п»ї タイ人Bさんの日本での不動産購入『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第70回 | ニュース屋台村

タイ人Bさんの日本での不動産購入
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第70回

6月 03日 2016年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住18年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏

それはひょんなことがきっかけであった。私の知り合いの日本の官僚の方がタイを訪問されるに際し、タイで数々の閣僚を歴任されたBさんに会いたいとの要望があり、Bさんとの夕食会をアレンジしたのが昨年8月であった。Bさんが持ってきて下さった高級ワインを片手にイタリア料理を食べながら、日タイの政治・経済についての意見交換を行った。夕食会も後半になると雑談に花が咲き、Bさんがひょんな拍子に「私は日本で家が買いたい」と言い出された。

今回は、Bさんが私といっしょに日本で物件を探し、購入するまでの話である。

◆富士山周辺に絞る

Bさんは日本の大学を卒業し、タイの政財界で現役で活躍している。今でも日本を年に5、6回訪問している。長い間タイの政財界で活躍していながら、政敵もあまりつくらず、クリーンな活動をしてこられたBさんは、日頃から「私はお金がない」を口ぐせにされていた。しかし、かなり以前に若い人の支援のために資金提供した株が最近値上がりし、「初めて金持ちになった」と素直に喜んでおられる。「少しまとまったお金が手に入ったので、学生時代を過ごした日本で是非家を買いたい」と言い出されたのである。

こんなBさんの強い思いを感じ、その日の夕食は3人でスマートフォンを使いながら、候補地や候補物件探しに移行。東京、愛知、福岡など、タイからの直行便のある土地の物件を調べたが、Bさんは乗り気ではない。どうも都会のマンションはお好きでないようである。都会のマンションならば、ホテル住まいの方が便利かもしれない。そのため、私は別の提案をしてみた。「Bさん、富士山あたりの別荘はいかがですか? 東京から車で1時間半で行けます。新宿からならば高速バスが走っていて、とても便利です。軽井沢や八ケ岳も良いと思われますが、富士山は東京から近くて便利ですよ」

実は私は富士山に家を持っている。1987年、私が2回目の米国赴任をする前、日本はバブルに突入しようとしていた時期であり、不動産価格が上がり始めていた。こうした不動産価格の高騰にあせり、私はいくつかの東京近郊のマンションの購入抽選に応募したが、すべて落選。頭金として用意した600万円が宙に浮いてしまった。そんな時にたまたま婦人雑誌の広告に載っていた富士山の別荘を知り、週末に小さい子供達を連れてドライブがてら現地を訪ねた。

開発されて間もなく、家もまばらな別荘地を見てまわったが、その自然に囲まれた環境に、私達夫婦はすっかり魅せられてしまった。そうは言っても私が持っている所持金で買える分譲地は、小さな区画二つだけである。善は急げ。その場でそのうちの一つの購入を決めてしまった。

このため、私は米国に赴任するのに蓄えゼロとなってしまった。全く無謀な話であるが、若かったがゆえに出来たことだと思う。米国から帰国しタイに赴任する直前の98年に、この富士山の家を建てた。その後の18年にわたるタイでの勤務により、この富士山の家が私の本宅となったのである。

そんなわけで、富士山界隈には私も少しは土地勘がある。このため、Bさんに富士山の別荘購入をおすすめした。Bさんは「富士山」という言葉に心を動かされた。日本人だけでなく、タイ人も「富士山」にあこがれを持っているようである。

値段も中古であれば、手頃なものがある。もともと清貧なBさんは、それほど多額な資金投入は考えておられない。「一軒家のメンテナンスは大丈夫だろうか?」。若干心配な面もあったが、Bさんはこの話に大乗り気である。「後日もう少し詳しく説明をします」とBさんに約束し、その日の盛り上がった夕食会を終えた。

夕食会の2週間後、私はBさんとの約束を守るため、Bさんのバンコクのオフィスを訪問した。特に取り立てて新しい情報があったわけではないが、私の家の写真などを持っていった。また、別荘開発会社の提供するホームページの仲介物件から、私の良いと思う物件をいくつかBさんに見せた。

