内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
白い帆をいっぱいに広げたヨットが浮かぶシドニー湾、奇抜なフォルムが美しいオペラハウス、その頭上にたたずむハーバーブリッジ、肌寒いけれど澄みわたって抜けるような青空。いつも通りの美しさでシドニーが迎えてくれました。以前働いていた会計事務所の後輩の定年退職の会などに出席するため、数年ぶりにオーストラリアの地を訪れました。
◆「世界一住みやすい都市」シドニー
今回訪れたのはシドニーだけでしたが、メルボルンなど他の主要都市もそれぞれ個性があって魅力的な街です。特に、メルボルンは筆者が20代の頃に留学で最初の3年間過ごした場所です。ラッキーカントリーとオーストラリア人(愛称は「オージー」)が自負するオーストラリアの中でも環境面、生活面など全てにわたって評価が高く、2010年から6年間ずっと英誌エコノミストで「世界一住みやすい都市」と評価されています。
このランキングでシドニーは5位前後でしたが、14年12月に市内で起きた人質立てこもり事件などからトップ10の座から初めて落ちましたが、メルボルン同様、生活コストの高さ以外のほとんどのポイントで人気は大変高いと言えます。
オーストラリアは、1991年以降の20数年間、一度も経済後退を経験せず、現在も先進国の中では屈指の長期経済成長が続いています。また、国際格付け機関S&Pの国毎の格付け(ソブリン格付けリストの自国通貨-長期2017年4月末現在)でオーストラリアは「AAA」の評価(ちなみに日本は「A+」、米国は「AA+」)を受けています。財政的にも、08年のリーマン・ショックと中国での資源需要減退以降は財政赤字にはなっていますが、政府の総債務残高は対GDP(国内総生産)比40%くらいで、まず健全と言えます。
◆多文化社会という強み
こうした経済の底堅さの源泉は、どのあたりから来ているのでしょうか?
オーストラリアは歴史的にアジア人などの移住制限など「白豪主義」を国是としていました。しかし、1970年後半からのベトナム難民受け入れ、時を同じくして中国系などのアジアからの移民も増加するなど、その政策は実質なくなったと言えます。全体で毎年10万〜20万人近くのヨーロッパやアジアからの移民、そして移民が定着してきたことによるアジア系移民二世たちの増加。さらに、この15年ほどの間の中国本土からの移住など、マルチな経路でオーストラリアはいまもなお人口が増加(17年現在、約2500万人で都市部に集中)、それらの富と活力をうまく活用しながらさらに成長しています。
人口の約30%が国外で出生しているという統計もあり、英国などヨーロッパからの移民も多くいますが、近年はアジアからの移民が増えているとのことです。また、平均年齢は35歳くらいと若いというのも特徴と言えます。例えば、私のいたシドニーの会計事務所も総員2千人ほどのうち、筆者のいた1990年代とは異なり、かなりの比率でアジア系の若いスタッフが大勢働いていました。
日本人を含め勤勉な成長意欲が高いアジア系移民とその子孫を受け入れ、オーストラリアがアジアと共存できるように社会の中にうまく融合させたことによって、それが良い刺激となっているのではと思います。変革を呼び込む多様性に富む人材の確保が可能になっているのだと思います。また、最近では都市部の不動産高騰の一つの要因である中国からの資金流入を含め、特に中国本土からの移住も、住宅高騰などの問題をはらみながらも、成長の要素となっているのではと思います。
◆女性の積極的な進出
アジア人とともに、近年オーストラリアで気付くのは、女性がさまざまな形で社会に進出していることです。前述の会計事務所でも、トップの最高経営責任者(CEO)を含めて、幹部パートナーがたくさんいました。経済協力開発機構(OECD)の2016年統計によれば、オーストラリアの女性の労働参加率(Workforce participation of woman and man aged 15-64)は70.5%(日本は66%)、女性がマネジャー以上で活躍する比率は参加国中1位で8.9%(日本は0.6%で韓国とともに最下位)、マスターカードが発表しているアジア/太平洋地域の女性の社会進出度調査でも、オーストラリアはニュージーランドとともにトップグループで、日本は14カ国中で下から2番目とあります。
ワーク・ライフ・バランスを尊重しながら個々の女性たちの特性を十分に評価して、きちんと機会が与えられていることで、このような社会ができているのかもしれません。
◆1980年代に再構築された税金制度の効果
オーストラリアに行くといつも感じるのは物価の高さです。例えば、市内のホテルは四つ星でも1泊250豪ドル(1豪ドル=約82.4円)、ラーメン1杯が15豪ドル、夜軽く食事したら1人当たり100豪ドル以上、などという感じです。
長期間の高成長に伴って人件費は高騰し、今では1人当たり所得は年間約8万豪ドル(日本の約1.6倍)、最低賃金は時給約18豪ドル(約1500円)と世界でも最高水準にあります。
ただしこの背景には、高い個人所得税と充実した社会保険制度もあります。個人所得税の最高税率は45%ですが、約3百万円で限界税率32.5%に達するというように低中所得でも重税感は拭えないという感じで、その上に2%の健康保険賦課税(Medicare Levy)が課されています。また、年金賦課金(Superannuation Guarantee Contribution)は、雇用者が給与の9.5%を負担するというものでこれも大きなコストなっています。また、「フリンジベネフィット・タックス(FBT)」と言って、車の支給や家賃保証など非現金性のベネフィットについても、雇用者に47%課税がされます。また、消費税(Goods and Services Tax)は2000年に税率10%で導入されました。
これらの税金制度は、1985年に未来のオースラリア像を青写真として描いて税制等改革案を打ち出し、10年以上かけて徐々に導入してきたものです。高税負担ながら高所得の国民、これが活発な消費に回って経済の好循環になっているのかなという思いがあります。また、インフレ率もここ数年、年1.5~2%程度で推移しており、突出した不動産の継続的な高騰も相まって、消費者のインフレ期待もあろうかと思います。
◆民間の力を利用したインフラ投資
オーストラリア政府が先月発表した国家予算案で、今後の成長の下支えと雇用促進対応として、10年間で750億豪ドル(約6兆3千億円)に及ぶ鉄道や空港などへの公共事業投資を中心にインフラ整備への予算配分が公表されました。具体的には、過密状況となっているシドニーの第2空港の建設(副産物として、シドニー西部地域のさらなる経済発展)と、ブリスベン~メルボルンなどの鉄道網の整備による主要都市間の相互接続の充実が特筆されます。
オーストラリアで、1990年代以降、公共の大型インフラ投資・サービスについて、公的機関とともに民間事業者がパートナーとして協力して進めるというPublic Private Partnership(PPP=官民パートナーシップー)が積極的に採用されています。例えば、 シドニー湾をつなぐシドニーハーバー・トンネルがPPPで90年代後半に造られました。鉄道や高速道路などもその形で運営されているものも多いということです。
◆日本との連携強化を期待
環太平洋経済連携協定(TPP)を含め、オーストラリアは日本とは経済的に補完関係にある頼もしい同盟国です。それだけでなく、これまで書いてきたような日本にとって今後の良い指針となる材料が多いので、今後も東経135度線でつながるオーストラリアとさらに強い絆を育てていって欲しいと思います。
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