小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住15年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
日系企業のタイへの関心はいっこうに衰えることがない。私どもの提携している日本の銀行の関係者は「中国進出の話は近年まったく聞かないが、タイを中心としたインドシナ諸国への投資相談は増加している」と話す。
タイに進出している外国企業はその活動内容を商務省に報告するよう義務づけられているが、同省のデータを解析すると、日本人および日本企業が出資して設立された法人数は7,000社を超えている。バンコック銀行日系企業部では、このうち実質的に日本企業が会社の経営に関与しているタイ法人は4,500社程度と推計している。
◆日系企業がタイに集積する理由とは
なぜタイにこれほど多くの日系企業が集積してきたのだろうか? その理由を探れば、タイは日系企業にとって宝の山かどうか分かるだろう。
その要因の第一は、成長するASEAN(東南アジア諸国連合)マーケットへの追求である。藻谷浩介氏がその著書『デフレの正体』(角川0ne テーマ21、2010年)で看破した通り、日本は1992年ごろのバブルの崩壊をきっかけに経済が停滞したわけではない。98年ごろと推定される生産年齢人口(15~64歳)の減少にともない、同年をピークに国民総生産(GDP)が下降し始めたのである(野口悠紀雄・一橋大学名誉教授の言葉によると、円安バブルによって2007年にGDPが増加したが一過性のものと思われる)。歴史の教訓から言えば、生産年齢人口の減少は経済の停滞に直結するが、これをひっくり返すのは至難の業である。
もちろん国家としての手立てがないわけではない。女性労働者や高齢労働者の活用、移民の受け入れ、さらには金融産業の構造変化などによって、経済の活性化に成功した国もある。しかし日本はこうした手立ても講じることなく、すでに15年の経済停滞を甘受している。日本企業はこうした「国家の無策」から逃れるために、海外に活路を見出さざるをえないのである。
海外に進出したり、進出を検討したりしている日本企業にとって4億7000万人の人口を持つASEANマーケットは大きな魅力である。「中国13億人の20%を狙うのか、ASEAN4億7千万人の50%を狙うのか?」と問うたのは、10年前の日系オートバイメーカーのタイの現地法人の社長であったが、今まさに日系オートバイメーカーのASEANでの活躍を目の当たりにすると、正しい判断であったことがよく分かる。
日系企業のタイ進出の第二の要因は、タイでの生産は高品質で効率的な点である。メイド・イン・タイランドの製品はいまや日本の製品より品質が高いと言っても過言ではない。大手自動車メーカーの不良品比率は10PPM(1万個あたり10個)を切り、1台あたりの生産効率を計る「タクトタイム」は1分を切る水準となっている。これはまさに日本と同水準、いや日本を超えたものとなっている。
タイの工場では工程ごとに検査が行われるが、タイ人労働者の賃金は割安感があるため人件費への圧迫感は少ない。きめ細かな検査で最終工程の不良品比率が下がるとともに、中間工程で発生する不良品の再生によってコストも削減される。効率的な管理といえば、ある大手メーカーの日本本社社長から聞いた話も印象的だった。「タイの製品が日本製より優秀なのは当たり前ですよ。私の会社の日本の国内工場では5カ国の人が混在して働いており、工場内には手順書が5カ国語で貼り出されています。タイではこれが1カ国語だけで済むのですから、管理は簡単です」
◆地理的、物流面でみたタイの優位性
そして第三の要因は、タイの輸出拠点化である。米国向け、中国向けなら日本からの輸出が最良かもしれないが、欧州、アフリカ、インド向け輸出には日本とタイのどちらが地理的に有利だろうか? タイに来たことがある人なら知っているだろうが、バンコク郊外には完全舗装した片側4車線の道路が縦横無尽に走っており、日系企業はこうした道路網を使って輸出製品の運び出しを行っている。つまりは、タイは地理的にみても、物流面でみても大きなメリットがあるということだ。
さらに、最近の要因として挙げられるのが、タイでは日系企業の多くが過去に利益を上げていたという事実である。2012年のバンコク日本人商工会議所の調査によれば、82%の企業が12年度の利益確保を予想していた。回答した企業はタイ進出の歴史が長い大手企業が多いため、数字はかなり上振れしていると思われるが、それにしてもかなりの企業が利益を確保していると推計される。
バンコック銀行日系企業部が商務省のデータを活用して09年に行った内部調査でも、タイ進出日系企業のうち約3分の1の企業は恒常的な赤字もしくは債務超過となっているが、残り3分の2の企業は水面上に浮いていた。この数値は、日本の上場企業の黒字比率と比較しても高い水準にある。
こうしてみると、まさに「タイは日系企業にとって宝の山である」と言っていいかもしれない。ただし、これからタイ進出を考えている企業にはぜひ、以下の2点を留意していただきたい。
まず、前述の通り、すでに進出している企業の約3分の1が失敗しているという事実である。具体的には、実質4,500社の在タイ日系企業のうち1,500社は赤字もしくは債務超過状態にある推測される。そして、進出企業の成功例は過去の事例であって将来を保証するものではないということである。
これら留意すべき2点について、次回くわしく検討していきたい。
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