小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住17年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
1977年、私は名古屋市を本店とする東海銀行に入行した。入行後、主に国際部門と海外に勤務した私は、名古屋勤務が2年ほどしかない。最初に名古屋で勤務したのは、今は廃店となっている「東新町支店」(栄の東に位置する)の得意先係であった。「名古屋で商売できるようになったら一人前」と言われるほどよそ者には厳しい土地柄。東京人の私は構えながら名古屋に向かったが、東海銀行の看板があったおかげで大変お客様にかわいがってもらった良い思い出がいっぱいである。バンコック支店長として赴任してからも同様で、愛知県企業や愛知県出身の方々と大変仲良くさせていただいた。私にとっては愛知県は第2の故郷であり、日本出張の際には必ず訪れる土地である。
愛知県は言わずと知れた日本の製造業のメッカである。残念ながら日本の製造業は韓国や中国の台頭から苦戦を強いられている。今や日本の地方創生と言えば観光や農業ばかりが脚光を浴びている。しかし、愛知県には自動車産業をはじめとしてまだまだ世界の最先端を行く製造業がある。今回は、私にとって第2の故郷である愛知県の地方創生を考えてみたい。
1.「ものづくり県」である愛知県について
平成25年工業統計調査(確報)によると、愛知県の製造品出荷額等は42兆18億円(従業者4人以上の事業所)で、第2位の神奈川県(17兆2261億円)とは大差で37年連続日本一のものづくり県となっており、わが国の製造業をけん引する重要な役割を担っている。(図表1、2参照)
また、愛知県のある東海地域(愛知、三重、静岡、岐阜、長野)は、わが国産業の競争力の源泉とも言える自動車産業を中心とした世界屈指のものづくり産業が高度に集積した地域である。東海地域の総面積、総人口、事業所数、地域内総生産などは概ねわが国の1割強の経済圏であるが、製造品出荷額は全国の4分の1を占めており、わが国随一の「ものづくり圏」である。
戦後の高度成長期と前後して、これらの産業を支える東名・名神高速道路などの高規格幹線道路網、名古屋空港や名古屋港などの空港・港湾、愛知用水などの工業用水や農業用水などの広域的社会資本も順次整備され、産業の発展を支えてきた。
近年では、2005 年の愛・地球博の開催や中部国際空港の開港に併せて、東海環状自動車道(東回り区間)や伊勢湾岸自動車道など、さらなる整備が加速され、新東名高速道路(愛知県区間)は14 年度末に、新名神高速道路(三重県区間)は18 年度末に、東海環状自動車道(西回り区間)は20 年度末に各々開通の見通しであり、今日の東海地域の産業を支える強みとなっている。また、27 年にはリニア中央新幹線が開業(東京~名古屋間)予定である。東海地域が「ものづくり産業の拠点」として引き続き日本経済をけん引する役割を果たすために、人の移動・交流を更に活発にさせるリニア中央新幹線開業が地域活性化の新たな起爆剤になると期待されるところである。
2.地域別の産業構造について
現在の愛知県の主な産業については、四つ挙げることが出来る。
①トヨタグループを中心とした自動車産業
②がいし生産世界一の日本ガイシやINAX、日本特殊陶業などをはじめとするセラミックス産業
③一宮市エリア(旧一宮市、旧尾西市、旧木曽川町は2005年4月1日に合併)における繊維産業
④三河湾エリア(田原市は農業産出額日本一)の農業
3.愛知県の産業における現状と課題
愛知県の自動車産業の割合は極めて高く、愛知県の産業・ 雇用の基盤を支えている。しかし自動車産業の海外現地生産化の流れに変わりはなく、国内生産は減少してきている。また東日本大震災後、危機発生時の事業継続対策の一環として生産拠点を九州地方や本州内陸部へ移管する企業も多く見られる。したがって愛知県での生産は減少傾向にある。
