宮本昭洋(みやもと・あきひろ)
りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。
◆お手盛り予算、汚職や賄賂の温床に
ジョコ・ウィドド政権の政治基盤の弱さにつけ込み、守旧派の既得権益層が台頭する象徴的な事例が国会内でも目立ってきました。560人の全国会議員に対しそれぞれの選挙区の開発予算として毎年総額200億ルピア(1.9億円相当)を支給し、各選挙区で使途が自由な開発資金に充てるというものです。この法案は、与党連合が反対しましたが、野党連合の賛成により本会議で可決されています。
景気低迷により税収不足に直面し、インフラ整備や社会保障費の拡充などにも支障が出始めているにもかかわらず、この議決により来年度の国家予算案には新たに約11兆ルピア(1000億円相当)の開発予算が計上されることになります。ジョコ政権の主要政策である「地方開発・格差是正」を逆手に取ったもので、各議員が私腹を肥やし、汚職や賄賂の温床になりかねません。大統領は反対しているものの、このまま大統領が法案に署名する可能性が高いのではと懸念しています。
また、同時に議題に上がったのは、「政党助成金」の増額です。制定から6年が経過しているとして、ユスフ・カラ副大統領も増額に理解を示し、増額要求額で約132億ルピア(1.2億円)が、内務大臣から大統領に提案されました。
政党助成金は、各政党に所属する議員の活動費を支給することによって汚職や賄賂を抑止する狙いもあります。ただ、本案は最終的に反発を受け、見送りになっています。インドネシアでは、国会議員や政党が政権の足腰の弱さを突いて、自らの政治資金の積み増しに動いているのが現在の姿です。
大統領直属の汚職撲滅委員会(KPK)は、政治家や官僚による蔓延(まんえん)する汚職や賄賂などの不正取引を糾弾するため、警察や司法機関をしのぐ盗聴などの超法規的手段による捜査権限を付与され、その権限を駆使して数々の汚職を暴いてきました。しかし、今年2月の国家警察との抗争からKPK幹部が相次いで警察の捜査対象者となり、組織としての勢いを失いつつあります。
大統領は反対していますが、国会でKPK改正法案も審議される公算が大きくなっています。仮に法案が議決されると、KPKは強制捜査権を失い、警察や検察当局と同列の組織となります。国会議員や許認可権限を持つ官僚にとって、KPKはもはや恐れる存在でなくなりますので、インフラ開発などに係る利権の拡大や賄賂の収受も堂々と行えることになりかねません。行き着く先は「汚職大国」の復活です。
清廉なイメージで国民の期待を担い登場したジョコ大統領でしたが、政権基盤の弱みを突いて守旧派勢力がますます増長するなかで自らの指導力を十分に発揮できず、さらに景気後退から国民の支持率も低下しており、起死回生の手段として、8月にも内閣改造がささやかれています。
改造人事により、大統領が担当分野で専門性を発揮できる適材適所の閣僚を指名した指導力を見せるのか、あるいは政党の要求を受け入れて政党主導の人事に終わるのかが、改めて注目されます。政権の弱体化で、支持率回復を狙いさらに保護主義的な政策を強めていく先行きも懸念されます。「最近、この国は権力者たちが跋扈(ばっこ)してどんどん状況が悪化している」と、嘆くように語った知人の言葉が印象的です。
◆中国の台頭で変化する力学、対等な目線や立場が必要
ルピア相場は、アジア通貨危機以来の最安値を更新し中央銀行の断続的な為替介入の甲斐(かい)もなく、相変わらず低迷しています。景気刺激のため政策金利を下げたいものの、9月以降にも想定される米国の利上げを前に動きが取れません。中央銀行は政策金利引き下げに代わる市場活性化策の一環として、二輪、四輪、住宅などの購入の際の頭金規制を6月24日から緩和しました。
景気低迷のなかで財政出動が必要ですが、公共事業への予算執行率は13%にとどまっており、景気浮揚の起爆剤には程遠い状況にあります。もっとも、公共事業に投じる財政資金は税収不足で抑制気味にする必要に迫られるなか、政治家個人への資金や政党への助成金を増額する議論までしている始末ですから、景気回復にはしばらく時間がかかりそうです。
ジョコ大統領は、日本企業などにインドネシア向けの投資や誘致を熱心に働きかけながら、国内現場では外国人労働者のビザ取得問題を始め、投資促進に逆行する色々な規制も発出されています。大統領自身が現場で起こっている問題を掌握出来ていないために、外国企業には極めて不可解な状況が生まれています。
ユドヨノ前政権時に首都圏優先開発案件として実施が決定していた「チラマヤ新港建設場所」の白紙撤回に見られるように、インドネシア政府が日本の資金援助に期待する姿勢にも変化があり、関係当局との折衝にあたっている日本大使館を始めとする日本の政府機関のいら立ちも募ってきています。
インドネシア政府への規制見直しを働きかけるロビー活動を2008年から展開している日本大使館やJETROなどから成る「オールジャパン協力会議」が先ごろも開催され、規制緩和要望を強めていくことで一致しています。
懸念されるのは、「日本サイドの姿勢とインドネシアの国民性」です。日本側では、官民でインドネシアの経済発展に最大限貢献をしてきた自負があります。他方、インドネシア側は必要なプロジェクトの多くは日本政府や日本企業が主導しており、インドネシアの国益には期待するほど結びついていない、結果的には日本を利するだけでは、との思いも強くなっているようです。
世界第2位の経済大国になった中国の台頭もあり、インドネシアが経済発展について日本だけを頼りにしていた時代と異なり、東南アジアでの力学が変わってきました。この風向きの変化を慎重に読まないと、インドネシア政府の方向性を見誤る可能性があります。
とりわけ東南アジアの大国であるインドネシアは、プライドと自尊心が驚くほど高い国民です。自国の経済発展で必要とされるプロジェクトは、自国でも進められるとの自信も深めてきました。「海洋国家構想」を掲げるジョコ大統領は、外国企業投資を呼びかけながらも必要とする船舶は、自国で建造すべきで、国営企業に対しては外国の建造船を購入するべきでないとまで最近発言しています。
このような事象から読み解くと、日本側が資金や技術協力するのだから規制緩和を当然進めるべきといった圧力を掛けた姿勢で臨んでいくと、インドネシア側の対応はさらに硬化する可能性があります。過去の経済協力で日本側もメリットは得ており、これからは対等な目線や立場でインドネシア側が経済発展のために何を欲しているのかを読み取り、日本側だけの国益追求と受け取られないよう中長期の視点から、インドネシアの国益となるバランスの取れた経済協力を戦略的に進める時期に来ています。
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