山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
山口県の萩市で、うまい酒にめぐりあった。縁あって造り酒屋「澄川」の御主人と酌み交わした。持参された酒は「環起」という吟醸酒。ラベルは貼っていない。うっすら白濁している。「澱(おり)がらみ」という状態で、瓶の中で発酵が進んでいる。口に含むとほのかにツンくる後に、柔らかな旨(うま)みが広がった。芳醇(ほうじゅん)でしっかりした味わい。すいすいやっているうちに一升瓶が空になった。
手に入りにくい酒と見て、「どこで買えますか?」と尋ねると、「申し訳ないが市販していません。限りがあるので、縁のある方に配っています」。
澄川酒造は昨年8月の豪雨災害で醸造所が水没した。新酒の準備を始める矢先の被災で、仕込み米まで流されてしまった。廃業の危機。そんな時、応援に駆けつけたのが全国各地の同業者たちだった。市場では競い合うライバルは、一大事には身を切ってでも助けあう仲間だ。
「足がなくては困るだろ」と乗ってきたクルマをそのまま置いていく。酒を絞る機械を提供したり、酒米を分けてくれたりする蔵元もあった。
応援してくれた人への感謝をこめて醸したのが「環起」だった。いただいた大事なコメを磨き、醸した渾身(こんしん)の酒。「おかげさまでこんな酒ができました」と示すのが酒蔵のけじめである。
◆進むかエネルギーの地産地消
「有機米吟醸・環起澱がらみ」を手に入れる方法がひとつだけある。市民エネルギー山口という非営利の株式会社が発行する太陽光発電ファンドに応募することだ。
市民エネルギー山口は、県内26カ所に太陽光パネルを並べ、地域で発電をしようという市民グループが設立した。原発に頼らずエネルギーを地産地消しようという運動である。総額4億円の事業で、そのうち2億円余りを「みんなで応援やまぐちソーラーファンド2014」という出資の組合をつくり有志から資金を募る。発電した電気を中国電力に売る。昨年から始まった固定買い取り制度で、1キロワット当たりの価格は保証されている。元本返済と配当は売電収入で賄える。
ファンドは一口10万円と100万円の2種類。配当は10万円なら2%、100万円は4%を目指す。集めたカネの一部は被災した澄川酒造の復興に寄付される。「環起」は応募してくれた方々の誠意に報いる贈りものとして使われる。澄川酒造は発電所を引き受け、再建する醸造所の屋根には50kwの太陽光パネルが載ることになる。
フクシマの事故をきっかけに日本全国で地域の発電所づくりが起きている。大手商社などが手掛けるメガソーラーが話題になる一方で、地元の有志が仲間を募って始めた草の根ソーラーが根付き始めた。
神奈川県小田原市では商工会議所会頭の鈴木悌介さんが音頭をとって、学校の屋上にソーラーパネルを張る運動を始めた。児童がエネルギーとの関わりを考える体験学習の場にもなっている。事業主体は非営利株式会社「ほうとくエネルギー」。郷土の偉人・二宮尊徳から頂いた名称だ。
勤勉・節約を説いた尊徳は地域興しを得意とする経済思想家でもあった。「私利私欲に走らず社会貢献すれば利はおのずからもたらされる」という報徳思想を広めた。市民発電所は尊徳の教えを現代に当てはめる運動でもある。
鈴木さんはかまぼこで有名な「鈴広」の副社長。水産物を扱う仕事柄、共有財産である海が汚れることに心を痛めてきた。そして3・11直後、箱根に足を運ぶ観光客が途絶え、小田原は打撃を受けた。
「安全・安心こそが経済活動の大前提」と肝に銘じた。それなのに財界は原発再稼働を求めている。「経済界は原発推進」といわれるのがつらく、2012年3月「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」を立ち上げた。
福島県喜多方市では200年続く造り酒屋・大和川酒造の9代目佐藤弥右衛門さんが会津電力を立ち上げた。当面は太陽光発電だが、会津の豊富な水資源や森林を生かし小水力やバイオマスで発電することを目指している。
「福島は巨大電力の植民地だった」という。東京に電気を送るのは、爆発した福島第一原発だけではない。奥只見や猪苗代湖の水利権まで東京電力が押さえている。工事は中央の業者が行い、電気の利益も吸い上げられた。
「エネルギーを地産地消することで仕事をつくり、雇用を確保することが必要です」と佐藤さん。地元の水やコメを使い、地域文化と一体となった酒造りは地元に根を張っている。
萩の澄川酒造が地域発電に加わったのも大和川酒造との縁だった。被災した澄川に、全国地酒協会会長の佐藤さんが駆け付けた。酒米の流出を知り、会津の山田錦を届けた。
震災から3年目の3月11日、衆議院議員会館で「ご当地発電ネットワーク」が発足する。会津電力やほうとくエネルギーが呼びかけた。「草の根電力、団結せよ!」。
電力自由化で2016年から、消費者は電気を買う発電会社を選べる。酒と電力は地元で、という時代はやって来るだろうか。
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