山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹
カジノの熱風がアジアに吹いている。「租界」の特権を生かしマカオが賭博で地域おこししたのが成功例とされ、シンガポール、韓国、フィリピンと伝播。熱波は日本にも押し寄せている。上陸地点は東京のお台場か。五輪誘致が決まれば、カジノ解禁の追い風になる、という。
勃興する新富裕層を取り込もうと国際カジノ資本はアジアに狙いを定めた。各国で政治家を動かし着々と事業を広げている。
「安倍首相が秋に発表する新成長戦略に、カジノ解禁が盛り込まれるだろう」
超党派でカジノ推進に動く国際観光産業推進議員連盟の議員たちの鼻息が荒い。国会議員ばかりではない。ゲーム機やパチンコの業界をはじめ情報システム産業から建設、ホテル、会計事務所まで日本を代表する企業が群がっている。広告代理店やPR会社が露払いを務め、「カジノはいまや世界の潮流。解禁しないと観光客を他国のさらわれる」といった世論誘導が始まった。
◆手っ取り早く儲けるカネヅル
「遊びは文化」といわれるが、遊びもカネを賭けると目の色が変わる。夏の甲子園も勝敗がカケの対象になると、試合を見守る目はガラリと変わる。バンコクでタイ式ボクシングがそうだった。試合ごとに観客が声と手ぶりでカケの相方を探し、リングサイドは異様な興奮に包まれていた。
賭け事は「程々」を超えると厄介なことが起こる。闇の勢力が介在したり、八百長がはびこったりする。ギャンブル依存症が家庭や暮らしを破壊する。だが賭博は手っ取り早く儲けるカネヅルだ。
「マカオではカジノの稼ぎが昨年3兆8000億円あった。掛け金の総額ではありませんよ。お客が失ったカネの合計が3兆8000億円ということです」
海外のカジノに詳しい大阪商業大学の谷岡一郎学長はそう指摘する。10キロ四方ほどの盛り場で4兆円近くの荒利益を稼げる商売などめったにない。地方政府の役人が公金を懐にマカオに入り浸るなどスキャンダルに事欠かない。中国バブルのあぶく銭がカジノに呑み込まれ、賭場は大繁盛。
「マカオが4兆円なら日本で1兆円は夢ではない」
そんなタヌキの皮算用が語られるほどカジノは魅力的だ。
◆一獲千金の夢を託す
大阪では橋下徹市長が「カジノ解禁」の旗を振っている。大阪商大が理論的支柱になっている。学内にゲームや賭け事の資料を集めたアミューズメント産業研究所(美原融所長)があり、ギャンブリング・ゲーミング学界の事務局が置かれて「カジノの正しい理解を推進」に努めている。美原所長は三井物産戦略研究所の社員でもあり、カジノ推進派の知恵袋だ。
「お台場カジノ構想」は、もとはと云えば石原慎太郎前都知事がぶち上げた構想だった。
カジノで外国から集客すれば落ちる寺銭が地域を潤し、税収も上がる。作家だった猪瀬直樹氏はカジノ構想では当時から石原氏を手伝っていた、と関係者は言う。都知事になり、念願のお台場カジノを都議会に提案し、五輪とセットにして解禁しようとしている。
千葉県の森田健作知事も熱心で、成田空港近くに誘致を望んでいる。沖縄では撤収する米軍の跡地に、長崎県のハウステンボス、宮崎県はシーガイアに併設する案も挙がっている。温泉街の活性化にと熱海が動き、町おこしの起爆剤にと秋田も手を挙げている。
製造業が海外に移転し雇用は流出、内需拡大の掛け声は上がっても切り札になる産業が見当たらない。一獲千金の夢をカジノに託す、という光景が日本のあちこちに繰り広げられている。
2010年に2か所で開業したシンガポールの場合、投資額は1か所5000億円に上ったという。3棟の高層ビルを屋上でつなぎ、巨大な展望プールがある複合リゾート「マリーナベイ・サンズ」はホテル、ショッピングセンター、飲食店、劇場、国際会議場などを配し、賭博場は地下にある。カジノが稼ぎ出す利益で複合施設全体の採算を高めよう、というコンセプトである。
