п»ї ゴーン逮捕と官民ファンド なぜ「高額報酬」を隠すのか『山田厚史の地球は丸くない』第130回 | ニュース屋台村

ゴーン逮捕と官民ファンド なぜ「高額報酬」を隠すのか
『山田厚史の地球は丸くない』第130回

12月 14日 2018年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

産業革新投資機構(JIC)の高額報酬が明るみに出て、所轄官庁と「内戦」が勃発(ぼっぱつ)、機構は開店休業に追い込まれた。

報酬に「待った」を掛けたのは経済産業省だが、朝日新聞がすっぱ抜く(11月3日付)までは是認していた。「事務的な調整ミス」(世耕経産相)と弁解する。官房副長官として発足時から官民ファンドにかかわってきながら責任を役所の事務方に押し付けるような発言で、不可解な部分が多い。

◆金融界の常識と世間感覚にずれ

経産省は、JICの投資事業に必要な予算措置を停止。二人三脚で進めてきた両者が喧嘩(けんか)別れになったのは、高額報酬を世間の目を避けて決めたことにあった。

金融界では「高給を払わなければ優秀な人材はファンドに集まらない」と言われてきた。経産省もこの点に配慮し、JICの経営陣には固定給に業績報酬を上乗せすることで合意。経営陣の年収は5500万円から1億2千万円ほどになる。この水準は担当局長だった糟谷敏秀官房長と田中正明社長の間で合意されていたという。

ところが、朝日新聞がすっぱ抜いたことで事態は急変。経産省はJICに減額を打診したが「話が違う」と拒否され、感情的なもつれもあって協議は決裂。経産省は兵糧(ひょうろう)攻めで経営陣を退陣に追い込んだ。

「高額報酬は世間の理解と得られない」と経産省は判断した。金融界の常識と世間感覚にずれがある。日産自動車前会長のカルロス・ゴーン容疑者が年収を過少公表した動機とよく似ている。

「金融界の常識」に理解を示していた経産省が「世間感覚」へと転じたことから迷走が始まった。転換の裏には「官邸の判断」があったと政府関係者は指摘する。
「消費税を増税するこの時期に、官民ファンドの経営者に高額報酬を払えば庶民の反発を招くという政治的配慮が働いた」というのだ。

◆安倍政権は「経産省内閣」

分からない話ではないが、もう一つ隠れた要因があるのではないか。ゴーン日産会長の逮捕である。

「方針転換」に動いたこの時期は、ゴーン逮捕へと検察が動いた時期を重なる。フランスのマクロン政権が反発することが予想され首相官邸が蚊帳(かや)の外に置かれていたとは考えにくい。安倍政権は霞が関の官僚組織に、大事なことはすべて報告するよう「官邸主導」を強めている。

キーマンは2人。菅義偉官房長官と、今井尚哉総理大臣政務秘書官だ。

日産問題もこの2人は無関係ではないだろう。官房長官は日産の本社がある横浜が選挙区、ゴーン問題ではキーマンの1人である川口均・日産専務執行役員と親しい間柄だ。JICの高額報酬にダメ押ししたのも官房長官という指摘がある。

今井秘書官は経産省の出身、安倍首相の側近ナンバーワンとして経済政策を仕切っている。JIC問題で収拾に当たった嶋田隆事務次官と同期入省、ツーカーの関係だ。嶋田次官は、ゴーン氏に反旗を翻した西川広人日産社長の「後ろ盾」とも言われている。

「ちゃぶ台返し」のような経産省の方針転換は、これから問題となる「カルロス・ゴーンの高額報酬」ともろにぶつかる。政府だって高額報酬を認めているではないか、という世論を誘発しかねない。

安倍政権は「経産省内閣」といわれるほど、経産省が丸抱えしている。業界常識に寛容なお役所の死角に入っていた高額報酬は官邸の視線で見れば「役所はなにをやっているのだ」となるだろう。事務方の責任にした世耕経産相も迂闊(うかつ)だった、と反省しているのではないか。

◆経産省の縄張り拡大の足掛かり

官房長が仕切って来た案件を、次官が出向いて詫(わ)びた。それでも田中社長は「これでは法治国家と言えない」と席を立った。役所にとって次官が頭を下げるのはめったにないこと。それが通じない相手に次官は腹を立てたのだろう。

背後には経産省に対する反発もある。政策に興味が薄い首相に代わって政策を取り仕切る今井秘書官のやり方に他官庁の不満がたまってる。筆頭が財務省だ。

JICの報酬水準も、財務省は反対はしなかったが納得もしていない。日銀総裁でも年収は3500万円程度。年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)でも専門のファンドマネージャーを民間相場とかけ離れた低額で迎え入れた。JICの言い分を聞いて、経産省系の出先で役員報酬を吊り上げる経産省を苦々しく思っていた。

JICは安倍政権が掲げる「成長戦略」や「日本再興戦略」を支える産業政策の一環で資金の95%が政府資金だ。投資先の企業に役員を派遣するなど経営・人事に経産省が影響力を持つ。経産省の縄張り拡大の足掛かりになってきた。

日産自動車は業界では「通産省が育てた会社」ともいわれた。今ではルノーの子会社同然で、経産省は「失地回復」を願っているといわれる。

JICのドタバタ劇と世界の自動車業界を震撼(しんかん)させたゴーン逮捕。「高額報酬」という補助線を引くと、見え方はまた違ってくる。

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