山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
2人の大統領が暴走し、世界を危うくしている。似た者同士の争い。米国のトランプ大統領とトルコのエルドアン大統領である。
発端は2016年、トルコで起きた「大統領暗殺未遂事件」。エルドアンは事件の黒幕は米国在住のイスラム指導者のギュレン師だとして引き渡しを要求した。トランプは「証拠がない」と拒否。返す刀で、トルコが「テロ組織を支援した」として軟禁しているキリスト教福音派のアンドルー・ブランソン牧師の釈放を求めた。応じなければトルコからの鉄鋼・アルミ製品に高率関税をかける、いかにもトランプらしい圧力外交である。
◆自己愛の強い政治家
高関税をテコに他国を威圧する手法をトランプは最近頻繁に使う。強い指導者を選挙民に見せつけ、分かりやすい成果を誇示する。そのために米国が諸外国とともに築いてきた信義などどうでもいい。大事にするのは自分の人気であり、支持者を喜ばせることだ。
エルドアンもトランプに劣らず自己愛の強い政治家だ。「米国の目的は金融から政治にいたる全ての分野でトルコを降参させることだ」と態度を硬化させた。だが、経済強国と新興国の全面対決を市場は「トルコに勝ち目ナシ」と見た。トルコ通貨のリラは売られ、年初に比べ半値近くまで下落。通貨危機が債務危機へと飛び火するのでは、と懸念が広がっている。
通貨安が進めばトルコは外貨建て債務の返済が出来なくなる。返済不能の恐れを示す指数は急上昇し、貸し込んできた欧州の金融機関への波及が心配される。ことによってはギリシャ危機、アジア通貨危機の二の舞である。危機を内在させながら、もたれ合ってきた不健全なグローバル経済があぶりだされた。
トルコはリーマン・ショックの翌年、4%のマイナス成長に落ち込んだが、2010年は8・49%の成長を回復、2017年も7・05%と高度成長を続けていた。多民族国家で宗教的束縛が緩い世俗的国家、宗教色を強めたエルドアンは開発独裁型の政権で外国からの投資を呼び込んだ。
人口8千万人、西欧化したイスラム国家、勃興する中産階級の内需がある。第1次世界大戦で敗れるまで帝国を築いていたオスマントルコの流れをくむ文化水準の高い国でもある。ボスボラス海峡を跨(また)ぎ欧州とアジアを結び、NATO(北大西洋条約機構)の一翼、EU(欧州連合)に加盟を申請する先進的な途上国だ。投資先を探していたグローバル資本にとって格好な投資先である。
リーマン・ショック後、先進国の中央銀行は金融の量的緩和に走った。使い切れない資金が溢(あふ)れ出し、トルコのような文明の基盤がある新興国に流れ込んだ。外資による製造業や物流への投資が進み、投資収益は新興国ファンドの金融商品となって先進国で売られた。成長率は高いが、輸入超過で貿易は赤字。海外からの借金で国際収支を埋める。先進国の銀行に格好なお客さん。高い利回りを求めて投資が流れ込み、配当が海外に流出する。アジア通貨危機前のタイやインドネシアのように外資の流入で経済が活気づくパターンだ。
◆アメリカの言うことを聞かないエルドアン
欧州の銀行や投資家は、トルコ経済を壊さないようそっと育てることが課題だった。ところがトランプの荒っぽい外交が、その脆弱(ぜいじゃく)性を踏みつぶしかねない。アルゼンチンやブラジルは米国にとって他人事ではないが、トルコ経済への心配はトランプの頭にないようだ。トランプにとってなによりも面白くないのは、エルドアンがアメリカの言うことを聞かないことだ。
シリアでアメリカはクルド人を使って過激派組織「イスラム国」(IS)の殲滅(せんめつ)を進めた。地続きのトルコではクルド人は反政府組織を作って政権打倒に動いている。エルドアンはクルドを敵視し、ISが産出した原油をトルコ経由で売りさばいている。
さらにトランプをいら立たせているのは、トルコが米国とロシアを天秤に掛けようとしていることだ。トルコはNATOに加盟しており、米国は新鋭戦闘機F35を100機供与する約束になっている。すでに一部は売却が完了し、トルコ空軍のパイロットが米国内で訓練に入っている。ところが米国議会でF35の売却に異論が上がり、売却中止を盛り込んだ国防権限法にトランプはサインした。トルコの出方次第ではF35の供与を中止する、というのだ。
背景にはトルコとロシアの接近がある。クルドを支援するアメリカへの反発だ。南進を目指すロシアは、シリアでアサド政権を支持する。クルドをけし掛けてアサド打倒を目指すアメリカをけん制するため、クルドと敵対するエルドアンに近づいた。その証しがロシア製ミサイル防衛システムS400の供与だった。
F35をトルコに配備すればS400が情報を吸い取り軍事機密がロシアに流れる、と米軍や兵器産業の関係者は警戒する。
そんな状況の中でキリスト教福音派牧師の拘束が起きた。ここはガツンとやるのが得策と考えたのだろう。福音派はプロテスタントの保守勢力、トランプの支持者が多い。9月の中間選挙を前に支持基盤を固めるうえでトルコをギャフンと言わそうと考えたのだろう。
◆「生かさぬよう、殺さぬよう」
グローバル化した経済のつながりは、トランプの思惑を超え、複雑に絡み合っていた。
トルコを経済的に締め上げるのはアメリカにとって容易だが、トルコが窮地に立てば先進国の銀行に連鎖し、金融市場が危うくなる。
元はといえば、連邦準備制度理事会(FRB)の金融量的緩和が発端だった。アメリカは一足先に利上げに踏み出し、世界に流れ出ていた資金が戻ってきている。新興国を潤していた緩和マネーの逆流は、アジア危機の再来になりかねない。そんな危うい局面で、アメリカがトルコをイジメるのは危機の引き金になりかねない。
「刃向かうトルコを屈服させ、福音派牧師を救い出した」という分かりやすい政治ショーをトランプは演じたいのだろう。だが、エルドアンもプライドの高い指導者だ。リラを防衛するなら、金利引き上げしかないが、大国に屈した素振りは見せたくない。「やるならやってみろ。世界経済を巻き込むだけだ」と言わんばかりの意地の張りようだ。
本来ならトルコ中央銀行が利上げに踏み切り、リラ売りの鎮静化に当たるのが筋だろう。財務相はエルドアンの娘婿、中央銀行はその配下で政治的に独立していない。大統領に逆らえず利上げを決められない。だが何もしなければリラは売られるばかり。窮余の一策が「ステルス利上げ」だった。政策金利は上げず、中央銀行が銀行に貸し出す資金を量的に締め上げる。「窓口規制」で資金を締め上げて市場金利を上昇させた。
現場はこうした苦肉の策でしのいでいるが、トルコ危機の根は深い。経済はうわべは活況でも土台は脆(もろ)い新興国の現実を見せつけた。その新興国が揺らげば、利益を貪(むさぼ)ってきた先進国の金融・投資システムにひびが入る。経済のグローバル化とはそういうものだ。
トルコを伝統的な餌場(えさば)としてきたのは欧州の金融機関や製造業だが、アメリカの裏庭であるラテンアメリカも同じ構造だ。
「百姓は、生かさぬよう、殺さぬよう」というのが徳川幕府の支配だった。同じことが先進国の資本と途上国の関係ではないだろうか。刃向かうほどの強い国にしてはいけないが、殺したら金の卵を産む鶏がいなくなる。
欧州諸国はトランプの幼稚な振る舞いにいら立っていることだろう。
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