憂き目に遭っている。
過度な天然ガス依存からの脱却の道筋が見えない中、東南アジア諸国連合(ASEAN)が進める「ASEANパワーグリッド(APG)」構想にもリスク軽減の期待が込められている。APGは「ASEANビジョン2020」の一環で、国境を越えて送電線を相互接続する構想で、突発的な電力不足時にも国境を越えた電力融通が可能になる。また、このことが石炭火力発電所の建設地をASEAN域内で探すことを可能にする。
11年7月に承認された「ASEAN連系送電線マスタープランスタディII(ASEAN Interconnection Master Plan Study II)」では、25年までにASEANがAPGで掲げられている各々の相互接続プロジェクトが実現出来れば、地域間での電力融通が大きく進展する。
13年5月時点で、APGのもとメコン地域を中心に3453MW分の電力の国境取引が行われているが、25年には約5.7倍の1万9576 MWにまで拡大すると見込まれている。その結果、地域内での相互融通実現は、タイの電力リスクの軽減もあるが、域内での効率的な電力関連投資が期待できる。ASAENの「連結性」にかかる期待は高い。
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