山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
27年ぶりの新税が登場するという。日本を離れる旅行者から一人当たり1000円ほどを課税しようという「出国税」が自民党税調で検討されている。
1年間に日本から出国する人は約4100万人。1000円ずつ徴収すると410億円の税収が期待できる。使途は「観光振興」。インバウンドと呼ばれる訪日客を増加させる施策に充てるという。
この方面を担当してきた観光庁は2017年度当初予算が210億円。新税はその2倍近い財源になると期待されている。
年末の政府税制調査会の審議を経て19年度から導入が検討されている。翌年の東京五輪にむけて海外からお客を呼び込むキャンペーンを展開しようという魂胆だ
◆使途を法律で明記しない「一般財源」
観光関係者は喜んでいるが税金、とくに新税には「政治」が絡むのが常である。集めたカネを差配するのは誰か。税に利害が絡む関係者の目はここに集中している。注目されているのは菅義偉(すが・よしひで)官房長官の言動だ。11月13日の定例記者会見で出国税の使途を聞かれると、紙を読みながらこう語った。
「受益と負担の適正な在り方を勘案し、増加する観光需要に高次元の対応を行う観点から具体的な検討を深めていく」
理解できた記者はどれだけいるだろうか。典型的な役人答弁。キーワードは「受益と負担」「観光需要」「高次元の対応」だろう。
受益と負担とは、払った人に恩恵がある使い道を考えます、ということだろう。
「観光需要」を強調したのは、中心は観光ですよ、という意味だ。旅行者に負担させるなら旅行者に恩恵が及ぶ税金にする。かつての道路財源のように自動車の利用者に負担させて道路を造る、という「特定財源」としての税金がこれである。ところが出国税は、使途を法律で明記しない「一般財源」になるという。
◆国民的監視が必要だ
特別会計にして管理すると融通が利かない。役所や政治家の裁量で使い道が柔軟に決められる税金にしたい。「高次元の対応」というのはそういうことだ。一見観光とは離れているように見えるけど、回りまわって観光客の増加にもつながるような予算にも回します、ということ。ここが一番のポイントで、「使い道は政府がいろいろ考えてやりますから任せてください」と言いたいのだろう。
「構想段階で税収を地方自治体に配分することが検討されましたが、400億円ばかりの財源の一部を地方に分けてもしれている。一括管理して適切な事業に配分するのが効率的、ということになり全額国税という方向で進められています」と財務省関係者では言う。平たく言えば、「使い道は国が決める。ほしければ官邸に陳情に来れば」いうことのようだ。
「すでに菅案件と呼ばれるプロジェクトが走り始めています」
大手広告代理店の企画担当者はそう語る。事業化の段階で政府から補助金がでることを織り込んで計画が日本各地で進んでいるという。
菅官房長官は、カジノ推進の旗を振ったように、インバウンドの観光事業に熱心だ。地方の振興といえばかつては工業団地の整備など公共事業だったが、モノからコトに需要が移りつつある昨今、観光は「地域おこし」の核になっている。官邸から地方に目配りするのには、観光予算を握ることが早道なのだろう。自治体や業者もそのあたりの事情が分かり、大きな案件は官邸にお伺いを立てるという。
「もう一つの狙いが出国税にはある」と関係者は言う。五輪がらみで外国人観光客を誘致するには世界での観光キャンペーンが必要になる。その宣伝やイベントの企画に出国税が充てられるという。この時、政府や日本オリンピック委員会(JOC)と一体となって動くのが大手広告代理店だ。
観光庁やJOCの予算には限度がある。観光庁予算の倍の財源が投入されれば潤沢なカネが代理店に回る。
新税が導入される19年度は政治的に微妙な時期でもある。今度の選挙で与党は衆参両院の3分の2を確保した。憲法改正を国会に発議する頭数は確保できた。問題は「国民投票」。総選挙で勝ったものの国民投票で勝てるとは限らない。改憲を悲願とする安倍政権は国民投票に勝つキャンペーンが必要になっている。国民投票を19年か20年あたりに設定すれば、来年あたりから「改憲キャンペーン」が始まるのではないか。原子力発電の安全神話を流布したように、産業界・政界・広告業界が一体になった宣伝、差配するのは大手広告代理店だろう。
19年度に出国税が実施され、その使途に五輪客誘致の海外プロモーションが組み込まれれば、広告業界にカネが流れる。官邸と一体になって世論対策に協力している大手代理店に大きなビジネスチャンスが訪れるだろう。
税は政治そのものだ。カネに使途は書いていない。融通無碍(むげ)に使える予算ほど為政者にありがたいものはない。だれが財源を握るか、国民的監視が必要だ。
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