引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆忘れてないか安保法案
2015年、日本の安全保障政策は大きな分岐点にある。誰もがそう言う。しかし安全保障関連法案の国会可決、成立からまだ2カ月だというのに、世の中から忘れ去られようとしているのが現実。だから、再度ここで報道検証という切り口で考えてみたい。
まずは安保法案成立の流れを総括する。14年12月に「アベノミクス」「消費増税」を公約に掲げて衆議院を解散し、総選挙を行った安倍晋三首相は、自民党とともに連立与党を形成する公明党と絶対過半数を獲得する大勝利を収め、政権基盤を盤石なものとした。そして、15年5月15日に安全保障に関する憲法解釈を変更する方針を説明。「平和憲法」を転換するものとして、各社の世論調査では反対の声が根強く、公聴会では与野党が推薦する憲法学者3人がそろって「違憲」との見解を示し、学者のグループや学生、若者、主婦や高齢者層など広い階層で反対運動が展開された。その中で同法案は7月16日に与野党などの賛成多数で衆議院を通過し、参議院に送付された。
「法案の説明が不十分」との意見が多いことを受けて、安倍首相自らも映像メディアに出演するなどして説明を試みるが、反対の声はやまない中、7月27日に参議院で審議入りした。衆院通過から60日過ぎても参議院が採決しない場合、衆院が再可決できる「60日ルール」の適用をにらみながら、参議院は採決を目指して審議が行われた。これまで新聞をはじめとするメディアは、法案審議の報道を衆議院通過がクライマックスだとみなし、衆院通過後の参議院での審議内容を報道する意欲に欠いてきているのが現実であった。
今回は、世論の反対が根強い日本の国のあり方という観点からも、重要な法案であり、内容の問題点も指摘されており、各社はその内容を報道している。しかしながら、新聞やテレビなどのマスメディア各社の法案審議をめぐるトピックスの扱い方はマスメディア各社の法案への考え方や姿勢が反映されている。
例えば衆院通過を「強行採決」と表現した朝日と「与党単独採決」と報じた産経では、法案への賛否が明らかに違う。すでにこの違いは既成事実化しているが、ここでは参議院での審議開始から採決までの期間、新聞各社1面の取り扱いの姿勢を浮き彫りにする「扱いの大きさ」=面積から、安保法案と新聞各社の姿勢を明らかにしていきたい。
◆新聞の1面とは
まず、今回調査の「フィールド」である新聞の1面について確認する。新聞の1面は新聞の「顔」であり、その日伝えるべきニュースの重要度から最も扱いの大きいトップニュースを新聞の右肩に置くのが、日本の新聞の流儀であり、これは韓国の新聞も同様である。
新聞の1面に掲載される原稿は新聞期日の前日もしくは当日に起こった生ニュースもしくはストレートニュースといわれるもので、日本で政財界の動きがない週末は、その新聞特有の企画記事で占められることもあるものの、概ね朝日新聞1-4本、毎日新聞1-4本、読売新聞1-5本、東京新聞1-5、産経新聞1-4本の記事が掲載されている。全国のブロック紙(北海道新聞、河北新報、中日新聞、中国新聞、西日本新聞)や各地方紙に記事を配信する共同通信は、各新聞社の紙面構成のガイドラインとして出稿案内である「夕刊メモ」「朝刊メモ」では、1面トップ級や1面掲載に値する記事として「◎」=にじゅうまる、「○」=ひとつまるの記事を紹介し、この1面用の記事の「枝番」として政治面や社会面、経済面の記事が展開されていく構造となっている。つまりは、1面の記事が中心に紙面づくりが行われ、それがその日のニュースの幹のような格好になっている。
また、毎日新聞本紙の1面編集をした経験から、毎日の夕刊用、朝刊用の編集会議では、1面を何するかが、最も決めるべきテーマであり、1面で報じるべきか、とともにトップを何にするかは、毎日発行される新聞という商品の「正確さ」「信頼性」を決めるものであるから、細心の注意を払い、瑕疵(かし)が許されない決定が試されている判断である。従って、新聞の1面は新聞制作過程においても、商品としても、最も新聞社が報道すべきものを確実に伝えようとするその姿勢が示される場所であることは誰もが一致する意見であろう。
この1面の「顔」にこだわって、これまで重要法案でも衆院通過した後は、参議院の審議過程を無視し続け、「参院法案通過」だけを報道してきた各社が安全保障法案では、参議院の審議入りから可決まで、どのくらいの報道をしてきたのかを比較し、その内容ではなく、定量的な数字で比較するのが今回の試みである。
◆占有率から姿勢を知る
1面の調査を定量的観点から行うために、今回は1面のニュース編集可能な紙面面積に占める「安全保障関連法案の関連記事」の割合から比較した。調査対象は、朝日、読売、毎日、東京、産経の東京本社制作紙面の最終版(主に東京都23区内)の1面。各新聞はサイズが同じで縦51.5センチ、横38センチ。このうち新聞題字やインデックス、定型のコラム、広告を抜いたスペースがニュース編集領域であり、この領域に対する安保法案関連記事の割合を、紙面占有率として計算した。
この安保法案関連記事は、参議院での審議のほか、国会前でのデモ、新たな見解の提示など、記事のリード(第1段落部分)の中で触れていることを条件とする。リードで安保法案に触れず、リード以降に部分的な形で、触れているものは対象外とした。これは安保関連法案について伝える、という意思が明確になっているかどうかを判断する際に、安保関連のニュースを「リード部分」に入れるかどうかが各社の大きな判断の分岐点となる。
新聞の紙面制作上の原則としてメインの見出しとなる「主見出し」はリードの文言から引用することになっており、見出しで「安保」を示すかどうか、そして見出しそのものの大きさがそのニュースの価値の大きさであることから、「リードの書き方」は各社の姿勢を表すと言ってよいからである。
さらに見出しの大きさは概ね記事の長さに比例し、写真についても関連の写真を1面に掲載するかどうかの判断は、そのニュースを伝えたいかの姿勢を反映したものである。
従って、1面におけるニュース記事の取り扱い方は、記事だけではなく、見出しや写真、時にはグラフィックスや図表などで広い領域を占めることで、読者に伝えようという意思が顕著に表れてくることになる。この占有率の母数となる1面におけるニュース編集の面積は、1面の全体面積からインデックスや定型企画(天声人語、産経抄など)、広告等を差し引いた面積であり、各社の面積は以下の通りである。小数点2位以下は切り捨てた。(単位は平方センチメートル)
朝日 963.7
読売 1053.9
毎日 1096.0
産経 1407.3
東京 1112.8
調査対象の紙面は朝刊のみとした。産経以外は夕刊も発行しているが、最近の夕刊の編集は、新聞社各社の人員削減や業務の効率化を背景にストレートニュースの取り扱いを縮小し企画記事をメインにする傾向が強いためである。調査期間は、前述の通り、これまで参議院の審議を無視するケースが多かったことも考えて、参議院の審議入りである7月27日(同日付新聞)から採決日(翌日付新聞)までとした。(以下、次回に続く)
コメントを残す