私は例年4月と10月に約1カ月、日本に出張する。もし私の10月の日本出張中に、Bさんが日本に来られるチャンスがあるならば、その際にBさんを富士山に案内すると申し出たところ、Bさんはすぐに秘書にスケジュールを確認し、10月25日から27日までの3日間わざわざこのために日本に来ると言う。これはかなり大事(おおごと)になってしまったと思いながら、私は早速別荘開発会社に連絡を取り、Bさんの受け入れ準備を開始した。

◆外国人観光客も多い河口湖周辺

2015年10月26日午前8時に私達は新宿駅の高速バスターミナルで待ち合わせをした。前夜日本に到着したBさんは独力で新宿まで来て頂ける。日本語が多少わかり、日本に住んだ経験があるBさんだからこそ、1人で新宿に来ることが出来るのであろう。しかしBさんほどの偉い方なので、迎えに行くことを申し出たが「1人で大丈夫です」と固辞された。Bさんと日本の鉄道の駅で待ち合わせするのは2回や3回ではない。いつも鉄道を使って来られる、その偉ぶらない態度に頭が下がる思いである。

さて、午前8時40分のバスに乗った私達は、午前10時半に河口湖に到着。高速バスの中には、西洋人や中国人に混じってタイ人も数家族乗り込んできている。こうした所にもタイ人が多くいることにBさんはびっくりされていた。河口湖駅前も外国人観光客であふれかえっている。これも富士山が世界遺産に登録された効果であろう。

私達は河口湖でレンタカーを借り、まず市内にあるショッピングセンターを見学した。ここで妻と落ち合い、簡単な昼食をしたあと、早速別荘販売事務所まで車を走らせた。

河口湖から車で20分ほどの場所にある別荘地帯であるが、富士山中にあり、住所も富士山である。河口湖の喧騒(けんそう)とは別世界にあり、森の静寂に包まれている。

別荘販売事務所では、今回私達を担当するKさんと面談をした。今年大学卒業したばかりで経験は浅いが、誠実な人柄がうかがえた。しかし英語は全く駄目なので、私が通訳である。Kさんが10軒ほどの家を候補として挙げてくれた。

結局その日は昼前から日が暮れて真っ暗になった午後6時までびっちりと中古物件めぐりをした。その後、私の家に来てBさんと私達夫婦3人で夕食をしながら、今日見た家の品定めをした。気がつくと3人でワイン2本を空けていた。

翌日は午前8時に起きて朝食の後、3人で別荘地帯の散歩に出かけた。10月も終わりなので、澄み切った肌を切るような空気である。Bさんには私のダウンコートをお貸しした。10月だというのに3人とも冬支度の散歩である

Bさんはとてもうれしそうである。「小澤さん、昨夜は本当に良く眠れました。いつもはアレルギー性鼻炎で鼻が詰まるのに、ここでは全く鼻が詰まりません。昨夜は全く途中で起きませんでした。こんなに良く眠れたのは何年かぶりです」。Bさんはこの別荘地を大変気に入られたようである。この朝の散歩で前日に気に入った2件の物件も外から見た。更に午後には再度別荘販売事務所に行き、この2件の内部を再度見せてもらい、27日の夕方に富士山から東京に戻った。

タイに戻ったBさんは11月にご家族と話をされた。出張で日本に残った私に電話があり、比較的小さめの中古物件を買いたいという。この家はデザイナーの方が設計されたもので、1LDKの吹き抜けの家であるが、ゆっくりとした時間を楽しむには最適である。一見社交的なBさんであるが、1人の時間には極上なオーディオセットでクラシックを聴きながら読書をする。こんなBさんのライフスタイルに合う格好の別荘であった。

