内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
今年のアカデミー賞の授賞式が2月26日にありました。昨年は、演技部門の候補者20人が2年連続で全員白人だったとして黒人の映画監督スパイク・リー氏らが抗議し、授賞式のボイコットを表明。今年も、リベラルな風潮が強い米ハリウッドの気風から、就任まもないトランプ米大統領への政策批判も懸念され、注目が集まりました。今回は、世界中が注目する華やかな授賞式の舞台で起きた手痛いミスと、最近見た映画で感じたことについて書きたいと思います。
◆授賞式でのハプニング
今年のアカデミー賞では、ロサンゼルスを舞台にしたダンスと音楽に魅了される大人のミュージカル「ラ・ラ・ランド」と、俳優ブラッド・ピッドが製作に加わったマイアミの貧困地区に育った黒人男性の苦悩とその成長を描いた「ムーンライト」の2作品が作品賞の有力候補といわれていました。
そのメインイベントともいえる作品賞の授与に際して、プレゼンターの名優ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイに手渡されたのは受賞者の名前が書かれた封筒のはずでした。しかし、投票集計を担当してきた大手会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(PwC)の担当者の手違いで、主演女優賞の封筒が誤って手渡されたことで、作品賞はいったん、(エマ・ストーンが主演女優賞を受賞した)「ラ・ラ・ランド」と読み上げられてしまいました。
それを受けて壇上に上がって受賞スピーチを始めた「ラ・ラ・ランド」の関係者の1人が途中で訂正し、作品賞の本当の受賞作は「ムーンライト」だと発表。会場は騒然となりました。
前代未聞のミスを犯してしまったPwCは機密性も注目度も極めて高く、難しい業務といえるアカデミー賞の投票集計を80年以上問題なく行ってきた世界有数の会計事務所です。担当者の1人は俳優のマット・デーモン似の米国PwCの最高幹部の1人でした(ただ、直前にスマホでツイッターをしていたとの報道もありました)。たった1人のちょっとした勘違いで、長い期間培ってきた信用に傷がついてしまうことは恐ろしいと思いました。
◆コミュニケーションの重要性再認識
今年のアカデミー賞で作品賞を含め幾つかの賞の候補の一つだった、ハリウッドのSF映画「Arrival」 (邦画名は「メッセージ」、日本では5月公開予定)を2月にバンコクで見ました。平日飛び込んだ映画館で、ちょうど都合よくこの作品に出あいました。
地球に突如現れた宇宙人の言葉を理解するために、女性言語学者が彼らとの接触を試みるというストーリー。「宇宙人出現と地球防衛」といった従来描かれてきた構図とは違い、主人公の女性言語学者の個人的な回想シーンがフラッシュバックのように交ざり合っていて、内容は難解でした。ただこの中で、たとえ宇宙人であっても心と心が繋(つな)がって相手の伝えようとする意図をくんでいくプロセスが描かれており、直観力を研ぎ澄ませて心に響く「メッセージ」を聞くことが、きっとすごく大切なのだと思いました。
私は、東京の大学を出てからオーストラリア・メルボルンに留学して以降、豪州で計20年余り過ごし、その後、香港に10年以上住み、今はタイを拠点とする生活をしています。その間、中国・天津で8か月近く過ごしたりもしました。
英語、中国語、タイ語といった異言語環境の中で、相手をきちんと理解したり自分を伝えたりすることの難しさをいまさらながら痛感しています。現在も「六十の手習い」でタイ語の勉強を続けていますが、加齢だけでなく10年前の病気の後遺症による身体の一部不自由さもあり、遅々として上達せずくじけそうになることもありました。しかし、「Arrival」を見て、コミュニケーションの重要性を改めて認識し、これからも諦めずに続けていこうという気持ちになりました。
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