教授H
大学教授。専門は環境経済学および理論経済学。政府の審議会の委員なども務める。「知性は、セクシーだ」が口癖。趣味は鉄道(車両形式オタク)。
最近、国税庁がケイマン諸島などのタックス・ヘイブン(租税回避地)に財産を持つ日本人のリストを大量に入手し、脱税などの事実がないか調査するというニュースがあった。いよいよ始まったかという思いがする。一部の富裕層や企業、スポーツ組織、そしてマフィア、テロリストまでもがタックス・ヘイブンを利用し、資金を運用している。今、日本でもようやく巨悪の実態が明らかにされようとしている。
タックス・ヘイブンの役割は、おもに2つある。第1の役割は、自分の国で運用すると課税されてしまう資金を、ケイマン諸島のような特定の地域で運用することによって非課税のままにしておくというものだ。これは節税目的なのだが、実は脱税と言ってもよい行為がほとんどなのだ。
第2の役割は、資金洗浄(マネー・ローンダリング)、すなわち犯罪などの違法行為によって得た資金の出所を隠し、一般の市場で使っても身元が判明しないようにする機能だ。
どちらにしても一般の人から見るととんでもない行為で、取り締まって当たり前の犯罪ないし犯罪もどきの行為である。だが国家間の情報秘匿の壁に阻まれて、これまで実態が明らかにされてこなかった。また金融制度の複雑さも手伝って、一般の人々の関心もそれほど高くなかった。だからタックス・ヘイブンが野放しの状態にあったのだ。
◆タックス・ヘイブン・ハンターの記録
ところが、タックス・ヘイブンの実態を暴く書が相次いで出版されるようになったこともあってか、ここのところタックス・ヘイブンへの一般の関心がにわかに高まってきた。志賀櫻の『タックス・ヘイブン―逃げていく税金』(岩波新書、2013年)はこの驚くべき実態を明らかにした本だ。著者は大蔵省、国税庁、外務省、警察庁、税関などを渡り歩いた元官僚で、タックス・ヘイブンの実態を熟知した「タックス・ヘイブン・ハンター」とも言える人間である。
この本を読んでまず仰天するのは、マフィアやテロリストとともに国家がタックス・ヘイブンを利用しているということである。タックス・ヘイブンというとケイマン諸島やバハマ諸島を思い起こすが、実はもっとも大きいタックス・ヘイブンがロンドンにある。言わずと知れたシティである。このシティから恩恵を受けているのがイギリスというわけで、国家絡みだからタックス・ヘイブン潰しもなかなか進まないのも当たり前だ。著者はタックス・ヘイブン潰しの会議の場で、何度もイギリスのカウンターパートと衝突したという。
タックス・ヘイブンはマネー・ローンダリングによってマフィアなどをのさばらせ、テロを資金的に支えているという意味でもってのほかだ。しかし、その他にも悪の根源というべき要素がタックス・ヘイブンにはあると著者は言う。それは、世界金融危機の原因とも言うべき暴走するマネーをつくり出しているという点だ。ヘッジファンドなどが動かす投機的マネーは多くが先進国のオフショア金融センターを経由する。オフショアと言えば聞こえがよいが、実はタックス・ヘイブンだ。この金で儲けるのも、一部の富裕層だ。
◆割を食う中間所得層
この本のはじめの方に、所得金額が年間1億円を超えると所得税負担率が下がるという図が出てくる。これだけでも十分ショッキングだが、タックス・ヘイブンなどを経由した「見えない所得のフロー」を考慮すると、所得税の負担の格差がいかに許し難いものかがわかる。この格差によって割を食うのが中間所得層なのだ。不公平は広がるばかりだ。
著者の経験は実に幅広く、かなり危ない橋も渡っている。MI6(イギリスの諜報機関)のエージェントなどと遭遇したこともあるというだけに、本書は最初から最後までスリリングだ。一気に読み通した後、多くを学んだという充実感が得られる本だ。
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