小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住15年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
タイに進出した日系企業が成功できない理由の1つに、企業内犯罪がある。今回はこれを取り上げたい。
日本は、世界でもまれな企業内犯罪の少ない国である。島国で、それゆえ長い間世界の中で孤立して生活してきたため単一の社会である日本で、もし企業内犯罪を起こせば逃げ通すことは難しく、社会的な制裁も受ける。逆に「働かなければ生きていけない」という恐怖感が、職を失ってしまう企業内犯罪を抑止する効果がある。
しかし餓死も凍死もしないタイにおいて人々は失職に対する恐れもなく、地続きの国境は他国への逃亡を可能にする。かつ階級社会であるタイでは、一般労働者が不正を働いたとしても、同じ下層社会の人間がかばおうとする人情も働く。
2007年のタイ警察などのデータによれば、企業内不正の発生率は世界平均でも45%と高いが、タイはさらにこの上をいく51%である。半数以上の会社で企業内不正が起こっている勘定である。特に企業内犯罪に免疫のない日系企業は、この不正によって大きな打撃を被る。日本の上場企業のタイ子会社で、数億円単位で被害に遭っているケースが数例ある。
こうした不正は通常、表に出ることはめったにない。銀行は不正解決にあたって相談を受ける立場にある。特にタイの日系企業で不正が発生した場合、日本人経営者は、企業内のタイ人すべてを信用できなくなり、バンコック銀行の日本人の担当者のところに駆け込んでくる。今回は、私が見てきた企業内犯罪の実例をお話ししたい。
①経理担当者が架空売上などを計上し、会社資金を横領
あなたがタイにある日系企業の責任者で小切手のサイン権者であると仮定する。あなたは会議のため、日本本社に1週間出張しなければならない。こんな時、あなたはどうするだろうか? かなりの人は白地小切手にサインだけをしてタイ人の経理課長に託し、タイ帰任後に発行小切手のチェックもしない。「タイに来て仕事をするからには、タイ人を信用しなければいけない」などと日頃言っていた人が、こうした事例で数億円の被害に遭われたケースもある。
日本以外の国で白地小切手にサインだけをして渡す行為は、相手に「犯罪をして下さい」とお願いしているのと等しい行為である。しかし残念ながら、こうしたケースが後を絶たない。
白地小切手にサインをしないまでも、経理担当者が持って来た小切手がタイ語で書かれたりしていて支払い先を確認しないままサインをするケースもある。
また、小切手帳の管理は、大丈夫であろうか? 白地小切手が数枚抜かれてはいないだろうか? なかには1冊丸々持ち出され、数年にわたって会社資金が横領されていたケースも多くある。
②人事担当者が架空従業員をねつ造し、時間外水増し
被害額が前述のケースほど多くならないため、不正が発覚しにくい。あなたは給与振り込みの際、その明細に目を通しているだろうか? 給与金額が不自然なものはないだろうか? 従業員数が、実際の人数より多いケースはないだろうか?
給与振り込みの従業員口座は、1つの銀行に限定して開設するのが基本である。タイでは、他の銀行あてに振り込まれた送金の受取人を確認するシステムはない。架空の従業員かどうかの確認のしようすら出来なくなる。
③調達担当者が自分のトンネル会社を作り、高い価格で材料購入
この方法も、タイではきわめて頻繁に行われている。サプライヤーへの支払いが銀行振り込みであっても小切手であっても支払い先の名前をきちんと確認しているだろうか? また、あなたはその支払い先を知っているだろうか?
材料などの購入にあたっては、相見積りを取っているだろうか? 大手企業や業歴の古い会社であっても頻繁にこの不正は起こっている。銀行の定例登録振り込みを利用するケースでは、事前に商務省データなどで支払先確認を行うなどの対策を取るべきである。
④工場労働者が産廃業者などと結託し、在庫を廃棄物として横流し
工場から原材料、在庫がなくなるケースは多い。極端なケースでは、コイルセンターで何十トンものコイルがなくなったケースもある。このケースでは警備員と従業員が結託しなければできない。
また、ある電気会社では、優良在庫であるにもかかわらず長期不良在庫と称し在庫一掃セールにこれらの優良在庫を出品し、営業部長とあらかじめ示し合わせてあったディーラーがこれらの在庫を一括購入して営業部長にキックバックが払われたケースもある。在庫管理にも十分な注意を払う必要がある。
⑤必ずチェック体制の導入を!
07年のタイ警察などのデータによれば、タイにおける企業内犯罪の特徴は、8割以上の犯罪は大卒以上の学歴を持った人によって起こされていることである。
また、日系企業の中には日本語をしゃべれるタイ人を重用するあまり、すべての権限をこのタイ人に与え、不正に遭うケースがある。こうした時によく聞かれるのは、前回も指摘した「日本語をしゃべれる人は良い人だ」という誤った方程式である。
さらにたちの悪いケースは、日本人によって引き起こされる企業内犯罪である。私の知っているケースでは、当地で雇われた日本人社長が不正を働き、発覚して解雇されたものの2度目も同じような不正を働き、現在3社目でまた雇われ社長をしているケースすらある。
不慣れな海外だからこそ安易に人を信用することなく、きちんとしたチェック体制を敷くことは、リスク管理の第一歩である。(次回に続く)
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