国際派会計士X
オーストラリア及び香港で大手国際会計事務所のパートナーを30年近く務めたあと2014年に引退し、今はタイ及び日本を中心に生活。オーストラリア勅許会計士。
「ダブル・アイリッシュ & ダッチ・サンドイッチ」(Double Irish with a Dutch Sandwich、以下、DIDS)、「シンガポール・スリング」(Singapore Sling)――。まるで英国のパブで注文する飲み物のような言葉ですが、実は最近世界を騒がせている多国籍企業による租税回避行為に関する国際税務スキームの例です。
このうちDIDSは、欧州連合(EU)の行政を担う欧州委員会がアイルランド政府に対して、アップル社について約1.5兆円の追徴を要求した際に、アップルが採用した節税スキームです。アップルだけでなくフェイスブックやマイクロソフトなど世界の名だたるIT企業もこのスキームまたはそれに準ずるスキームを利用していると報じられていて、金額的にも国際政治的にも注目され、各国が協調する形でこのスキームの取り締まりが今後さらに進むものと思われます。
前号(第6回)で欧州委員会の最近の発表とそれによるアップルの難局について解説しましたが、今回はアップルが使っていたと思われる節税スキームに関して考察します。
◆ダブル・アイリッシュ&ダッチ・サンドイッチとは
DIDSとは、歴史的、文化的にも米国の友好国で、法人税率など税負担も低く、英語圏のアイルランドに着目して組まれた節税スキームではないかと推測されます。アイルランドには、米企業が約600社進出しているといわれ、製薬会社などの日本企業も多数進出しています。
上記の図は、今回の節税スキームについて2012年に米紙ニューヨークタイムズなどで公開されたものなどを参考に簡単に図式化したものです。
このスキームによって、米国の配当課税を含め高法人税率を合法的に、そして確信的に回避または繰り延べができる対策であろうとみられ、この要点としては、以下にまとめられると思います。
(1)米国本社で中心的に行う無形資産の研究開発のコストについては、コストシェアリング契約を両者間で締結するとともに、アイルランド子会社Xに無形資産を譲渡しすることで米国外の無形資産使用料収入は移管される形となります。コストシェアリング契約について、アイルランド子会社に帰属するコストを確信的なものにするために米・アイルランド間で事前確認(Advance Price Agreement)を締結しているのかもしれません。
(2)アイルランド会社Xは国内で設立していても管理支配権がバージン諸島法人にあるため税法上の居住地はアイルランドではないとみなされ、アイルランド税法上は課税対象とならず合法的に非課税となりました(注:米国の居住者の判定とは異なります)。ただし、米国や欧州委員会などの反発もあり、2015年1月からアイルランドは税制改正を行い、居住者の判定が変更され課税対象となります(ただし、2014年までに設立した法人は経過措置として2021年まで判定基準は変わりません)。
(3)アイルランド子会社Yは事業収入に対しロイヤルティー支払いなどの経費を控除すると、ほとんど課税所得は少なく抑えることができるというものです。
(4)米税法上タックスヘイブン対策税制について子会社Xを納税主体としての選択することで子会社Yは一体とみなされ、子会社Yにためられる利益は米国タックスヘイブン税制の対象外となります。
(5)アイルランド会社が直接無形資産の使用料を支払う場合、支払い時に源泉税の対象となるため、アイルランドと使用料の源泉免除の取り決めがあるためオランダ子会社を挟む(Sandwich)ことで使用料の源泉税をゼロにするというものです。
以上、ダブル・アイリッシュ&ダッチ・サンドウィッチという節税スキームについて解説してみましたが、推測の部分も入っていることにご留意いただきたいと思います。
前述の通り、DIDSはアイルランドの税制改正により今後新しくスキームとして組むことはできないでしょうが、2021年までの経過措置があるため既存のスキームについては有効と言えます。
◆租税回避行為対策の今後
欧州委員会が今回、追徴を要請したことは説明した通りですが、この他にOECD(経済協力開発機)が発表した「BEPS」(Base Erosion and Profit Shifting=税源浸食と利益移転)プロジェクトが今後、OECDに加盟していない中国やインドなどの主要20カ国・地域(G20)とうまく連携し、本格的に導入されることが望まれます。
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