北見 創(きたみ・そう)
日本貿易振興機構(ジェトロ)カラチ事務所に勤務。ジェトロに入構後、海外調査部アジア大洋州課、大阪本部ビジネス情報サービス課を経て、2015年1月からパキスタン駐在。
今年4月の中国パキスタン首脳会談で、両国は「中国パキスタン経済回廊」に関する460億ドル相当の協定・覚書を締結した。中パ回廊は2001年にグワダル港の開発に着工して以来、緩やかに進んでいた構想だが、物流はいまだにわずかである。まずは電力開発を重点的に進めるとともに、中国企業の進出を促し、徐々に大動脈化が進むのではなかろうか。
◆中パ回廊、3つのルート
「アジアインフラ開発銀行(AIIB)」「一帯一路構想」といったキーワードが聞こえて久しい。そうした潮流の中で、中国にとって西側の出口の一つであるパキスタンでは、産業大動脈の構想である「中国パキスタン経済回廊」は国の経済政策の中核に位置づけられている。
中パ回廊(CPEC=China Pakistan Economic Corridor)は、今年4月に習近平国家主席がパキスタンを訪問して以来、盛んに報道されるようになった。ただし、回廊といっても、道路や橋が急ピッチで開発され、メコン地域の経済回廊のようなものができるわけではない。
中パ回廊の構想では3ルートがあり、新疆からイスラマバードまでは、クンジュラブ峠を越えて、カラコルム・ハイウェイを通り、山道を行くといった共通ルート(図・黒い線)である。
第1のルート(赤い線)は、ラホール、ムルタン、カラチを通って、グワダル港へと向かうルートである。これは既存の道路を利用するため、最も実現性が高いといわれている。途中、ラホール~カラチ間は盗賊(ダコイト)がでるエリアもあるため、日本人が走破するのは難しい。
第2のルート(青い線)は、カイバル・パクトゥンクワ州の州都ペシャワールと、バロチスタン州の州都クエッタを通るルートである。識者によると2番目に実現性の高いルートであるという。しかし、ペシャワールは日本の外務省から退避勧告が出ている都市であり、クエッタは渡航の延期勧告が出ている都市である。また、両州は開発が遅れているため、整備に時間がかかるだろう。
第3のルート(緑の点線)は、最も距離が短くできるが、あくまで構想であり、道路はこれから開発を進めるという状況だ。大都市カラチの道路整備さえ遅々として進まないパキスタンにおいて、同ルートを実現するには気の遠くなる年月が必要だろう。
◆苦節15年のグワダル港
「真珠の首飾り」の一つであり、中パ回廊の終点であるグワダル港の貨物取扱量は、いまだに少ない。グワダル港は、2001年に中国が約2億ドル、パキスタンが5000万ドルを負担して開発することが合意された。07年に開所式が行われた。同年、ジェトロはグワダル視察ミッションを実施した。当時の参加者は「開発はまだまだこれからという印象」と話していた。
13年、グワダル港の管理運営権がシンガポールから中国へと移った。同年に誕生したシャリフ政権(現在まで継続)が、初めて受け入れた外国首脳が李克強首相で、両首相はグワダルを西端とする「中国パキスタン経済回廊」計画を打ち出した。今年4月に習主席が署名した460億ドル相当の51協定・覚書は、この計画に基づいている。
起工から15年が経った今でも、グワダル港周辺の道路は未整備で、バロチスタン州自体の治安状況も思わしくない。港としての機能はまだ活用が進んでいないのが実態だ。
◆電力開発から物流の活性化へ
中パ回廊は、物流の開発という点では、短期的に効果をもたらさないかも知れない。しかし、総合的な産業開発という意味では大きく期待がかかっている。習主席が署名した51の協定・覚書において、パキスタンが最も要望しているのは道路ではなく、電力の開発だ。
シャリフ政権は17年までに電力不足を解消することを政権公約として掲げており、中国側がその意図を汲んだ形になっている。大ざっぱにすると、中パ回廊構想においては、第1ルートの周辺に石炭、水力、太陽光の発電所を建設する計画が多数盛り込まれている。中国側は融資をする。
第1ルート上にある都市ラホールでは、06年にハイアールが大規模な工場を建設し、冷蔵庫やエアコンを製造している。近年では携帯電話も製造すべく、拡張する見込みである。また、長虹もラホールでテレビの組み立てを行っている。
中国の支援で発電所を造り、電力が家庭に行き渡るようになれば、家電の購入が進む。中国企業の工場も増え、雇用も拡大する。工場や住民が増えれば、物流が活発化し、経済回廊が機能し始める。中国本国からグワダル港へのルートが大動脈となってくる――といった未来予想図が透けて見える。今すぐにどうなるものではないが、長期的に見ると壮大な計画である。
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