一方で、高付加価値の次世代自動車の生産は拡大。当面は、ハイブリットなどのガソリンエンジン併用型が主流となり、従来技術の延長で部品の生産も継続するものと考えられる。グローバル競争が加速する中で、高品質、低コスト化に向けたニーズが高まっている。
かつて自動車産業の海外進出は、低廉な労働力の確保を目指した加工組立工場の進出が中心であり、最先端・高付加価値な製品や国内市場向けの製品、あるいは装置産業、技術のブラックボックス化重視の素材型産業は国内生産が維持されてきた。しかし現在は、日本市場向けや素材型産業も海外移転を進めつつある。さらに国内生産についても海外からの部品調達が増えつつあり、あらゆるモノづくり産業が「根こそぎ空洞化」してしまう懸念がある。
日系企業の海外進出状況については、下図表3の通りである。1995~99年の期間以前は大企業による進出が過半数以上を占めていたが、直近2010-2014年では中小企業の進出数(362社)が大企業(276社)を上回っている。
過度に自動車産業に依存した地域経済(愛知県)の体質は、自動車メーカーを頂点とする強固なサプライチェーンによって世界屈指の産業集積が形成された半面、世界経済の動向に大きく影響を受けやすい産業構造であるとも言える。そのため、既存の自動車産業のさらなる高度化とともに、高度なものづくり基盤をベースにした多様な次世代産業を創出していくことが必要なのである。
自動車業界に代わる新たな次世代産業として航空機産業の振興が望まれる。世界の航空機(ジェット機)需要は今後20年で2倍以上になると見込まれるなど、航空宇宙産業は今後、大きな成長が期待される産業である。
愛知県には三菱重工業や川崎重工業、富士重工業など主要な航空機機体メーカーが開発、製造拠点を構えている。その周辺には素材、部品メーカーなど機体メーカーを支える協力企業が多数集積。日本の航空機産業の生産額は年間約1兆1000億円で、このうちの約50%を愛知県を中心とする中部地区で占めている。
愛知県の航空機産業が期待される背景には、今後の航空機市場の伸びがある。景気低迷から足元の航空機市場は悪いが、将来的には新興国向けなどで需要が増え、20年後には現在の2倍になると予想されている。2009年12月に米ボーイングの新型旅客機B787の初飛行成功のニュースがあったが、B787は機体生産の35%を日本が担う。このため、愛知県の航空機産業が受ける恩恵は非常に大きい。
航空宇宙産業は関連する技術分野の裾野が広いため、他産業への技術波及効果が高く、技術の高度化を先導する重要な産業であることから、愛知県では、産学行政の連携による研究開発や裾野を支える中小企業の新規参入、人材育成支援などを推進し、航空宇宙産業クラスターの形成促進に取り組んでいる。
現状航空機産業の課題としては高操業が続き、人材が不足。航空機産業に参入するにはNADCAPなどの国際認証を取得する必要あり。認証書類等は英語での申請が必要であるため参入障壁は高い。
4.愛知県の今後の成長戦略と地域創生
自動車産業に大きく依存した愛知県における成長戦略は、逆説的ではあるが製造業を一層強化させることに尽きると思う。自動車業界をさらに強化することで関連する分野への技術の応用、新技術の開発が生まれ、自動車産業を支える新たな産業が創出されるのである。その製造業強化のために以下の四つを提案したい。
①中小企業の海外進出支援
②女性の活用
③産学協同
④規制緩和
5.中小企業の海外進出支援
愛知県の産業振興のために企業の海外進出を奨励することは短期的には決してプラスにはならない。しかし図表4を見ていただきたい。海外進出企業は国内残留企業に比べて生産力が明らかに高いのである。また2008年当時の経済産業省ならびに金融庁が共同で海外進出済みの中小企業動向を調査したところ、圧倒的に倒産比率が低かったという結果を伺ったことがある。
中小企業の海外進出は決して易しいことではない。新たな会社を全く異なった法律・税務・文化・人種の中で立ち上げる作業である。特に人材がそれほど豊富でない中小企業であればあるほど難しい。一方でこうした困難を乗り越えられた企業はより強さが増すのである。バンコック銀行としては、タイ、ベトナム、インドネシアなどの国々いおいて日本人行員を配置し積極的にこうした日本の中小企業の海外進出を支援している。
