п»ї 原点に立ち返ろう日本の観光事業『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第20回 | ニュース屋台村

原点に立ち返ろう日本の観光事業
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第20回

5月 09日 2014年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住16年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私は4月10日から日本に出張し、全国各地を歩き回っている。各県を訪問すると、一様に「タイ人観光客を誘致したい」と私に訴えてくる。2013年7月から実施されたタイ人の日本での短期滞在時(15日以内)のビザ免除の効果により、タイ人の訪日観光客数は2012年の26万人から、2013年には45万人と飛躍的に増加。今年はさらに80万人を期待する声もある。

こうしたことから、日本各地においてタイ人観光客誘致の高い期待が感じられるのである。しかし、その声を聴いてみると、「当地にはよい温泉があります」「水がきれいな土地なのでおいしい地酒が振る舞えます」「昔ながらの有名な和菓子があります」と、どの地も似たり寄ったりの内容である。

こうした売り込みポイントは、日本人観光客に対しては有効であろう。しかし、「タイ人は恥ずかしがり屋で同性であっても人前では裸にならないので、温泉には入りません。また普段味の濃いタイ料理を食べているので、味の薄い日本酒は好みでありません。またタイ人は基本的にあんこが嫌いです」。このように「ダメ出し3連発」をすると、ほとんどの人は目を白黒させて黙ってしまう。日本に観光客誘致を図ろうにもタイ人の好みが全く把握されておらず、自分勝手な売り込みに終始しているのである。

タイ人も人それぞれ嗜好(しこう)が異なる。しかし総じてタイ人が日本観光に期待するものは、第1に土産物、第2にその地の有名な食事、第3に観光地となろう。土産物は旅行の記念に友人や親せきに買っていくものである。また、食事や観光地についてはタイ人の写真好きが大きな要因であり、記念写真をすぐにブログやフェイスブックにアップさせるのである。

こうお話をすると多くの方は「当地にはおまんじゅう以外にもおいしい土産物や食事は何でもあります」と説明してくださる。しかし、「何でもあります」というのは「何もありません」と同義語だと理解してほしい。それぞれの地で「これぞ」というものを、食事と土産物で一つ作ってほしい。昔からその地に伝わるものという既成概念を忘れてほしい。タイ人にアピールできるものを新たに町おこしとして創造すればよいのである。

◆タイ人の間で「東京ばな奈」と「白い恋人」が受ける理由

土産物で参考になるのは、タイ人が大好きな「東京ばなな」や「白い恋人」などのお菓子である。バナナは東京よりもタイのほうがよほど多く収穫されているにもかかわらず「東京ばな奈」である。私の職場にも日本から毎日2、3社の訪問客があり、多くの方が土産物を持ってきてくださるが、「東京ばなな」はタイ人の部下たちがこぞって持って行ってしまうため、即日完売状態である。一方、「白い恋人」は徹底したブランド戦略で購入できる場所が限られるため、希少品としての価値を高めている。北海道の本社工場で購入できる本人の記念写真入り特注の「白い恋人」は、タイ人仲間で自慢の品となる。

食事についても同様なことが言える。日本人の方にはほとんど馴染みがないが、北海道・枝幸町(えさしちょう)の「歌登(うたのぼり)の屋台めし」はタイ人が多く押しかける人気観光スポットである。「歌登の屋台めし」では日本全国各地の名産品がなんでも屋台で食べられる。しかし、もともと歌登にこうした屋台があったわけではない。歌登の人たちが知恵を絞ってこうしたコンセプトを作り上げたのである。従来の品物や習慣に安住していたら成功はないのである。

タイ人観光客を誘致するためには、土産物、食事、観光地の3点セットを作り上げる必要があるが、これ以外にもう一つ重要な要素がある。それはタイ人が観光地各地に1日しか滞在せず、次々と場所を移っていくことである。

こうしたタイ人の習性(大半の外国人観光客に当てはまると思うが)を考えると、地方の観光地は近隣の観光地と協力してタイ人観光客の囲い込みをしていかなければならない。ところが地方の人たちと話をしていると、隣県の観光地はライバルであり互いに協力していこうという姿勢は見られない。北海道、東北、中国、四国、九州など各地方が一体となって観光事業振興を図らなければ、タイ人の呼び込みはできない。

残念な例であるが、タイ航空のバンコク―仙台の直行便が開設後3か月で休止となった。これは仙台に入るタイ人観光客が東京方面に抜けてしまい、思ったほど搭乗率が上がらなかったためと聞いている。地域連帯は観光事業の大きなかなめであり、地方自治体や地域の金融機関が積極的に担っていかなければ成就の可能性は少ない。

従来、日本の観光事業の問題点といえば、インターネット通信環境、両替所や英文標識の少なさなどが取り上げられているが、私が見る限り、そもそもタイ人のニーズの把握が行われていない。観光事業はアベノミクスの成長戦略の重要施策と位置付けられているが、顧客ニーズの把握と地方の連携という原点に立ち返った姿勢がなければ、成功には至らないのではないだろうか。

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