小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
2011年3月11日に東北地方を襲った東日本大震災から6年が経過した。私は震災の1年後に顧客訪問のため仙台を訪れ、被災地を見て回った。津波にすべて流され、内陸部にまで数多くの船が流されてきている光景を見て愕然(がくぜん)とした。東日本大震災の復興のため10年間で約32兆円の復興予算がついたが、当初の5年間ですでに29兆円が使われてしまっている。津波後の土地開発や住宅建設を積極的に行ってきたためであるが、他地域に移り住んでしまった人たちの戻り足は鈍いと聞く。一方で、全国各地で進行する「人口の減少と高齢化」の波は東北地方にも襲ってきている。こうした現状を踏まえ、今回は宮城県の問題点と地方創生について考えたい。
1.宮城県の現状
(1)宮城県の概要
宮城県は、東北地方の中心に立地し、東は太平洋、西は奥羽山脈に接する。県内には35の市町村があり、県庁所在地は仙台市である。同市は人口100万人を超える東北地方最大の都市であり、また東北地方唯一の政令指定都市である。夏は酷暑が少なく、冬は東北地方の中では降雪量が少なく、過ごしやすい気候であり、緑の多い景観から「杜(もり)の都」とも形容されている。
(2)人口
A.人口の推移
宮城県の人口は、2016(平成28)年10月1日現在の推計で、232万9431人であり、直近1年間では4468人の減少となった。人口減少の内容を自然増減と社会増減に分けて分析すると、直近1年間の自然増減数は5659人の減少となる。一方で、直近1年の社会増減数は1191人の増加である。以上より、人口減少は少子高齢化の影響によるものと分かる。人口推移を見ると、近年は「自然減」「社会増」が均衡し、ほぼ横ばいの推移を継続している。ただし、宮城県の合計特殊出生率は1.30人(全国43位)と低水準であることから、今後の人口減少幅の拡大が予測される。
B.人口の転出入時期
人口の社会増減数を5歳ごとの年齢層別に分析すると、下図のとおり、「10~14歳 ⇒ 15~19歳」の間に大きく転入超過となる一方で、「20~24歳 ⇒ 25~29歳」になる間に大きく転出超過となっていることが分かる。
高校卒業後、大学進学時に県内に人口が流入し、大学卒業後、就職時に人口が流出する傾向があるものと考えられる。特に東北大学卒業生の県内就職率は低く、2016年の東北大学院修士課程修了者1317人のうち県内企業に就職したのは90人(6.8%)にとどまった。
(3)宮城県の産業特性
A.産業構成
宮城県の産業特性の分析にあたり、産業別の付加価値構成比を見てみると、卸売り・小売業が27%を占めて第1位であり、14%の製造業が続く。
B.製造業
宮城県の製造業の内訳としては、付加価値構成比は食料品製造業が第1位であり、全国平均(全国の食料品製造業の付加価値構成比9%)を大きく上回る割合となっている。
【宮城県内製造業の業種別付加価値構成比】
2.宮城県の「課題(弱み)」
ここまで挙げてきた特徴を踏まえ、宮城県の「課題(弱み)」を整理していく。
(1)人口
宮城県の人口は、少子化等による「人口自然減」と、大学進学時等の「人口社会増」が相殺されることにより横ばいに推移してきた。「人口自然増」に向け、出生率を引き上げるために着実な対策を実施することは重要であるが、労働人口増加等の経済的効果に反映されるためには長期間を要する。そこで、今後人口の維持を目指すため、流入してきた若年層を、雇用の場の創出などにより県内にとどめ、人口流出幅を縮小させていく施策の実施が重要となる。
(2)産業
宮城県の製造業において、最も付加価値構成割合の多い業種は食料品製造業であり、中でも水産加工業は食料品製造業のうち約45%を占めるなど、宮城県の代表的な産業である。しかし、2011年の東日本大震災により甚大な被害を被ったことで、著しく規模が減少してしまった。
若年層をとどめるためには、既存企業の成長を促す施策や、新たな企業を創出・育成する施策を実施し、若年層雇用の受け皿をつくり出すことが求められる。
3.特長(強み)
上記の課題解決を念頭に、宮城県が持つ「特長(強み)」として下記を挙げる。
(1)大学
宮城県には、高い研究レベルを持つ東北大学を始めとした14大学が立地し、宮城県内はもちろん、東北地方を中心として日本全国から学生が集まる。中でも東北大学は、様々な分野で優れた研究力を持つ。また、産学連携に積極的であり、多数の研究テーマ・シーズを常時オンライン上に公開している。
(2)東北大学による産学連携への取り組み
