п»ї タイはテロリスト天国『アセアン複眼』第10回 | ニュース屋台村

タイはテロリスト天国
『アセアン複眼』第10回

9月 18日 2015年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories 代表。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表。公認不正検査士。

バンコク中心部で8月に起きた爆弾テロ事件で、偽造パスポートの問題が改めて浮かび上がった。パスポートの盗難や偽造・変造について日本人の間で聞くのは「ちょっとしたすきにホテルで盗まれた」「ゴルフをしていたらコインロッカーで……」など、当人のその後の苦労はともかく、あまり深刻さを感じない文脈での話が多い。だが、タイでは入国管理の緩さと併せ、テロを助長する原因になっている。

◆イスラエル人を狙うイスラム勢力

バンコク爆弾テロ事件で8月27日に最初に逮捕された容疑者の男は、トルコ国籍を示す偽造パスポートを所持していた。また、警察が逮捕の際に押し入ったバンコク東部ノンチョク地区のアパートには約100冊の偽造パスポートがあったという。

昨年3月に消息を絶ったマレーシア航空MH370便は、その残骸が今年7月にインド洋西部の仏領レユニオン島の海岸で見つかった。墜落原因との関係は定かではないが、同便の乗客2人がタイで盗まれたパスポートの偽造版を所持し、亡命を計っていた。

さらにMH370便が墜落したとみられる時期と相前後してタイ警察当局は、イスラム教シーア派組織のヒズボラと密接な関係を持つレバノン人2人を拘束したことを明らかにした。彼らが狙ったのはタイに来るイスラエル人。タイ、イスラエル当局の共同作戦で逮捕された2人は、それぞれフランス、フィリピンの偽造パスポートを使っていた。

ちなみに、なぜイスラム勢力がわざわざタイでイスラエル人を狙うかというと、イスラエル人渡航者が年々増えていることに加え、緩い入管体制からテロリストも容易に入国できるからだとされる。イスラエル人のタイ渡航者は年間約12万人(全体では約2700万人)で年々増加傾向。特に、兵役を終えた若者がしばしの羽伸ばしにくるケースが多い。

逮捕されたグループは4月のタイ正月(ソンクラン)の時期、バンコク市内カオサン通りなど6か所でイスラエル人襲撃を計画していた、ようである。この時期はイスラエルもユダヤ教の過越祭(すぎこしさい)を祝う時期で、バンコクでも多くのイスラエルの若者が集っていた。ヒズボラと疑われる人物がタイで拘束されるのは、12年2月にイスラエル外交団を狙った未遂事件以来だ。

偽造パスポートは、何もテロリストが使うだけではない。昨年11月には、米国で性的暴力などの容疑で指名手配されていた米国人の男が、タイでも女性に性的暴力を繰り返していたとして、バンコク市内で逮捕された。英語教師で身を立てていたこの男(当時47)は、本物のパスポートが発給停止措置を受けており、米国と英国の偽造パスポートを所持していた。

◆カオサン通りは偽造・変造パスポートの一大拠点

カオサン通りに行けば、いくらでも手に入るといわれる偽造・変造パスポート。タイ当局も法務省特別捜査局を中心にここ数年取り締まりを強化し、マレーシア機が消息を絶った後に国内10の犯罪シンジケートを捜査対象にしたが、問題が鎮火傾向にあるとの話は聞かない。タイで民間企業向けのインテリジェンス・サービスを提供するプロ(筆者の同業)に聞くと、「警察とのつながりが強いので偽造業者の根絶は難しいだろう」という。

シンジケートのほとんどはパキスタン、インド、イラン、中央アジアから来る犯罪者集団で、偽造パスポートの買い手となる顧客は主に不法移民、次いで人身売買業者、そしてテロ集団というのが定説らしい。マレーシア機が行方不明になった後の昨年4月10日には、ミャンマーから偽造パスポートで入国しようとしたミャンマー人4人がタイ北部で逮捕された。

少し古い数字だが、英ガーディアン紙によると、タイ国内には12年時点で少なくとも20のパスポート密売組織があり、スペイン、フランス、ベルギーなど欧州にも根深い流通ルートを持っているという。13年には、タイの在外公館でビザ証明のステッカーが大量紛失しているとの報道もあった。例えば、時事通信によると、在マレーシア大使館から800枚、在ラオス大使館からは500枚、という具合だ。いずれもバンコク市内で売買されているという。

タイでは真正パスポートが1500~3000米ドルで取引されるといわれ、犯罪組織にとっては貴重な資金源だ。

◆紛失・盗難は日常茶飯事

偽造・変造パスポートの元となるパスポートの盗難はどのくらいあるのだろう。国際刑事警察機構(インターポール)は02年から、盗難もしくは紛失の届けがあった旅券関係書類の情報をデータベース化しており、14年3月現在でその数は4000万件以上(167か国)に上る。

インターポールは各国当局にデータベースを開放しているが、利用する国は実は少ないらしい(日本はしっかり使っていると、警察庁からインターポール出向している中谷昇サイバー犯罪対策専門組織「IGCI」総局長は先日話していた)。英フィナンシャル・タイムズは、タイ政府の数字として12年1月から13年6月までに、6万冊以上のパスポートが国内で紛失した、と報じている。観光地パヤタやプーケットでは、紛失・盗難は日常茶飯事のようだ。スペインでは13年1年だけで5600冊の英国パスポートが紛失した、という変わった統計もある。

マレーシアと並び、タイは大陸から来るテロリストの中継点だ。支援者も多く、例えば米同時多発テロ事件では、マレーシアが前線の補給地として利用された。いまだに米当局は容疑者を追いかけている。インドネシア・スラウェシ島ポソにはイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)のトレーニングキャンプがあるが、ウイグルから過激派の手引きで陸路、タイとマレーシアを経由して流れてくる事案が複数確認されている。タイでは偽造パスポートを受け取るのだ。

一見すると地味な課題だが、事態は深刻である。15年末に発足する「アセアン経済共同体」(AEC)は域内共通ビザ導入を目標にしているが、安全な運用がなされることを願っている。

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