山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「3人は仲良し」の写真が話題になっている。NHKで6月19日に放映されたクローズアップ現代+(プラス)「波紋広がる特区選定」。冒頭で、安倍晋三首相、萩生田光一(はぎうだ・こういち)官房副長官、加計(かけ)学園の加計孝太郎理事長がにこやかに談笑する写真を紹介した。2013年5月に山梨県・河口湖畔の安倍首相の別荘で開かれたBBQパーティーのワンシーンだ。萩生田氏のブログにアップされていた。
◆「加計モデル」
ネットが便利になり政治家も身辺雑記を宣伝に使うようになった。こんな写真まで載せていたことはすっかり忘れていたのだろう。6月16日の参議院予算委員会で福島瑞穂議員に「首相と加計幸太郎理事長は腹心の友であることを知っていたか」と問われた萩生田氏は「最近、盛んに報道されているから承知している」ととぼけていた。なんと以前から「お仲間」だったのである。
文部科学省で見つかった文書で、萩生田氏は加計学園の獣医学部新設に活路を開いた「首謀者」として注目されるようになった。加計学園との関係は09年から始まっている。この年の総選挙で落選した萩生田氏は、浪人の身となって加計学園千葉科学大学の客員教授として迎えらた。
千葉県銚子市に04年に開校した千葉科学大学は、政治家や官僚を使って自治体からカネを吸い上げて大学を設立する「加計モデル」の原型ともいえる。
浪人中の萩生田氏とって月額10万円の報酬は身に沁(し)みたことだろう。学長は昨年9月まで内閣官房参与を務めた木曽功(きそ・いさお)元ユネスコ大使。内閣官房参与は首相の特命事項を担当する役職。木曽氏は前川喜平前事務次官に加計学園の獣医学部新設を働きかけるなど古巣の文科省の対策を担当していた。
千葉科学大学の設立は旧自治省OBの野平匡邦(のひら・まさくに)前銚子市長が先頭に立った。02年に「大学誘致」を掲げ初当選、その直後、加計孝太郎理事長が銚子への進出を表明した。
市は用地15ヘクタールを整地して提供、建設費93億円を助成した。加計学園はタダで用地を取得し、建設費の半額を税金で賄うことができた。9・11米同時多発テロで高まる不安を背に、アジア唯一の危機管理学部のある大学としてスタートさせた。
歳出規模が250億円程度の銚子市が年間予算の40%近いカネを投じて大学を誘致するのはかなりの重荷である。当てにした国からの予算措置は空振りに終わり、全額が市の負担となり、財政を直撃した。
加計学園のために働いているような市長に市民は怒り、補助金返還訴訟にまで発展した。
市長になる前から野平氏は加計学園と繋(つな)がっていた。自治官僚として岡山県で副知事をしていた時、関係が出来たといわれる。役所を退職すると加計系列の岡山理科大で客員教授になった。官僚や政治家を養い、大事な時の働いてもらう。それが加計流の大学ビジネスの極意だ。故郷の銚子で市長に立候補する前年、理事長から「銚子進出」の構想を聞かされ協力を求められた。手駒として養った官僚OBを政治家として送り込み、税金を引き出して大学をつくる、という手法である。
貧乏自治体である銚子市は急速に財政が悪化、市民は離反し野平市政は一期4年で終わった。窮乏財政を引き継いだ後任市長はやむなく市民病院を閉鎖し、大騒ぎになってリコールされた。間隙(かんげき)を縫って野平氏は市長に返り咲いたが、また一期で落選。そしてこの4月、「銚子市を国家戦略特区に」と獣医学部誘致などを掲げて3度目の市長を目指した。最中に中央政界で加計問題に火が付き、あわてて「国家戦略特区」を公約から外したものの、大差で落選した。
◆お友達を「既得権者」の仲間に
銚子市は職員削減やゴミ袋の値段を2倍に上げたりしているが、自治体の貯金ともいえる財政調整金がゼロに近づき、財政再建団体に陥る恐れさえある。補助金返還訴訟を受けた加計学園は受け取った助成金から19億円を返還することを表明した。
人口減に悩む自治体は、若者を吸引する大学はノドから手が出るほど欲しい。しかし巨額の助成金は財政を破壊させる。
では進出した大学は順風満帆(じゅんぷうまんぱん)か、といえばそうでもない。千葉科学大は2300人の定員が埋まらず、モンゴルやべとナムまで出かけて学生集めをしているが、それでも定員割れが
愛媛県今治市の獣医学部も千葉科学大と似た構図ではないか。市は36億円かけた用地16ヘクタールを無償で提供し、建設費のうち96億円を助成する方針。銚子市とほぼ同規模の地元負担だ。獣医師学部の定員は160人とされているが、埋まるだろうか。
「獣医師は足りている」とされる一方で、ウシやトリなどの伝染病対策に当たる行政獣医師は不足している。都市でペットのイヌ・ネコを診る獣医に人気が集まり、一部では獣医の過剰が問題になっている。
医者と同じ構造だ。地方では深刻な医者不足だが、都会では開業医が飽和状態。数は足りているが都市への偏在が問題になっている。
獣医師や獣医学部は、確かに既得権益化している。だが、家計学園に学部の新設を認めることが「岩盤規制にドリルで穴を開ける」ことになるのだろうか。首相のお友達を「既得権者」の仲間に押し込んでやる、というだけのことではないか。
銚子市で加計の先兵となったのは、官僚から政治家に転じた野平氏だった。落選中は岡山理科大の客員教授として養われた。
「3人は仲良し」の写真をネットに載せた萩生田官房副長官も落選中、加計のお世話になった。今回、恩に報いようと頑張ったのかもしれない。
留学仲間の安倍クンは、千葉科学大の開学10周年記念式典に現職の首相と異例のあいさつに立った。巨大な広告塔であり、大きな後ろ盾である。
「総理は平成30年4月開校とおしりを切っている」と萩生田副長官は言った、と文科省の文書にある。特区という特別優遇とは、こうやって裏で決まるのか、と納得した。
◆加計三代、安倍三代
加計学園は1961年設置を認可された。初代理事長は孝太郎氏の父親勉(つとむ)氏。翌年、岡山電気工業高校を開校し、東京五輪が開かれた64年に岡山工業大学を開校。高度成長と団塊世代の進学熱を吸い取って拡張、95年には倉敷芸術科学大学を設立する。初代は岡山県を基盤に教育事業を起こし、千葉科学大学は二代目の孝太郎氏が理事長として任されプロジェクトだった。
今、インターネットで話題になっているのは三代目悟(さとる)氏。鹿児島大学農学部獣医科を卒業し、倉敷芸術科学大学の副学長を務めている。今治市の獣医学部は三代目に活躍の場を与え、家業の継承・拡大を狙ったもの、と観測されている。
安倍家の家業は政治家、晋三氏は三代目である。政治家も学校法人も世襲が盛んだ。敗戦と新憲法で身分差別がなくなった日本も、戦後70年を経て、既得権益を世襲化する貴族社会が生まれつつあるようだ。
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