п»ї 改善は時には革命的成果をもたらす『ものづくり一徹本舗』第16回 | ニュース屋台村

改善は時には革命的成果をもたらす
『ものづくり一徹本舗』第16回

5月 30日 2014年 経済

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迎洋一郎(むかえ・よういちろう)

1941年生まれ、60年豊田合成入社。95年豊田合成タイランド社長。2000年一栄工業社長。現在中国、タイで工場コンサルタントを務める。自称「ものづくり研究家」。

前回、リンゴの木のイラストで誇りのもてる工場づくりを紹介したがその中で、原価の枝に注射器でカンフル剤を注入している絵を示し、「改善効果が遅い、少ないときには特命業務として専任者または、プロジクトチームを作り対応することが肝要である」旨を説明した。今回は、その成功事例について述べてみたい。

◆新たな技術開発へ特命業務

新しく赴任した工場は前にも述べたように、社内で最も操業の歴史が浅いため、ものづくりの技術も弱く加工技能も劣っていた。そのためムダ、ムリ、ムラも多く長い間慢性的赤字体質から脱出できないでいた。しかし私の赴任後、工場の役割とやるべき仕事の方向を明確にすることで全職場の改善が進み、改善提案件数も年間数千件と活性化した。

ところが看板商品である自動車用ハンドル生産部門については、生産技術力がまだまだ弱かったので、①不良発生率が高く日々、月づきのばらつきも大きい②成型時に材料からガス抜きを行うが、型からエアと一諸に材料を放出させるため、多量のスクラップが発生する(毎日大型トラック1台分)③型合わせ部分からガスと材料を排出させるため、はみ出しがひどく、その加工に時間が多くかかる④発泡が安定せず硬さがばらつく――などの問題が山積していた。(注:当時ハンドルの材料は樹脂からポリウレタンに変わった)

現状の生産方式は、液体材料AとBを射出し、それにフレオンガスを混合させることで製品を型内で形状だしする方法である。材料は外気温度湿度によっても品質が安定せず、また空気にも反応し発泡量や大きさがばらつくという厄介なものである。

「この課題に挑戦しなければ工場の収益改善は難しい」と判断し、工場で優秀な人材を選出し、特命業務に専念させることにした。

そして、成型方式は金型からエアを抜いた状態で成型する。これは私がゴム工場で苦心して導入した「真空式成型技法」である。ゴムは固形だが、ポリウレタンは液状のためかなり難度の高い技術開発になるはずである。しかし「これをクリアすれば工場に春が来ること間違い」という信念で着手することにした。

専任者の選任は躊躇(ちゅうちょ)なく、当時品質管理課で大活躍していた渡辺君を指名した。彼は技術上の問題箇所の解明に専念し、統計的解析で難問を改善する知能と能力をもっていたので、私の期待に必ず応えてくれると信じて指名した。上司の課長も快く承諾してくれた。

当時のお金で「百万円使ってよいからチャレンジしてもらいたい」と話をした。すると彼は「すでに何度かこの技法にチャレンジしましたが、うまくいきませんでした」と告白した。しかし私の依頼に対しては、二つ返事で引き受けてくれた。

◆「一石五鳥」の効果で世界一のハンドル成型方式を達成

苦心に苦心を重ね、渡辺君は約1年で新しい技術を開発した。その時点で技術本部長に内容を報告し、最後の仕上げとして、「品質の総合評価」と「カーメーカーの承認取得」までを一気呵成(かせい)に完了させた。もちろん、その製法は特許を渡辺君のものとして取得した。

この効果こそが、人、地域、地球にやさしい結果をもたらしたのである。その効果の概略は、以下のとおりである。
 
1)型成型加工時間  2分の1
2)発泡助剤 フレオン(フロン)を使わない「脱フロン」
3)不良発生率  5分の1
4)ガス抜きに伴うウレタン成型スクラップ 10分の1(月間低減約20トン)
5)製品寸法、硬度 工程能力 1以上

大手自動車メーカーとの社長懇談会の折、その社長はわざわざ私どもの工場を見学しに来られた。わたしは胸を張って「『一石五鳥』の改善で世界一のハンドル成型方式を達成しました」と声を大にして発表したのである。工場長としての喜びを部下たちからプレゼントしてもらった感激は、生涯忘れることはないと思う。

こういう経過をへて、工場の赤字体質が黒字化したのは言うまでもない。工場の従業員が胸を張れるようになってくれることが、何よりの財産となるのではないだろうか。

先日、後輩が工場長を務める古巣を訪問した。その後の工場の概況を聞くと、あれから約20年、毎年改善はたゆまなく進み、品質、コストにおいて常に世界のトップを維持すべく邁進(まいしん)しているとのことであった。

 当時、同じ釜の飯を食った後輩たちが着実に成長し、いまでは多くのポジションで重要な役割を担い、日々研さんに精励している様子がうかがい知れて、うれしい気持ちで工場を後にした次第である。

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