小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住16年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
日本ではほとんど知られていないが、グーグルには「優れたマネジャーであるための8つのルール」が存在する。私が日本でほとんど知られていないと断言するのは、グーグルの日本語検索で「グーグル」「ルール」をキー検索しても該当する記事が出てこないからである。今回は、このグーグルがはじき出した8つのルールについてお話ししたい。
グーグルは2009年から2年間にわたり、優れたマネジャーの特徴を明らかにするための「プロジェクト・オキシジェン(Project Oxygen)」を立ち上げ、膨大なデータを解析し、独自なモデルを構築した。その研究成果については11年3月11日付の米紙ニューヨークタイムズに公表された。まずは、このニューヨークタイムズに掲載された「グーグルの8つのルール」の内容をご紹介しよう。
◆グーグルの「優れたマネジャーであるための8つのルール」
1、良いコーチであること
定期的に対話を行い、部下の行動に対して具体的且つ建設的なアドバイスを行う
2、ある程度部下に任せ、細かい管理をしないこと
問題解決能力を高めるため、ちょっと高い目標設定を行い、部下に自由にチャレンジさせる
3、部下の成功と幸せを気にかけていることを態度で示すこと
部下のことは私生活を含め理解をする。また新人がチームに参加しやすい雰囲気を準備する
4、生産的で成果志向であること
仕事の優先順位を明確化し、上位職務者として部下にその方向に向わせるよう導く
5、コミュニケーションを良くとり、チームの意見に耳を傾けること
コミュニケーションを常に双方向で行うよう心がける。また全体会議を開き、目標の伝達を
直接行うこと。部下からの意見具申に開かれた環境をつくる
6、部下のキャリア開発を支援すること
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持っていること
混乱の最中でも目標と戦略は常に明確にすること。また進捗状況などについては部下と情報
を共有する
8、部下にアドバイスできる重要な技術的スキルを持っていること
現場の詳細な知識を持っていること。時には袖(そで)をまくり上げ部下と一緒に問題解決
を図ること
◆部下の面倒は公使ともに見る
ここまで書いてくると、現在の日本の会社で行われている組織運営が「グーグルの8つのルール」といかにかけ離れているか、驚愕(きょうがく)してしまう。私の考える相違点について述べてみたい。
第一に、コンプライアンスにがんじがらめになって何も出来ない日本の会社組織についてである。経営陣が社会批判を恐れ何でもマニュアルを策定し、事が起こればそのマニュアルを盾に言い逃れをしようとする。部下はこのマニュアルで全て縛られ、「グーグルの8つのルール」にある自由なチャレンジなどできない。
現代の日本人はミスに対してあまりにも寛容さがない。いたる所にクレーマーがはびこっている。更に悪いことに、マスコミも加担して「魔女狩り」が横行する。そうした状況に会社の経営陣も腰が据わらず、身の保身に終始する。
こんな環境で人が育つはずがない。コンプライアンスを金科玉条にする社会は、人の成長を殺す社会だというのは言い過ぎだろうか? 更に加えて、このコンプライアンスを盾に自分の権力を増長させようという本社の官僚的な役職者がいる。こんな人たちがはびこる社会で「グーグルの8つのルール」でいう、生産的で成果志向であることなど何の役にも立たない。
問題点の2つ目は、コンプライアンス社会にも関係ある事柄である。現代社会はセクハラやパワハラを恐れるあまり、人間関係があまりにも希薄になってしまっているのではないだろうか?
「グーグルの8つのルール」にある、部下の私生活に関心を持つ行為など、セクハラに通じるものと勘違いされるかもしれない。組織の基本は人間関係である限り、公私ともども部下の面倒を見ることは優良な上司の条件である、とグーグルは説いているのである。
古い話で恐縮であるが、ロサンゼルスで暮らしていた20年前にも職場ではセクハラや人種問題の訴訟が横行していた。しかし私が勤めていた米国人をトップとする会社では、ほとんどのマネジャーがそうした訴訟を抱えながらも、真剣に部下の生活全般の面倒を見ていたことが思い出せる。
無論私もこの会社のマネジャーとして訴訟を抱えていたが、訴訟慣れしている米国では、決して恥じることはなかった。なぜなら米国では、訴訟は交渉に使う単なるカードの1つでしかなかったからである。
一方で、日本ではセクハラやパワハラを認定された場合、その当事者は社会的な制裁を受ける。そんな理不尽な結果になるより「さわらぬ神にたたりなし」である。
私共の取引先である日系企業のタイ現地法人の社長の話がある。日本に一時帰国した折、ある部署の部員を誘って飲みに行こうとした。すると、「ここ数年そんなことしたことがない」との返事が返ってきて、まずびっくりした。しかし更に部員全員での飲み会を依頼すると、「現在外出している部員の何人かの携帯電話番号を知らない」と言う。職場外ではお互いに全くコンタクトをしないという事実に二度びっくりしたという話を聞いた。
◆「現地・現物・現場」の実践のスキルを大切にする
私が3番目に危惧(きぐ)しているのは、職場で使える技術的スキルが重視されなくなってきていることである。最近のマネジャー昇格基準は、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)に代表される実績重視と本部スタッフ重視なのではないだろうか?
「グーグルの8つのルール」には、やってはいけないマネジャーの選定要件が載っている。それが、実績だけでマネジャーに昇格させることである。業績は個人の能力よりも環境要因に負うところが大きいのである。KPIなどの数字に表わされる実績に基づく評価は一般的に、他者からの批判にさらされにくい。そうしたことから、多くの会社は業績中心にマネジャー昇格を決定している。しかしグーグルは、これを真っ向から否定している。
ここまで書いてきて、私はどうしてももう一つ言及したいものがある。それはこの「ニュース屋台村」に「ものづくり一徹本舗」として連載していただいている迎洋一郎さんの記事である。
迎さんの描かれているトヨタ生産方式の創始者である大野耐一さんやその教えに従っている迎さんのやり方は、「グーグルの8つのルール」そのものである。「現地・現物・現場」の実践のスキルを決して馬鹿にしない姿勢。徹底して部下に考えさせ適切なアドバイスを心がけようとする姿勢。「巧遅拙速(こうちせっそく)で良い」と励ましながら部下にまずやらせようとする姿勢。どれをとっても迎さんの説かれているトヨタ生産方式の真髄(しんずい)は「グーグルの8つのルール」に繋(つな)がるものがあると思われる。
◆全身全霊で関わり合う
最後に「グーグルの8つのルール」に対する私の感想を述べさせていただきたい。私は人生60年生きてきたが、決して「優れたマネジャーであろう」と努力してきたわけではない。だから、「グーグルの8つのルール」が私に当てはまるとは思わない。
私はこれまで勤めてきた会社2つが実質的に破綻(はたん)した。そしてこの会社に勤めていた部下たちに申し訳ないことをしたと悔しい気持ちでいっぱいである。「なぜこの部下たちを助けられなかったのか?」「どうやってこの人たちの将来を保障してあげることが出来るのであろうか?」。こうした自問自答の中で導き出された結論は、「私は巡り合う全ての部下たちに全身全霊で関わりあい、私が知っていることを伝え、どこに行っても生き延びられるよう鍛えよう」ということである。
一方、「人は自分で経験しなければ身につかない」ということも自分自身の経験としてわかっている。部下たちには徹底的に実践を積ませ、私はコーチングに全力を尽くすというのが私の仕事のやり方である。
私は時として職場でも大声で怒鳴る。日本人に対してもタイ人に対しても、である。しかし、愛情を持って叱っている限り、相手も必ずわかってくれると私は信じている。勝手な思い込みでないことを祈りながらも……。
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