◆不動産登記に必要な住民票

しかし、それからが大変であった。外国人の不動産購入のお手伝いを経験したことが私にはない。一方、富士山麓に大規模別荘地を展開している不動産会社も、外国人が購入するのは今回が初めてであり、英語を話す人もいなければ、英語の書類もない。

そもそも、外国人の日本の不動産登記にあたって、どのような書類が必要なのか、司法書士に聞いても要領を得ない。私は突如として、不動産ブローカー兼通訳の役回りを無料で引き受けざるをえない羽目になってしまった。

11月中旬、日本で開催されるセミナーの講師としてBさんは日本に来られた。週末を利用してBさんと不動産会社との面談をアレンジ。不動産会社は売買契約書などを準備してきたが、当然なことながら全て日本語。その場で、私は概略を通訳して契約の流れについて説明。不動産登記で必要な書類についても説明をしたが、最も困ったのが住民票の取り扱いだ。タイには日本の住民票にあたるものがない。タイ国民は現在の居住地の登録をしていない。このため、日本の不動産登記にあたる住居登録を住民票の代替にすることにした。

さて、それからが時間との勝負になってしまった。「雪に閉じ込められる前に引っ越し作業をしたい」という売り主からの強い要望に基づき、売買契約と手付金の支払日が12月20日に決定された。

日本の不動産取引関連法に基づくと、不動産仲介業者は「買い主が十分に取引内容を理解できるようにする」説明責任が発生する。一方で、タイでは多額な海外向け送金については、タイ中央銀行への申請・承認が必要となる。この申請に不動産売買契約書(英文)添付が必要となる。この他にも「不動産購入後にBさんが確実に不動産登記が出来るか否か」準備する提出書類を、日本の法務局で事前に確認する必要がある。

11月下旬にバンコクに戻った私は早速これらの作業に取りかかった。契約書の英文化などは私が担当したが、登記書類の準備はBさんの秘書と私の秘書がひそかに連携し、集めた書類を日本の司法書士経由で日本の法務局に確認した。こうして12月20日には売買契約と手付金の送金が完了。残りは翌年3月10日の残金支払いと不動産登記を待つだけとなった。

◆非居住者預金口座の開設

ところがもう一つクリアしなければならない課題が出てきた。Bさんの別荘購入後、別荘管理手数料と固定資産税、みなし住民税の支払いをどうするかという問題である。私自身はこうした支払いは、当然のことながら銀行口座からの自動引き落としを利用している。

しかし、外国人が日本で銀行口座を開設するのは容易ではない。昨今では、口座開設にあたってマイナンバーを義務づけする銀行も多く出てきており、海外で働く我々日本人非居住者ですら、日本の銀行で口座開設が出来なくなってきている。顧客の利便性より、リスク回避に走る日本の最近の傾向がよく見てとれる。

幸いにも、Bさんが別荘を購入した山梨県の地方銀行である山梨中央銀行は、我々バンコック銀行の提携銀行である。早速本件につき、山梨中央銀行の進藤中(しんどう・なかば)頭取に直接お会いをして検討をお願いした。同行は、他の地方銀行に先がけ、河口湖支店に自動両替機を設置。現在では、タイバーツの両替もこの自動両替機で行っている先取の精神に富んだ銀行である。進藤頭取からは「本店だけではなく河口湖支店でも非居住者預金口座が開設できるように検討する」との前向きなご回答を頂いた。

今年4月終わり、Bさんはご家族を連れて初めて別荘購入後、富士山に来られた。念願だった日本での不動産購入である。とてもうれしそうに奥様に家の中を説明しておられた。私もお手伝いをしたかいがあった。家の引き渡しが終わり、私も肩の荷が下りほっとした。

それにしても、今回のBさんの日本での不動産購入は、私にとっても簡単な作業ではなかった。現在、日本政府は外国人による日本への投資を奨励している。しかし実際に自分ですべての取引を経験してみると、日本には改善しなくてはならないことが数多くあることを実感するのである。

第70回富士山の別荘地=筆者撮影

富士山の別荘地=筆者撮影

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