山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
通常国会が終わると、霞が関の官庁街は、「やっと一息」という安堵と、そわそわした気分が入り混じる。人事異動である。7月5日、次官・局長などトップ人事が発令され、7日に課長以下の異動が発表された。
今年のハイライトは、財務省の佐川宣寿(さがわ・のぶひさ)理財局長が国税庁長官に任命されたことだ。
◆たった1人の官僚人事に大ブーイング
「驚いたのは森友問題で『売却は適正』『記録はない』と木で鼻を括ったような国会答弁を繰り返した理財局長が国税庁の長官になった人事である。税のレッドテープに悩まされてきた納税者にはあっけにとられる財務省の『公正』だ」
毎日新聞のコラム「余禄」はそう書いた。朝日新聞の天声人語は、
「国民の財産が安売りされたとの疑惑で確答を避け続けた局長が、国民から税を徴収する庁の長に就く。『適材適所』という官房長官の自賛が空しく響く」
朝日は社説でもこう指摘している。
「佐川氏のかたくなな態度の背景に政権の意向や指示があったとの見方は多い。今回の人事についても『森友問題で政権を守った論功行賞」と見る向きもある。『とにかく官邸の意向に沿わねば』との空気が官僚の間でさらに強まることが心配だ」
ネットメディアのハフィントンポストは
「自由党の森ゆうこ氏は『首相を守るためありえない答弁を平然と繰り返して栄転された』と批判。与党の閣僚経験者も『事実に背を向けてでも、官邸の意向に従っていれば出世できるというあしき前例になる』と、起用した政府の姿勢を疑問視する」
たった1人の官僚人事に、これほどのブーイングがメディアから上がるのは珍しい。
財務省内部では「理財局長が国税庁長官になるのは定番のコース。特段珍しいことではない」と騒がれるのは心外、という声が多い。だが、国税庁長官は双六の上がりのような軽いポストではない。破綻(はたん)寸前の財政を抱え、国民に負担増を求める現状で、あまりにも納税者をナメた人選である。
◆負のエネルギーが政治の品位を貶めた
納税は収める側も徴収する側も、相手を納得させる根拠を示さなければならない。納税者に「正直な申告」を求める税務署は、「公正」な徴収が大前提だ。身内や友達には税金を安くしてやる、など絶対にあってはならないが税務署の仕事だ。その頂点に立つ国税庁長官が、説明は拒否し、資料は破棄したといい、違法なことはしていないと口で言うだけ。「調べない、説明しない、押し切る」を得意技とする長官をトップに据えて、納税者とどう向き合うというのか。
森友学園も加計(かけ)学園も、未解明の部分が多く、疑惑は解明されたとはいいがたい。佐川局長に象徴される「情報遮断」が真相解明を阻んだ。だが、世間は何が問題かは理解した。それが東京都議選で自民党惨敗となって表れたのだろう。
森友学園では、特異な教育方針に共鳴した首相夫人が安倍晋三記念小学校の建設に力を貸したことから迷走が始まった。加計学園では獣医学部の新設を望む理事長が首相の親友だったことから特区での認可が走り出した。初めは、それぐらいのこと、できないの、という程度のことだったかもしれない。権力者の小さなワガママが、行政の現場でルールを歪める政治案件になるとは思ってもいなかっただろう。
身内を厚遇することが、国有地の値引きや原則を無視した特区認定という政府を巻き込む「不正」に発展した。追及を隠すために行政文書を隠し、政府を挙げて真相解明を妨げる。国会での追及を逃れるため官僚に「汚れ役」を押し付け、その論功行賞として人事で処遇する。
首相夫婦のささやかなわがままから始まった無理筋は、行政を歪め、情報を隠し、味方は厚遇し、敵は排除する。権力が私物化されれば周りもおかしくなる。政権に緩み、驕(おご)り、傲慢(ごうまん)といった負のエネルギーがたまり政治の品位を貶(おとし)めた。
◆築城三年、落城一夜
都議選は政治の腐臭に嫌気がさした有権者のブーイングである。
大敗に驚いた安倍首相は「自民党に対する厳しい叱咤(しった)と深刻に受け止め、反省しなければならない」と語ったが、舌の根が乾かないうちに国税庁長官人事が出た。
「反省などしていません」と天下に知らしめたようなものだ。
財務省の感覚では「問題を起こしたのは近畿財務局。佐川さんは、昨年理財局長になったので事件に関与していない。立場上、国会で衝立(ついたて)になっただけ。本人が好きでやったことではない」。長官人事は当然という声が多い。
だが、役所の審議官以上の人事は、「政治任用」とされ、内閣人事局が決める。責任者は萩生田光一(はぎうだ・こういち)官房副長官だ。佐川氏が国税庁長官にふさわしいか政治的に判断するのが官邸の仕事だ。
政権の中枢が、自分たちの置かれている状況が分かっていれば、「論功行賞」と見られる人事は避けただろう。
だが「汚れ役」を遇さなければ財務省から怨嗟(えんさ)の声が上がるだろう。
特区認定で譲歩させ、天下り問題で生贄(いけにえ)にした文部科学省から反乱が起きている。官僚組織には強権的な官邸のやり方に不満がたまっている。長官人事を差し替えるセンスも度胸も官邸になかったのだろう。
築城三年、落城一夜。盤石と見られていた安倍一強体制も、天下の秋を迎えたようだ。
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