東北大学の産学連携の歴史は古く、鉄鋼及び金属に関する研究のために創始された東北大学金属研究所の技術を利用し、1930~40年代に東北金属工業(現NECトーキン)や東北特殊鋼が設立されなど実業化に実績を持つ。東北大学は、現在も引き続き、様々な企業との産学連携に取り組んでおり、下記は多くの実績のうちの一例である。
【東北大学研究施設等の産学連携の一例】
○金属材料研究所
・当研究所の研究成果が実用化され、NECトーキン、東北特殊鋼が創業された
○工学研究科
・当研究所の技術を用い、日立製作所がガスタービン部品を開発
○電気通信研究所
・NEC・松下電器産業と連携し、最先端無線端末を開発
○原子分子材料科学高等研究機構
・当機構の技術を、トヨタ自動車が利用し、「ジャイロ加速度センサ」を開発
(3)東北大学関連の機関による創業支援体制
宮城県内には以下のような機関や企業が設置され、創業支援に取り組んでおり、宮城県の開業率は全国的にも高い水準(全国2位)にある。
【創業支援機関・企業の例】
○東北大学産学連携機構(創業支援の導入部分)
東北大学事業イノベーション本部が学内に事務所を設置して運営している。学内の研究成果の事業化等についての相談受付窓口として機能しており、また学外の企業や研究機関からの技術相談も受け付け、学内の研究シーズとの結び付けを行う。研究成果の事業化のため、下記企業と連携しながら資金面の支援だけでなく事業化に至る方向性についてもアドバイスを行う。
○東北大学ベンチャーパートナーズ(株)
2015年、東北大学の100%出資にて設立した日本で3番目の「大学発ベンチャー支援ファンド」。東北大学内の研究シーズに対する出資を行う。同社は、「試作品」を作成した段階から支援開始。支援先企業に対しては、取締役等を派遣し、取締役会等を通じて経営面の主体的な支援活動を行っている。同社の出資者ネットワークを活用して、投資先の事業展開にふさわしい企業の紹介や、人材紹介会社の紹介等の人材面の支援も行う。
4.地方創生への提言
以上の宮城県の強みを踏まえて、流出する若年層を県内にとどめるための、産学官金連携による地方創生を提言したい。
①東北大学と県内製造業の交流活性化を図り企業の技術力を高める。
東北大学の産学連携の成功事例を参考に、東北大学等へ企業人材を派遣し、県内製造業の活性化を図る。
【東北大学の成功事例:東北大医工学研究科による企業人材の受け入れ】
医療機器メーカーの技術者を実習生として1年程度、同科に受け入れ、講義や実技を通して知識を吸収。派遣元企業に戻り、実習経験を開発等に生かす。当初、国が助成金により、本制度にかかる受講料等を補助していたが、現在では助成金を廃止している。しかし、その後も企業からの同制度への引き合いは強い。
東北大学には医工学科の他にも、金属研究所など高い研究実績をもった研究所等が多く設置されており、産学連携の実績を上げている。一部の研究機関にとどまらず、幅広い分野の研究機関が、企業人材受け入れを行うよう交流することで製造業のレベルアップが図られるであろう。
②地域金融機関による産学交流の活性化支援
上記の取り組みにおいては、企業と大学がお互いのことを知り合うきっかけが必要である。産学間の交流は、地域金融機関に積極的に介在すべき課題である。この取り組み例として、以下を参考とする。
【七十七銀行の産学連携推進事例:東北大学ラボツアー】
七十七銀行が企業をアテンドし、東北大学の各研究室を回る取り組みであり、大学・企業間の敷居を低くし、産学連携を促す試み。企業と東北大学の交流に一定の効果を得て、いったん終了したが、新たなステップとして「課題解決会議」と題し、東北大学と七十七銀行をアドバイザーとし、個別具体的な経営課題解決ミーティングを実施している。
地域金融機関には、上記の活動のように産学間の相互理解および交流の裾野を広げてもらいたい。規模の大小を問わず、県内の意欲ある企業(例えば海外に進出している企業)をピックアップして積極的な支援に取り組んで欲しい。
③地域金融機関による既存企業とベンチャー企業の交流支援
宮城県の強みである創業支援機関は、事業構想時点の支援から始まり、事業化以降の支援も行っている。更なるベンチャー企業の成長支援のため、ベンチャー企業と既存企業を交流させる役割を地域金融機関に期待したい。
創業間もないベンチャー企業にとっては、事業を軌道に乗せるための販路開拓を自力で行うことは難しいだろう。そこで、最も地域の企業情報を保有している地域金融機関は、ベンチャー企業と既存企業の積極的なビジネスマッチングを図っていく。また、ベンチャー企業と資本・業務・技術等の提携を行う意欲のある既存企業の紹介も、企業間交流およびベンチャー企業の成長において有効となるだろう。
④金融機関退職後の人材をベンチャー企業に紹介
