水野誠一(みずの・せいいち)
株式会社IMA代表取締役。ソシアルプロデューサー。慶応義塾大学経済学部卒業。西武百貨店社長、慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授を経て1995年参議院議員、同年、(株)インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア(略称:IMA)設立、代表取締役就任。ほかにFrancfranc、オリコン、UNI、アンビシオンなどの社外取締役を務める。また、一般社団法人日本文化デザインフォーラム理事長としての活動を通し日本のデザイン界への啓蒙を進める一方で一般社団法人Think the Earth理事長として広義の環境問題と取り組んでいる。『否常識のススメ』(ライフデザインブックス)など著書多数。
◆6月のG7サミットでの驚き
カナダのシャルルボアで6月8、9日に開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)において、環境問題で注目すべき出来事があった。
一つめは、これまでは比較的マイナーな課題であったはずの海洋プラスチック廃棄物に関する「海洋プラスチック憲章」が、首脳会合で採択されたことだ。海洋プラスチック汚染問題とは、海洋中に人工物であるプラスチックが分解されないまま、小さくなりながら残留・浮遊し続ける問題である。特に、直径5ミリ以下の小さなプラスチックのごみであるマイクロプラスチックは、海洋生物の中に取り込まれているという調査結果があり、生物・生態系への深刻な影響が懸念されている。
この海洋プラスチックごみの量については、2015年に米科学誌サイエンスが、2010年のデータを基に年間800万トンと発表し、以後、国際機関や各国政府もこの統計を基準としているが、8年経った現在はそれよりはるかに増えている可能性が高い。
マイクロプラスチックとは何だ?と思う方も少なくないだろう。その一つの例が、化学洗剤の粉の中に混じっている、ブルーやピンクの結晶(粒子)だ。あの粒の中には、洗浄力を強める成分や香り成分が封じ込められているという。あの粒子は細かく割れることはあっても、決して溶けることはなく、毎日の洗濯排水に混じって大量に廃棄されることになる。
こうした海洋プラスチック問題などに対応するため世界各国に具体的な対策を促す「健康な海洋、海、レジリエントな沿岸地域社会のためのシャルルボワ・ブループリント」が採択され、さらに、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの5カ国とEU(欧州連合)は、自国でのプラスチック規制強化を進める「海洋プラスチック憲章」に署名した。だが、日本と米国は署名せず、さらに米国はブループリントについても「気候変動に関わるものは留保する」と、解釈を制限する宣言までを行ったという。
それはともかく、この憲章が、従来の環境大臣会合や国連の会議ではなく、経済協力や安全保障問題が主要課題となるはずのG7の首脳会合の成果として取り上げられたことは評価に値する。
だが実は、G7サミットで、海洋プラスチック問題を扱うのは今回が初めてではない。2015年にドイツ・エルマウで開催されたG7サミットでは、海洋プラスチック問題に対処するアクションプランが定められ、16年の伊勢志摩でのG7サミット、17年のイタリア・タオルミーナでのG7サミットでも再確認されている。16年には、国連開発計画(UNDP)からも詳細な報告書も発行された。それを受け、EUや英国、米国の一部州や市ではすでに、プラスチック用品の使用を大規模に規制する法案が審議に入っている。
しかし最大の驚きは、日本が米国とともにこの「海洋プラスチック憲章」への署名を拒んだことだ。これは、核兵器禁止条約に日本が反対した屁理屈に匹敵する驚きだった。
◆米国に追従するだけの日本の低い環境意識
日本政府は今回、海洋プラスチック憲章に署名しなかった理由として、プラスチックごみを削減するという趣旨には賛成しているが、国内法が整備されていないため、社会に影響を与える程度が現段階でわからず、市民生活や産業への影響を慎重に調査・検討する必要があることから今回の参加を見送ることとした(中川雅治環境大臣)、という屁理屈をこねたのだ。だが、2015年からすでに3年が経過していることを忘れてはいけない。16年には自国でのG7サミットでも再確認しているにもかかわらず、米国の顔色をうかがいながら、なにも対応できていなかったことを暴露したにすぎない。
欧州ではすでに産業界も動き出している。P&Gやユニリーバはすでに、リサイクルまたは堆肥化可能なプラスチック容器の使用や、容器製造での再生素材利用率向上の定量目標を掲げている。英国マクドナルドもプラスチック製ストローの利用停止計画を発表している。いずれも企業の自主的な動きであり、将来の規制や移行リスクを積極的に先取りしている。
