山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
香港で外国人家政婦への虐待が社会問題になっている。フィリピンやインドネシアから来たメードさんが、雇い主から暴力を振るわれたり、性的虐待を受けたりするケースが多発し、大規模な抗議集会に発展している。暴力沙汰を起こしたマダムが外国に逃げようとして空港で逮捕される、といったワイドショーをにぎわす事件も起きている。
似た話は、中東のカタールでも聞いた。産油国では、いわゆる下働きは外国人労働者に任せ、メードはアジアから雇う。労働法制が整備されず労働者の権利は弱い。雇い主の気分次第で在留が打ち切られるという境遇。所得格差が差別意識を助長し、圧倒的な雇用関係を背にメードは家庭内奴隷のように扱われるケースが少なくないという。
◆貧しいアジアに対する蔑視
台湾でも香港と同様に事件が起きていた。もう10年ほど前だが、現地で取材したことがある。台湾ではタイとフィリピンからメードを受け入れていた。家族のように遇する家庭もあれば、奴隷のようにこき使う雇い主もいる。私宅という閉鎖空間で第三者の監視もなく圧倒的に不利な立場の女性が孤立していることが、トラブルの種になっていた。
「空港に迎えに行ったらウチに割り当てられたメードがあまりにも美人だったので、問題が起きかねないと心配になった。そこで友人のメードとチェンジした。そうしたら友人の家庭で問題が起きてしまった」
そんな笑えない話も聞いた。メードが窓から転落する事故がしばしば起きていた。逃亡しようとして誤って落ちた、いや奥さんに突き落とされたらしい、などと真相はやぶの中という「事故」が話題になっていた。
台北市内のカトリック教会がフィリピンからのメードのたまり場になっていた。日曜の礼拝で、同胞とおしゃべりし境遇を嘆きあうことが唯一の楽しみと聞いた。
同じアジア人と思いがちだが、華人は同胞とそれ以外のアジアの人との間に明確な一線を引いている。インドネシアの政変では大勢の華僑が虐殺されるなど、中華帝国の外で華人は差別される側にいるが、香港、台湾、シンガポールでは差別する側にいる。多発するメード被害の裏に、貧しいアジアに対する蔑視があるように思えた。
◆実態は「人手不足対策」
差別感情は中国人に限ったことではないだろう。日本人も「アウェー」であるアジア諸国では周囲への気遣いを怠らないが、「ホーム」である国内ではサッカー試合に「JAPANESE ONLY(ジャパニーズオンリー)」と書いた横断幕を掲げるなどの振る舞いが出る。
政府の国家戦略会議は「外国人メードの解禁」を特区で行うことを決めた。大阪で来年度から試験的に行うという。これまでは「外国人メード」は日本在留の外国政府関係者だけに認めていた。それを日本人にも開放しようというのだ。
外に出て働く女性が増え、家事を専門的にこなしてくれる人材が求められるようになった。昔は「女中さん」が当たり前のようにいたが、今では「お手伝いさん」を雇う家庭は少ない。貧しい家の女の子は、子守か女中にという時代は遠い昔のことである。
「子守や女中」をアジアから、ということらしい。内閣府で受け入れ策が検討されているが、どこの国から何人受け入れるかなど具体的なことは何も決まっていない。
具体策は地方自治体に任され、国は制度の大枠を決めるだけ、という。現在の「出入国管理及び難民認定法」では、在留資格が求められる職種に「家事労働支援」はないため、制度改正が必要になる。合わせて在留期間や適用される労働法制など制度的な対応が必要となる。
外国人労働者としては「技能実習性」という制度がある。途上国から若者を招いて製造現場や農漁業で経験を積み、帰国して祖国の産業発展に役立てる、という途上国支援の一環である。それは建前で実態は、日本人がやりたがらない仕事を外国労働者にしてもらう「人手不足対策」である。
◆なり手がいない低賃金労働の穴埋め策
震災復興や東京五輪への建設ラッシュで労働力不足は顕著で、政府は外国からの「実習生」の枠拡大を急いでいる。だが技能実習生の現場では、不当な長時間労働や賃金未払などトラブルが絶えない。実習生を「安い便利な労働力」と見ているからだ。外国人メードは大丈夫だろうか。香港や中東で起きていることと日本は果たして無縁だろうか。
6月に閣議決定した「日本復興戦略改訂2014」に「家事労働支援人材」の受け入れが盛り込まれた。なり手がいない低賃金労働の穴埋め策という側面は否定できない。
復興戦略では「メード」を海外から集めてくるのは企業の仕事、とされている。国は窓口にならず、企業が途上国で募集をかけ、期間限定の社員として雇用し家庭に配給する。
どの会社が担うかは「何も決まっていない」(内閣府)というが、国境を越えた「人入れ稼業」が始まろうとしている。
大阪限定のメードビジネス、もしかすると担うのは、あのパソナかもしれない。
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