備考: 労働生産性(ALP)は労働者 1 人当たりの売上高で算出。グラフは非海外市場進出企業、輸出企業(非 FDI)、FDI 企業(非輸出)、輸出・直接投資企業それぞれの労働生産性の分布を示している。TFP の推定は Levinsohn and Petrin(2003)法による。グラフは非海外市場進出企業、輸出企業(非 FDI)、FDI 企業(非輸出)、輸出・FDI 企業それぞれの TFP の分布を示している。資料:経済産業省『企業活動基本調査』から作成
6.女性の活用
人口減少、高齢化社会を迎えた日本では今後急速に社会の働き手が減少していくことが予想されている。これは製造業も例外ではなく、今では製造業の現場には高齢者が際立って目立つのである。こうした状況の中で不足する製造業労働者の補給網として期待すべきなのは女性の労働力である。
製造業就業者の女性比率を見た表が表5である。日本の女性比率は他の先進国対比では高い部類である。一方で、図表6を見ると製造業における女性就業者の総数は減少している。設備機械や治具の進化に伴い、女性にも対応出来る業務は増加しているはずである。実際にタイの日系企業の工場を見ると女性従業員の数が男性従業員に比して圧倒的に多い。
いかにして出産後の女性を職場に引き止めるかが問題である。女性をさらに有効に活用していくためには会社施設として工場隣接の保育所の開設を提案したい。この保育所の運営には退職した元従業員に働いてもらえば良い。職場に隣接した保育所であれば女性も安心して働けることであろう。日本の各省庁の縄張り意識、縦割り行政が幼児の受け入れ施設の開設を難しくしている。こうした行政の壁を突き崩す必要がある。
7.産学協同
愛知県には名古屋大学や名古屋工業大学など優秀でかつ産学協同の実績を持つ大学が存在する。トヨタやデンソーなど大手企業はこうした大学と深いパイプを持ち共同研究を進めている。しかし中小企業には残念ながらこうした産学協同を行える実力がない。中小企業には共同研究を行うだけの資金力や人材もなければ、大学の研究の意味や教授の実力を見抜ける眼力も存在しないのである。
バンコック銀行と提携している日本の金融機関の方たちから話を伺うと、各銀行とも産学協同を目指して大学へのアプローチを行っているが、実績は上がっていない。日本の銀行には研究の重要性を理解できる人材がいないのである。このため、以下の方法を提案したい。
①愛知県の大手企業の研究部門の方たちに、大学で行われている個別の研究の有望性を判断してもらう。
②海外進出済のオーナー系企業のオーナーを組織化する。
③①で選別した研究者と②のオーナー組織の定期的な意見交換会を企画する。
④産学協同が出来そうな案件は銀行や地方公共団体ののキャピタルファンドを使い資金支援を検討する。また事業化出来そうなものは銀行のOBを監督者として派遣する。
8.規制緩和
大手自動車会社のヨーロッパ駐在経験者の方たちとお話しすると異口同音に言われるのが「アウトバーンなどの高速走行では日本車はドイツ車に全くかなわない」ということである。加速性、ハンドリング、足回りの安定性などでドイツ車のほうが優れているようである。数年前の話ではあるが、日本車には時速200キロ以上のスピードメーターが付いていても実際にはそこまで出なかったという話もお聞きした。
日本の自動車は過度に安全規制された環境の中で運転するため、極論すれば高速運転機能は必要ないのである。しかしこれが日本の自動車を「面白くない」と言わせる要因だと思う。自動車は早晩、オフィス・住宅と一体化をなす居住空間か、もしくは娯楽性を追求したものに二極分化していくと思われる。高速性や登山性ひいては水陸両用など面白い自動車を造るためには自動車に厳しい環境を課すことも必要となる。こうした環境を与えられるよう思い切った規制緩和を是非要望したい。
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