国際派会計士X
オーストラリア及び香港で大手国際会計事務所のパートナーを30年近く務めたあと2014年に引退し、今はタイ及び日本を中心に生活。オーストラリア勅許会計士。
筆者は30年近くパートナーとしてオーストラリア、中国などアジアパシフィックにある大手国際会計事務所で、主に日系進出企業のプロフェッショナルサービスに従事してきました。それらを通じて得た知識や経験を基に、筆者なりの視点で書かせてさせていただきたいと思います。
昨今、経済界を震撼(しんかん)させたオリンパスや東芝の不適切な会計問題がメディアを賑わしました。ここでこれらの問題と直接関係し、その一つの局面として捉えられる監査を行う監査人に求められるものと、その課題について私見をまとめたいと思います。
◆不正に特化した監査基準導入も必要な時代に
いわゆる監査にも幾つかの種類がありますが、まずここでは、企業の財務諸表監査を行う監査人(監査法人を含む)に焦点を当ててみます。
財務諸表監査の目的は、要するに、一般に公正妥当と考えられる会計基準に準拠する形で経営者の作成した財務諸表が適正に表示されていることを監査人が“合理的な範囲”で保証をするというものです。ここで重要なのは、作成当事者である経営者と、その適正性について意見表明する監査人という2層の責任者がいるということです。
コーポレートガバナンスの向上のための制度改革など財務報告を取り巻く環境は、より一層整備されてはいます。その一方で、作成当事者である会社の経営者に対する業績目標達成や、会社や雇用を守るためのプレッシャーなどの理由からたとえ悪意がなくとも結果的に不正に手を染める可能性がある限り、更にこの制度改革などを根付かせていくことが肝要だと思います。
監査の信頼性を高めるために監査人サイドでは、「エンロン事件」に代表される2000年代初頭に発生した幾つかの粉飾事件を受けて、米国で制度強化が行われるのに合わせて日本でも内部統制監査導入、監査法人内の担当パートナーの交代ローテーション期間の短縮など、財務諸表監査の環境は向上してきました。また、大手監査法人内では研修制度や品質管理レビューなども充実させてきました。
ただし、デリバティブ取引を含め昨今の経済活動の複雑化やグローバル化など、監査を取り巻く環境は一層難しくなっているのは間違いありません。また、監査の制度上の限界として、一つは、任意に会社の出した情報・資料などをベースとして監査を行うという監査手続き上の限界と、サンプルチェックなどを基に合理的な範囲で意見形成をするという意見形成上の限界があります。更に、これは長らく議論されてきた点ですが、監査は会社との契約で成り立っていること自体が限界であるという一部の指摘もあります。
それらの点も踏まえ、会社の不正を摘発することは財務諸表監査の第一義の目的ではないとしても、証券市場の信頼を確保するためにはやはり会計不正にフォーカスした監査の手続き、例えば不正に特化した監査基準の導入も必要ということで検討がされていると伝え聞いています。
◆不可欠な公認会計士の質と量の充実
ITの発達など大きく環境が変わっても結局、監査はやはり担当する監査人の資質に帰するのだと思います。この意味で、日本において監査を実施する公認会計士の質と量の充実は必要不可欠です。
そこで、会計士の絶対数の不足の是正のために2000年代後半には公認会計士試験制度の見直しなどもあり、その受験者、合格者(合格者は従来の年間千人台から同3千~4千人ほどに増加)はともに大きく増加してきました。しかし、リーマン・ショックによる景気後退などにより再び減少に向かい、昨年は受験者数も少なく、合格者数も1051人と大きく落ち込んでいます。
税務やコンサルティングなど監査以外の業務や他業種への横の異動が活発な諸外国とは単純比較はできませんが、筆者が長らくいた豪州では勅許会計士の会員数は6万人以上いました。証券市場を含め経済規模が大きく違う日本の公認会計士の会員総数(準会員を含む)の3万5千人とはどう見ても逆転しているように思われます。
日本で財務諸表監査が十分適切に行われるための基礎となる、そのための人材の量的面での充実の課題は、例えば不正を発見するための監査の更なる厳格化の議論とともに、可及的に速やかに改善すべき点として検討すべきものと言わざるを得ません。
財務諸表監査に関する課題などを幾つか挙げてきましたが、監査人の人的資源の質量の充実も含めた様々な対応でステークホルダーの信任を更に得ることにより証券市場の信頼性を高めていくことは、グローバル化が進んだ現在では日本経済にとって大変重要な課題だと思います。
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