小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住18年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
昨年暮れもタイは慌ただしかった。年末はどこの国でも慌しいに違いない。タイの場合、国王誕生日(12/5)、憲法記念日(12/11)、クリスマス、新年へと続く流れがある。
タイ人も日本人と同様に宗教に対して無節操である。本来仏教国であるにもかかわらず、クリスマス、バレンタインにハロウィーンと西洋の行事を何でも取り入れる。しかし、日本とタイではその祝い方が少し異なる。日本は企業やマスコミがこれらの行事も積極的に取り上げ、売り上げ増を目指して商業的に利用している。
消費者はそうした商業資本に乗せられている感が否めない。タイももちろんそうしたことがないとは言い切れない。しかし、私には祭り好きなタイ人が、こうした西洋の行事を積極的に利用して自ら盛り上がっているように見える。とにかくタイ人は遊び上手、生き方上手である。
◆パーティーで新人社員の成長を実感
ここ10年近く、私達バンコック銀行日系企業部では毎年クリスマスにパーティーを催している。昨年も12月4日に弊行系列の会員制クラブであるバンコック・クラブで行った。約10年前に30名程度で始めた我々のクリスマスパーティーも、今や80名の盛大なパーティーである。
今回のパーティーのテーマは「スポーツデイ」である。おととしが「漫画」、3年前が「クリスマス」と毎年テーマが決められ、部員はテーマにあった仮装をしなければならない。部員達の盛り上がりを考えると私自身も背広でパーティーに臨むわけにはいかない。おととしは「笑うセールスマン」の仮装をするために、黒い帽子やつけひげなどを探しにデパートを徘徊(はいかい)した。ところが今回は「スポーツデイ」である。想像力の貧困な私は何も面白い格好が思いつかない。「今年は地味なテーマにしたもんだ」と思いながら、とりあえずゴルフウェアに着替えてパーティーに向かった。
パーティーは午後6時半に開始。日系企業部を統括する嶋村浩シニアバイスプレジデント(SVP)のあいさつと乾杯の音頭で始まった。料理は着席式の中華料理フルコース。赤白ワインにウイスキー、ビールと飲み物もとりそろえ、まずは腹ごしらえ。20分ほど食事を楽しみ、遅れてきた人も全員参加した事を確認したところで催しものが始まった。
今年は日本人チームや、新人社員チームを含め8組が出し物を競う。まずはタイ人新規取引チームである。いきなり音楽が変わり、部屋が暗くなると部屋の外からボクサー姿のタイ人課長が現れ、キックボクシングで行われるタイ舞踏を披露しながら入場してくる。ステージには白いパンタロンスーツの女性司会がこのボクサーの紹介をしている。堂々とした声でプロ顔負けの紹介の仕方である。この女性は昨年入行の1年目。新入社員のトレーニングコースである「小澤塾」で泣いた女性である。
小澤塾ではタイ人、日本人に関係なく徹底的に新人を鍛え上げる。男女を問わず何人もの人を泣かせてきたが、皆悔し涙である。自分が出来ないことへの悔しさをバネに人は成長していく。今こうやって堂々と司会をしているこのタイ人女性を見ると、本当にうれしくなる。
「小澤塾」更には現場の仕事を通して、自分に自信を持ってきたのが良くわかる。失敗、成功を問わず経験もまた人を成長させるのである。タイ人課長がつとめる1人目のボクサーがステージに上がると、急に音楽が変わり2人目のボクサーが登場。この男性も昨年初めに入った新人だが、きゃしゃな体つきがタイ人課長と対照的である。
ところが、彼は思った以上にタイ舞踏が上手なのである。彼がリングに上がるとおきまりのタイ式キックボクシングが始まり、弱そうな新人が勝つというストーリー。「スポーツデイ」の出し物がタイ式ボクシングとは全く考えてなかった私は、その発想力と構成力に感心しきりである。
2組目は、バンコク市内チームのトレーニングジム風景。3組目のメーカーチームによるタイ式ダンスなどが続き、いよいよ新人チームのチアリーダーダンス。日系企業部に入部した男性の新人部員は女装やセクシーダンスをクリスマスパーティーで披露することがお約束ごとになっているが、昨年は10名弱の男性がミニスカートのチアリーダー姿になってチアダンスを繰り広げた。
新人の女性も当然チアリーダー軍団の中に交じっていたが、私達の目は提携銀行から出向してきた30歳代の「おじさん」達の女装姿にくぎづけ。これも小澤塾の効果であろうか? 厳しいレクチャーの中でプライドも羞恥心もなくなり一心不乱にダンスを踊っているのである。それにしてもあの厳しいレクチャーがあるのに、いつ皆こんなに練習したのであろうか?