業歴の浅い企業にとって、生産技術や販路開拓、海外ビジネスなどの分野で経験や専門知識を持つ人材は会社運営において有効である。一方で、人口減少と高齢化が進む中でベンチャー企業が若く優秀な人材を採用することは難しい。
地方金融機関はその地域の雄として従来、優秀な人間を採用してきた。こうした金融機関経験者で退職後に悠々自適の生活をしている人に再度活躍してもらったらどうだろうか? 高齢者への働きがいの提供としても価値あるものと思われる。
⑤地方金融機関による資金面のバックアップ
さらに産学連携の資金面での支援についても、地方金融機関が関与することは可能である。現在地方公共団体や金融機関が組成しているベンチャーキャピタルは該当企業の上場による出口戦略が前提となっている。しかし上場が出来るような優良案件は実際には少ない。またベンチャー企業側にしても資金が必要なのはもっと前段階である。こうした段階で資金援助をするのは寄付的な資金である。日本の地方にも高額所得者や高額預金者はおり、地方金融機関の重要取引先となっている。こうした人を訪ね歩きベンチャーファンドを組成したらどうだろうか? すでに十分な貯蓄をもっている人の中には、日本の将来のため地元に錦を飾る形で資金を提供しても良いという人がいるはずである。
一方でこうしたファンド提供者に対して、技術力評価を含めて十分な情報還元をするのも地方金融機関の重要な責務となろう。
(補足資料)
【宮城県の大学】
※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第94回 抜本的な産業育成の必要性―埼玉県の地方創生(2017年5月19日)
https://www.newsyataimura.com/?p=6629#more-6629
第93回 北陸地方の観光振興策を考える(2017年5月2日)
https://www.newsyataimura.com/?p=6571#more-6571
第87回 奈良県の地方創生について―小澤塾塾生の提言(その6)(2017年2月10日)
https://www.newsyataimura.com/?p=6331#more-6331
第84回 「賢者」に学ぶ日本の観光(2016年12月16日)
https://www.newsyataimura.com/?p=6203#more-6203
第75回 産学連携による広島県の地方創生(2016年8月16日)
https://www.newsyataimura.com/?p=5758#more-5758
第69回 北海道の地方創生を考える
https://www.newsyataimura.com/?p=5492#more-5492
第67回 神奈川の産業集積と地方創生(2016年4月15日)
https://www.newsyataimura.com/?p=5364
第65回 大分県の地域再生―「小澤塾」塾生の提言(その3)(2016年3月18日)
https://www.newsyataimura.com/?p=5244
第61回 山形の地域創生―「小澤塾」塾生の提言(その2)〈2016年1月22日〉
https://www.newsyataimura.com/?p=5077
第58回 愛知県の産業構造と地方創生(2015年11月27日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4921
第56回 成田国際空港の貨物空港化への提言(2015年10月30日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4807
第54回 タイ人観光客を山梨県に誘致しよう―「小澤塾」塾生の提言(2015年9月11日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4706
第47回 地方創生のキーパーソンは誰か?(2015年6月5日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4457
第44回 おいしい日本食をタイ全土に広めたい(2015年4月24日)
https://www.newsyataimura.com/?p=4340
第28回 老人よ!大志をいだけ―地域再生への提言(その2)(2014年9月5日)
https://www.newsyataimura.com/?p=2994
第27回 一つの道をひたすら突き進む―地域再生への提言(その1)(2014年8月22日)
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