п»ї 加速する「タイプラスワン」戦略(その1)『ASEANのいまを読み解く』第9回 | ニュース屋台村

加速する「タイプラスワン」戦略(その1)
『ASEANのいまを読み解く』第9回

5月 16日 2014年 国際

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助川成也(すけがわ・せいや)

中央大学経済研究所客員研究員。専門は ASEAN経済統合、自由貿易協定(FTA)。2013年10月までタイ駐在。同年12月に『ASEAN経済共同体と日本』(文眞堂)を出版した。

1990年代後半にASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟した後発加盟国CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)。ベトナムは工業国化に向けて外国投資を順調に受け入れ、先に飛躍、現在はフィリピンやインドネシアなどと同列に扱われることも増えた。残ったCLMは「インフラ不足」「市場規模が矮小」などを理由に外国投資家から長年、投資対象国としては見なされてこず、工業化のきっかけがつかめずにいた。近年、中国や隣国タイの「変調」もあり、ようやくそれら国々にも投資が向かいはじめた。その動きは「チャイナプラスワン」とも「タイプラスワン」とも言われる。本稿では特に「タイプラスワン」に注目し、3回にわたってその現状を報告する。

◆変調をきたすタイ

CLMには、ASEAN域内、特に製造業では隣国タイから投資する事例が増えている。いわゆる「タイプラスワン」の動きである。2012年のASEANの域内外別直接投資受け入れ統計によれば、ASEAN投資受け入れ全体における域内からの割合は18.3%であるが、CLMではその比率が高く23.8%を占めている。特にカンボジアで全体の3分の1、ラオスで4分の1にのぼる。

これまでタイやマレーシア、シンガポールなどASEAN先行加盟国は主に日本など先進国からの投資受け入れを通じて工業化・経済成長を果たしてきた。近年、それら先行加盟国が「対外直接投資国」の性格も兼ね備えつつあり、特にCLMなど後発加盟国ではその存在感が年々増している。

CLMに進出する企業が増えている背景には、タイの「変調」が少なからず影響している。労働・雇用面で、賃金上昇と慢性的な労働力不足は、企業の操業環境を足元から揺るがしている。法定最低賃金「全国一律300バーツ」を掲げ11年の総選挙に大勝し誕生したインラック政権は、産業界の反対を押し切る形で13年1月に半ば強引に同措置を導入した。

 最低賃金の大幅な上昇とその全国一律化の動きは、賃金の逆転を避けるため、最低賃金より高い賃金で働いていた労働者の賃金も上げざるをえなくした。また、年々人手不足も深刻化している。13年の失業率は0.7%と、11年以降、1%を割り込む水準が続く。限られた労働力も賃金水準が高い自動車関連企業に吸い上げられ、中小企業を中心に人手確保が経営上の大きな課題になっている。

さらに経営の足を引っ張るのは、何度となく繰り返される「政治混乱」である。13年11月、議会を支配する「数の力」を背景に、親タクシン与党タイ貢献党がタクシン元首相の恩赦を強引に推し進める姿勢を見せたことをきっかけに、インラック政権の「退場」を求め反タクシン派が街頭に繰り出した。その政情混乱・政治空白期間は既に半年を越えたものの、未だ着地点が見えない。06年9月のタクシン追放クーデター以降、毎年のように繰り返される政治混乱に対し、「政治と経済は別」と自らに言い聞かせていた在タイ日系企業であったが、何度となく繰り返される事態に、「政治の不安定」はタイ・リスクとして既に織り込まれている。

◆タイとCLM3カ国との連携が投資誘致の鍵

タイにはバンコクを中心に、半径150Km、車で2時間圏内にASEAN随一の産業集積が構築されている。帝国データバンクによれば、14年2月時点でタイに進出している日本企業数は全体で3924社、うち製造業でも2198社にのぼる(※1)。

タイの「変調」に対し、在タイ日系企業の一部は、隣国のカンボジアやラオスを利用することで、その「解」を見出そうとしている。現在、タイからの投資が国境を越えて衛星工場としてカンボジアやラオスに染み出し始めている。これら国々の衛星工場は、これまでタイ工場内で完結させていた工程のうち、概して労働集約的でかつ比較的単純な工程を担う。

一方、これまで日本「本国」からの投資に期待してきたCLMも方向転換、タイの変調を機会に、タイと連結性(コネクティビティー)を強めることで在タイ日系企業の投資を引き出そうとしている。これら国々は、ASEAN経済共同体(AEC)のもと関税および非関税面での国境障壁を削減・撤廃することで、更なる投資の呼び込みを狙う。

実際に、ポル・ポトによる大虐殺、地雷、貧困などのイメージが定着し、「製造業不毛の地」とみられてきたカンボジアでは、09年4月時点で35社であった進出日系企業数(カンボジア日本人商工会正会員数)は132社(14年4月時点)になり、この5年間で約100社増加した。

一方、人口が少なく、外港を持たない内陸国という不利な立地条件にあるラオスも、日系企業数(ビエンチャン日本人商工会議所加盟企業数)は09年11月の27社から14年3月時点で68社にまで増えている。これら企業の中には、「タイプラスワン」として進出した例も少なくない。(続く)

(※1)ただし日本側ベースでカウントしているため、複数の現地法人を有していても1社とカウント

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