この後も各グループの出し物は続く。出し物の合間にはラッキードローがあり、参加者全員に何らかの物が手渡るようになる。人間は不思議なもので、どんなに安い物でも何かもらえば幸せになる。午後9時ごろに出し物が出尽くすと、私がステージに上り、クリスマスソングをカラオケで歌う。これを合図にカラオケ大会の始まりである。普段とても真面目に仕事をしているタイ人の男性行員や女性行員達が、ステージで弾けたように歌を歌い、踊っているのを見ているのは本当に楽しい。もちろん日本人部員も負けじと対抗戦を繰り広げる。
◆贈り物は人を幸せにし、人間関係を良くする
クリスマスパーティー以外にタイの師走のもう一つの風物詩は、「年末プレゼント」である。日本ではコンプライアンスへの懸念などから下火となりつつある「お歳暮」である。タイも昔ほど盛んではないが、それでもデパートやショッピングセンターに行けば、贈り物のかごが所狭しとならぶ。値段はピンからキリであるが、必ずしも高い物を贈る必要があるわけではない。重要なのは、こうした贈り物かごを自分自身が持って届け、相手との面談の場を作ることにある。
何の用がなくても贈り物を届けにくれば、人は必ず会ってくれる。また人は誰でも何かもらえればうれしいのである。この贈り物が高額となり、「賄賂」のようになれば問題かも知れない。しかし贈り物には人を幸せにし、かつ人間関係を良好にする効用がある。コンプライアンスを「金科玉条」として、こうした贈り物の効用を否定するのはいかがなものだろうか。
もちろん、私もプレゼントをたくさん用意する。日系企業部の部員に対しては、感謝の気持ちをこめて毎年1人ずつクリスマスプレゼントを用意する。ここ数年はスコタイホテルのマカロンセットにしている。このようにプレゼントをすると、普段仕事上ではあまりしゃべらない若手部員達もわざわざ私の所までお礼を言いにきてくれる。こうした小さな会話の積み重ねが重要である。今回からは、このクリスマスプレゼントは嶋村SVPにお願いすることとなった。
バンコック銀行日系企業部の部員だけではない。以前勤務していた東海銀行バンコク支店時代のタイ人達とも毎年クリスマスに集まって「クリスマス会」をする。今回も20名ほどの人が集まった。残念ながら、東海銀行の顧問をして頂いていた元大蔵事務次官でチャンチャイ・リータウォン氏は病気のため欠席されたが、バンコック銀行のチャシリ・ソーポパニット頭取が飛び入り参加された。
チャシリ頭取は、私が東海銀行時代、社長を兼務していたバンコクファースト東海(バンコック銀行と東海銀行の共同出資によるファイナンス会社)の役員をされていた。そのため当時の私の部下達のことも良くご存知なのである。
私が東海銀行バンコク支店長に着任してから既に18年。当時の部下達も大半は現役から退職している。そんな皆が年1回集まるのである。昔話に盛り上がらないわけがない。そして、お決まりのプレゼント交換である。私も全員分のマカロンセットを1人ずつ手渡して食事会を後にする。
これ以外にも、私がクリスマスプレゼントを渡す相手はいっぱいいる。バンコック銀行の主要役員の秘書達には必ずお菓子を贈る。こうすることで私の秘書が頭取・会長などの秘書達と連絡が取とりやすくなる。銀行のドライバールームや警備員室。部員達の自動車の配車やセミナー時の警備でお世話になっているのである。本店の受付係やエレベーター係、それ以外の我々と良く連絡を取り合う部署(本店・ドキュメント部など)にも贈り物をする。繰り返しになるが、どれも決して高いものではない。ドーナツセットやタイウイスキーなのである。もちろん全部自腹である。一つずつは高くないとはいえ、全部合わせればかなりの額になる。しかし、これも皆が幸せに働いてくれるならば決して高くはない。
◆先行き不透明な時だからこそ筋肉質の体質を築け
2015年のタイは決して景気が良かったわけではない。国内の自動車販売数は前年の89万台に対し、77万台程度になる見込みである。ピークだった12年の144万台に比べるとほぼ半減である。さらに今年は70万~75万台に落ち込むという自動車メーカーの予想もある。日系企業部のお客様に伺っても景気の良い話は聞かれず、赤字決算に転落しそうな会社も数多く出てきている。
更に今年は米国金利引き上げによる金融緩和資金の逆循環から東南アジアや開発途上国の景気は一層停滞する懸念もある。タイに進出してきている日系企業の正念場である。しかし、ここで筋肉質の体質を築けば、次回の景気拡大期にはこの効果が倍増することは歴史が証明してきたことである。こうした厳しい時こそ、在タイ日系企業には是非踏ん張って頂きたい。
このように景気の先行きの不透明なタイであるが、クリスマスパーティーや年末プレゼントで街は活気にあふれている。ケーキやプレゼントを買いに、人は街に出てショッピングを楽しんでいる。更にこうした贈り物を届けるために街中に普段以上の自動車が走っており、大通りは昼間から渋滞が続く。「不景気などどこ吹く風?」という感じである。毎年見慣れているとは言え、昨年の慌しい師走の光景を思い返すと、やはりタイ人の底力を感じる。
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