シンガポールに負けるな、とばかりお堅い財界もカジノになびく。日本経団連は6月、「新たな成長を実現する大規模MICE施設開発に向けて」と題する提言をまとめた。MICEとは国際会議や見本市など経済人の交流の場となる施設のことだ。「MICEをカジノと一体で開発することが国際的な流れ」と報告書は述べている。グローバル時代は、人を集めるのも国際競争、魅力付けにカジノは欠かせない、という。
◆権益を巡り拮抗する華人とラスベガス資本
いいことずくめのカジノだが、お隣の中国は設置を禁じている。マカオもシンガポールもラスベガスも、最大の顧客は華人だが、母国ではご法度なのだ。
ミャンマーの山岳地帯、少数民族の街にカジノ街があった。首都ヤンゴンからはヘリコプターで行かなければいけない場所で、中国雲南省から大挙してお客が来ていた。ロシアは沿海州に中国人目当てのカジノがある。韓国のカジノは韓国人の入場を禁じてきた。かつては日本人観光客が、今では中国人でにぎわっている。
中国がカジノを認めないのは、賭博の蔓延が社会を壊すことを恐れるからだ。仏教国のタイもカジノを禁止している。インドネシアなどイスラム国もご法度だ。ミャンマーやカンボジアでは国境の街にカジノがある。経営するのは華人である。
カジノ旋風を一皮むけば、賭博の権益を巡り華人とラスベガス資本が拮抗している。マカオは土着資本のスタンレー・ホーの牙城にラスベガスのカジノ資本であるサンズとウィンが乗り込みシェアを奪っている。2010年に解禁したシンガポールは、マレーシア資本のゲンティンとサンズの両方に認可が降りた。香港には地場資本のギャラクシーが根を張っている。
ラスベガス資本はカジノとリゾートを一体で経営するノウハウがある。犯罪防止など管理も徹底している。地場資本は、さまざまな形で地方権力や富裕層とつながっている。
シンガポールのセントーサ島にカジノ総合リゾートを建設したゲンティンはイスラム国マレーシアで唯一のカジノを経営する華人資本で、シンガポール市場に上場している。
◆隠されたカジノの機能
日本では観光振興、集客施設として注目されるカジノだが、「隠されたカジノの機能が日本では意識的に語られていない」と金融関係者は指摘する。不正に得た資金の洗浄、つまりマネーロンダリング、そして表に出せないカネをタックスヘイブンに持ち出す手段としてのカジノである。
マカオは北朝鮮資金の中継地である。カジノ資本が関係する銀行が米国の経済制裁で口座を閉鎖されたこともニュースになった。中国の役人が賄賂を海外の持ち出すルートにもなっている、と言われる。
アジアの金融センターを目指すシンガポールは資金の監視や税率を低くして他国から資金を呼び込んでいる。わけありのカネを吸い込むのがカジノだ。
「監視や規制を厳しくすれば上得意の顧客は寄ってこない。緩くすれば不正や犯罪の温床になりかねない」
日本はどんなカジノを作ろうというのか。観光資源に乏しいシンガポールは、ブランド品のショッピングや豪華な娯楽を売り物にするしかない。砂漠の田舎都市だったラスベガスが賭博場として栄え、娯楽都市へと発展したのは「何もなかったから」である。
◆遊びの画一化もグローバリゼーション?
「カジノ資本の狙いははっきりしています。世界に冠たる貯蓄大国のマネーを吸い上げることです。東京や大阪などに狙いを定め知事や国会議員にロビー活動をしてきたのは日本人顧客を開拓するためです」
カジノ推進に動くロビイストはいう。支持者は確実に増えている。五輪誘致が決まったらカジノ論議は一気に噴き出るだろうと指摘する。
日本にはカジノ経営のノウハウはない。運営は外資に任すことになる。分け前を求め合弁に加わろうとする日本の企業が群がるだろう。カネ、カネ、カネ。
固有の文化や歴史があり、細やかなサービスができるもてなしの心、温泉や豊かな自然がある日本に、シンガポールやラスベガスは手本になるのだろうか。
「遊びは文化」ならカジノは日本文化の破壊かもしれない。それとも新たな文化創造か。遊びの画一化もグローバリゼーションと割り切るべきなのか。あなたはどう思いますか。
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