機関投資家も、海洋プラスチック問題でいろいろなアクションを起こし始めているという。欧州委員会(EC)、欧州投資銀行(EIB)、世界自然保護基金(WWF)、英チャールズ皇太子のInternational Sustainability Unit(PCFISU)などは3月8日、持続可能な海洋経済のための金融原則「Sustainable Blue Economy Finance Principles(ブルーファイナンス原則)」を発表し、大手の機関投資家もこの原則に署名した。
この機関投資家や株式市場全体での、環境を重視する企業への投資の動きも半端ではない。特に最近大きく様変わりしてきている。2017年のいわゆるサステナブル投資(ESG投資)状況を見ると、日本国内だけの投資残高だけでも5兆9千億円となっている。
*参考URL:日本サステナブル投資白書2017
https://www.jsif.jp.net/wp
ただし、欧米ではもっと盛んで、2016年の欧州では12兆ドル(1300兆円)、米国でも8兆7千億ドル(960兆円)、カナダでさえも1兆ドル(120兆円)の投資がされていることからも、民間投資家の環境問題への意識の高さがわかるものだ。
*参考URL:[金融]世界と日本のESG投資 〜Global Sustainable Investment Review 2016まとめ〜
https://sustainablejapan.jp/2017/03/29/gsia-review-2016/26221
話を戻せば、ただ米国に追従するだけの日本の環境意識のレベルの低さには呆れるが、プラスチックに関わる無為無策さはそれにとどまらず、先進国の中では最低基準のものもあるので驚く。
◆BPAに対する無関心と非常識
それは、ビスフェノールA(BPA)という哺乳瓶などのポリカーボネート製品、缶詰の内部コーティング、料理用ラップなどに含まれる化学物質だ。この物質によってメス化するオス、精子数の減少など、1990年代後半から2000年代半ばにマスメディアを賑わした「環境ホルモン問題」があった。正式には「外因性内分泌かく乱物質」と呼び、環境中の化学物質がヒトや動物の体内に入って、ホルモンバランスをかく乱し、代謝や生殖に悪影響を与えるといわれている。
ところで、2017年に海外で興味深い論文が発表された。欧米人男性の精液を1973年から2001年まで約40年間調査した結果、精子濃度が52.4%、総精子数が59.3%減少したというものだ。精子の減少は、男性不妊症や出産率低下の直接の原因となりうるという。
*参考URL:Temporal Trends in Sperm Count: a systematic review and meta-regression analysis.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28981654
さらにこの物質は、不妊、自然流産、神経発達障害、前立腺ガンおよび乳ガンの原因にもなりうるという。
フランス政府は、2015年1月1日付で食品に直接接触するBPAを含んだ全ての食品の包装、容器、調理器具の製造、輸入、輸出、有償・無償による全ての市場投入を、食品環境労働衛生安全庁(ANSES)の意見を基に政府が再認可するまで停止した。第三国やEU域内の他国から、食品と接触のあるBPAを含んだ材料および製品の流通も禁止となった。この措置はフランスの国内法に基づくものであり、EUレベルでは耐容1日摂取量を体重1キロ当たり0.05ミリグラムから0.005ミリグラムまで下げることが提案されたものの、禁止措置はまだ取られていなかった。しかしその後、16年になってEU内でも規制が始まり、米国でも、ワシントン州やカリフォルニア州を皮切りに規制が強まり、「BPA FREE」の表示も登場してきた。
こうして、欧米の製品では、2015年以降、このBPA FREE (BPA 不使用)の表記が普及しており、それは年々増加しているという。
◆「文明の利器」に滅ぼされ始めている
それに比べて、日本での規制の遅れは明らかだ。
ちなみに、ラップなどに使用されているポリ塩化ビニルの場合、温度によって溶出量が倍増することがわかっている。近年、平気でラップをかけたまま加熱調理するのは、先進国では日本くらいだという。
長年、「文明の利器」としてプラスチックを崇(あが)めてきた人類だが、まさに今まで常識だったことをリセットして、「否常識」せねばならない時が来ている。「プラスチック」に滅ぼされそうになっているのは、海洋生物だけではない。それを無意識に使用し廃棄してきた人類もまた、その「文明の利器」に滅ぼされ始めていることを認識しなければならないのだ。
*参考URL:ポリ塩化ビニル製品からのビスフェノールAの溶出
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jec1991/14/2/14_2_375/_pdf
*参考URL:ビスフェノールA(BPA)の規制動向
http://j-net21.smrj.go.jp/well/reach/column/171201.html
コメントを残す