宮本昭洋(みやもと・あきひろ)
りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。
◆視界不良の季節
インドネシアでは雨季入りが遅れています。今は乾季の最盛期にあり、年間を通じて最も暑い時期です。アパートの高層階からジャカルタ市内を眺めると、眼下には交通渋滞を尻目に、ようやく始まった地下鉄(MRT)工事現場で大型の重機が土ぼこりを巻き上げています。
また、視線を街全体に向けると、街が巨大なドーム状の光化学スモッグに包まれて視界は極端に悪くなっています。北京ではよく話題になるPM2.5の大気汚染は、この国ではほとんど話題になりませんが、間違いなくこの物質も大量に浮遊しているはずです。この「視界不良」こそが、現在のインドネシアの状況を如実に物語っています。
◆国会では野党連合が圧倒的多数
ユドヨノ大統領の後任を決める今年7月の大統領直接選挙で対立候補に接戦で勝利したジョコ・ウィドド新大統領(53)の就任式が10月20日、華々しく開催されました。国民から人気のある大統領らしく、歴代で初めてジャカルタの目抜き通りを車と馬車でお披露目のパレードを演出して、国民が支持したとの印象を国内外に示しました。
対抗馬であった元特殊部隊陸軍司令官のプラボウォ氏は敗れましたが、国会ではプラボウォ氏が率いる野党連合が圧倒的な議席数を有しており、ジョコ政権を支える与党側と対立する構えを見せています。
就任式にはプラボウォ氏も出席して表面的な和解をアピールしましたが、ジョコ氏の政権運営は前途多難です。ジョコ大統領は選挙戦の公約で、社会福祉向上、インフラ整備、ガソリンなどの補助金削減などこの国が抱える課題に挑戦していく姿勢を明確にしましたが、いずれにせよ、財政にゆとりはありません。
特に毎年度予算の20%を占める補助金支出の削減は、喫緊の課題です。現在のガソリンの価格は、補助金により1リットル6500ルピア(約55円)に抑えられていますが、ルピア安や二輪、四輪の急増により消費量はウナギ登りです。今回、大統領はリットル当たり3000ルピアの値上げを図りたい意向です。
補助金削減に成功した場合は、年間15億ドルの支出削減ができ、1期5年間の任期ですから75億ドルもの財源が生まれ、社会保障やインフラ整備にはずみがつきます。とはいえ、野党連合は国民に不利益となる議案には徹底的に反対の構えです。
2015年度予算案は、ユドヨノ前政権時に国会で承認されました。この辺りの事情に詳しいインドネシア商工会議所(KADIN)の重鎮にヒアリングしますと、ユドヨノ前大統領は、新政権に対して2つの「時限爆弾」の置き土産を残しているとの由。1つ目はその来年度予算です。各予算には全くゆとりがなく、巷間(こうかん)いわれていた予備費5兆ルピア(補助金削減の場合に低所得層に対して現金給付などに使う財源として期待された)も枯渇しているとのことで、大統領が予算内で使える財源がないとみられ、追加予算措置を巡って最初から与野党対立が鮮明になるかもしれません。2つ目は鉱物資源の事実上の輸出禁止問題です。
◆貿易相に知日派のゴーベル氏
10月26日にはようやく閣僚人事が発表されました。当初は21日の発表予定でしたが、閣僚候補の隠れた醜聞を事前に調べる「身体検査」の過程で、問題視された人物を入れ替えたのが大幅に遅れた原因です。
発表された閣僚のラインアップは、外国人である我々には知名度が低い閣僚が多いという印象です。34閣僚ポストの中で、テクノクラートは20人、政治家は14人です。新政権が重視する経済政策遂行のために実務派が起用されている一方で、各閣僚の所管業務を調整する任に当たる最重要閣僚とされる4人の調整相の中には、ジョコ氏を担いだ闘争民主党党首のメガワティ元大統領の娘が起用されており、閣内で影響力行使をにじませています。貿易相には、パナソニックの現地合弁会社会長でインドネシア日本友好協会理事長を務める知日派のゴーベル氏が起用され、対日貿易関係の改善などが期待されます。メディアの論調は、概ね期待と不安が入り混じっています。
インドネシア国民の大きな期待を担い誕生した新大統領の政権運営は、嵐の中での船出となります。新大統領は就任演説で、海洋国としての発展を宣言しています。新興国の経済成長に不可欠な外国政府の支援や外国企業の積極的な誘致が必要であるにもかかわらず、いろいろな分野での保護主義が台頭し始めているこの国で、新政権は国の座標軸をどこに置き、どのように海洋国「インドネシア号」のかじ取りをしていくのか、目を凝らして見守りたいと思います。
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