北見 創(きたみ・そう)
日本貿易振興機構(ジェトロ)カラチ事務所に勤務。ジェトロに入構後、海外調査部アジア大洋州課、大阪本部ビジネス情報サービス課を経て、2015年1月からパキスタン駐在。
カラチでの商談がうまくいかなくても、ラホールに行ったら良い取引先が見つかったということがある。ラホールを中核とするパンジャブ州は、パキスタン経済の5~6割を占める。市場規模も大きく、有力な地場企業も多いので、一度は訪問しておきたい都市である。
◆ラホールの方が商談がまとまる!?
先日、とある工具メーカーの担当者Aさんと、パキスタンでの販売業者を探した時のこと。カラチで地場企業14社を訪問したものの、思うようなパートナー候補が見つからなかった。「日本メーカーは品質は良いが高すぎるので、扱えない」という、毎度のコメントを何回も受けた。今回の出張は失敗だったかと、Aさんは肩を落とした。
その次の週、Aさんと筆者はラホールへ向かった。4社と面談したところ、最初の1社は「台湾製を扱っているが、貴社製品も扱ってみたい」と好感触。他の1社からは「以前から貴社製品を扱っており、これを機に取引関係を強化したい」と提案があった。Aさんが笑顔になったのは言うまでもない。
ラホールで良い手ごたえを得たことは一度ではない。2014年11月、ジェトロは日本企業とパキスタン企業の商談会をカラチとラホールで行った。カラチの商談件数が27件だったのに対し、ラホールの商談件数は45件と上回った。日本企業がパキスタンで営業する際、カラチでの反応が芳しくなくても、ラホールでは違った反応が得られることがあるのだ。
◆国全体の半分を担うパンジャブ州の中核
ラホールの都市圏人口は1005万人(推計)で世界第34位。名古屋一帯(中京圏)と同規模で、十分に大きい。しかし、カラチ(2212万人、世界7位)に比べると約半分だ。ラホールは古都としては有名で、博物館や史跡など見所が多い。ムガル帝国の首都でもあった。英領インド帝国時代は6番目に人口が大きい都市で、ミャンマーのヤンゴンやインドのアーメダバードを上回っていた。
最大都市カラチや、首都イスラマバードの影に隠れがちだが、ラホールはパキスタン最大の州であるパンジャブの州都という意味で重要な都市だ。パンジャブ州は人口でパキスタン全体の55.6%を占める(1998年センサス)。
現在、政権を握るナワーズ・シャリフ首相の地盤がパンジャブ州だ。同首相はパンジャブ州寄りの政策を採る。2014/15年度の予算はパンジャブ州が1.4兆ルピーに対して、シンド州は7400億ルピー。道路などのインフラをみると、シンド州都のカラチよりも、ラホールの方が整備されているようだ(写真)。
パンジャブ州では雇用促進政策も充実している。職のない若者に、スズキの自動車を合計5万台、低利ローンで提供し、タクシー運転手として起業させる「アープナ・ローズガール(自営業)」プログラムなどを実施している。
カラチで大きな懸案材料である治安も、ラホールでは比較的良好だ。カラチでは拳銃強盗が多いため、日本人駐在員はどこに行くにも、武装した警備員を必ず同行させている。一方、ラホールではそうした対応をしている企業は少ない。
◆有力地場企業が多いパンジャブ州
これからのビジネスの主戦場はパンジャブ州である、と考えるビジネスマンも少なくない。カラチを地盤とする大手ホテル・チェーン「アバリ・グループ」のビラム・D・アバリ会長は「カラチは伸びしろが少ない。これからはパンジャブ州でビジネス客の宿泊需要が拡大する」と見通す。
パンジャブ州の経済規模は、国全体の5~6割を占めている。企業の数も多く、経済センサス(2005年)によれば、シンド州の事業所数が53万カ所に対して、パンジャブ州は193万カ所と4倍だ。パキスタン最大の企業グループであるニシャットを始め、多くの有力財閥/企業グループがパンジャブ州を本拠地とする。繊維産業が盛んな関係で、有力企業は古くから日本製の繊維機械(織機など)を大量に仕入れており、日本製品に対する信頼は絶大なものがある。
カラチは、インド・パキスタンの分離独立時に「ムハジール」と呼ばれるインドからの移民が中心となって発展した都市で、カラチの有力企業はムハジールの末裔(まつえい)がほとんどだ。進出日系企業はカラチを拠点にしている企業が多いため、パートナーもカラチ本社企業であることが多い。一方、ラホールでは元々土着で発展した地場企業(チニョーティーと呼ばれる)が多く、全く異なったコンテクスト(背景)を持っている。こうした企業は大市場であるパンジャブ州でのビジネスに強い。
◆ガスの供給は不利
ここまでラホールやパンジャブ州の良い点を述べたが、結局のところカラチが最大の商業都市で、唯一の港町であることに変わりはない。また、主要エネルギー源の天然ガスの多くはシンド州で採掘される。ガス供給網が別系統であるパンジャブ州では、生産活動においてエネルギー面での苦労が絶えない。
パキスタンでシェア60%を誇るトラクターメーカー、ミラット・トラクターズ社はラホールでトラクターを製造している。同社のイルファン・アキールCEOは「市場はパンジャブ州の方が大きいが、生産活動はカラチの方が圧倒的に有利だ」と断言する。部品はカラチの傘下企業から3日間かけて取り寄せている。
◆カラチからの日帰りも可能
カラチとラホールのどちらが好きか、どちらがビジネスに良いかは人や会社によって異なる。だが、やはりパキスタンへご出張の際は両方とも訪問していただきたい。どちらで良い反応が得られるか分からないからだ。
ラホール~カラチ間の距離はおよそ1000km程度で、日本では大阪~札幌ほど離れている。飛行機では2時間ほどで、カラチからの往復日帰りも可能だ。国際便ではタイ航空、エミレーツ航空、カタール航空、トルコ航空などが乗り入れている。
例によってガイドブックが存在しないので、宿泊先についても紹介したい。日本人の利用が多いのはパールコンチネンタル・ホテル(ラホール)、アバリ・ラホールの2つの高級ホテル。一部屋2万~4万円ほど。見た目はゴージャスであるが、インターネットや、お湯の出が不調なこともある。お奨めは中級ホテルの「ホテル・ワン」。1泊1万円前後で出張には申し分ない。地上階には「UDON HOUSE」という韓国料理屋がある。
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