トラーリ
寅年、北海道生まれ。1998年よりタイ在住。音楽やライブエンターテインメント事業にたずさわる。
2年ほど前だろうか。iPhone 4を購入し数カ月が過ぎたころの話だ。「LINE(ライン)、使っていないのですか?」とアシスタントのローカルスタッフの女性に言われた。彼女の手元にあるスマートフォンをのぞいてみると、ショートメッセージに見慣れないキャラクタースタンプが並んでいる。「ライン? 使ったことないわね」との返事に、彼女は「日本発のアプリなのに、日本人が知らないのですか?」と笑った。その日以来、わたしのスマートフォンに、緑色のアプリが加わった。
いま、タイのLINEユーザー数は約1800万人と言われている。タイ人に人気の理由は「フリー(無料)」。有料サービスである携帯のショートメッセージと同じ機能が全て無料なのだから、使わないほうが損、という感覚だ。もう一つには、タイ人の遊び心をくすぐるユニークで可愛らしいスタンプのキャラクターである。まさに「タイ人のつぼにはまった」と言えよう。
あれから、自分でも驚くほどLINEを使う頻度が高くなった。周りのユーザーによる影響が大きい。日本では考えられないだろうが、タイではビジネス交信として日常的にLINEが使われている。新規顧客のオフィスを訪問し、名刺交換をした後、「LINEを使っていますか」と聞かれることもまれではなくなった。取引先から「LINE会議」のグループに招かれることもある。瞬時に情報共有を出来る便利さはあるが、情報漏洩(ろうえい)の危険性が高いため、使用する業務に線を引いておかないと歯止めがきかなくなる怖さがある。
その一方で、この中毒性と浸透の速さを見ると、タイではマーチャンダイジングビジネス(製品を消費者に買ってもらえる商品にするための計画をビジネスとして行うこと)の可能性が高いことを実感する。タイに移住し15年が過ぎたが、「ドラえもん」「ハローキティ」の絶大な人気は今も変わらない。15年とは短いよう思えるが、当時はまだトランシーバーのような携帯電話が売られていた時代だ。この15年でWifi機能が付いたタッチパネルのスマートフォンが街に溢れているのだから改めて進化の速さに驚く。しかしツールが変化しても「ドラえもん」や「ハローキティ」の人気が衰える兆しがないのは、人間の本来持つ感覚は大きく変わらないからであろうか。
◆巧みなマーチャンダイジング戦略
「ドラえもん」がタイで世代を超えて愛されているのは、長年にわたるテレビ放送の影響に加え、現地のマーチャンダイジング戦略の巧みさにも起因する。セブンイレブンのポイントシールや企業の販促品に使うなどローカルに根付く方法でキャラクターを上手に使っている。
この二つのキャラクター以外に、ここ数年、タイで人気を高めているキャラクターとしては「リラックマ」が挙げられる。文房具やタオル、ぬいぐるみなどの商品が、日本の3倍近い価格で売られているにもかかわらず、百貨店内の「リラックマ」販売コーナーは徐々にスペースを拡大していることが人気を裏付けている。
LINEキャラクターの浸透は、スマートフォンユーザーの急増に伴い勢いを増している。日本同様、タイの企業でも広告の一環として自社のイメージキャラクターをデザインし、スタンプとして無料ダウンロードさせるサービスが増えた。
先月、某銀行が自社の新しいモバイルバンキングサービスの広告にLINEキャラクターを起用して話題になった。某銀行のユニフォームを着たうさぎの「コニー」やくまの「ブラウン」のスタンプを、オフィシャルアカウントへ登録した人に限り無料でダウンロードできるサービスだ。
セントラルワールドというバンコク市内の大きな百貨店の中でそのプロモーションイベントは行われていた。金曜日の夕刻、会社帰りの20~30代の男女が「コニー」や「ブラウン」との記念撮影や粗品をもらうために長い列をつくっていた。
わたしは興味をそそられながらも、帰宅時間を気にしてその列の横を素通りし、BTS(高架鉄道)の最寄り駅まで歩いた。すると駅の改札で、先ほど見かけた「コニー」のバルーン(風船)をBTSの駅構内に持ち込めずに顔をしかめている人が数人いた。あの長い列を並び、せっかく手に入れた風船を持ち帰れないとは悲しい。袋や鞄の中に入れたら持ち込めるようだが、手ぶらの男性も少なくない。風船をそのままBTSの車内に持ち込めないことを、その日初めて知った人は大勢いたに違いない。
このプロモーションはタイ人の心をつかむ素晴らしいマーケティング戦略だと内心絶賛していたが、残念ながら「おもてなしのこころ」に至るサービスではなかったようだ。
某銀行のモバイルバンキング新サービス・プロモーションイベント。キャラクターグッズの抽選に長蛇の列(2013年9月20日筆者撮影)
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