佐藤剛己(さとう・つよき)
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories 代表。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。
タイへ違法に輸出された日本発の電子ごみが、タイ政府の輸入拒否により、2年かかってようやく日本に送り返された。「シップバック」と呼ばれるこの「ごみ返送」問題、当局の取り組みにもかかわらず類似事案が増加している。
◆200トン、コンテナ8個分
「Hazardous waste going back to Japan」(タイ英字紙ネーション)。タイの新聞各紙は7月28日、タイ工業省高官を招いての電子ごみ返送(シップバック)式典を、一斉に報じた。国境を越えた有害廃棄物の移動を防ぐバーゼル条約に基づくシップバックは、タイでは初めてだ。日本に送り返されたその量196.11トン、コンテナで8個に上る。2014年8月にタイ中部チョンブリ県のレムチャバン港に入り、税関検査などの結果、中身が申告通りの金属くずだったのはコンテナ1個だけ。残りは有害物質を含む電気製品関連ごみ、いわゆる「電子ごみ」だったというのだ。
工業省のソムキッド副大臣はシップバックについて、「危険廃棄物密輸と闘う日タイ協力関係の表れ」とし、輸出に関わった関係者に日本の環境省が法的措置をとることになっていると明言した。船は当初、式典翌日の29日に出航する予定だったが、実際には8月12日になった(註1)。
◆「業者が引き取る」?
有害または違法と分かっていながら2年も留め置かれた理由について、共同通信は、対象品は日本の国内法で有害物質と認定されず、「日本政府が輸出業者に引き取り命令を出せないため問題が長期化していた」としている。決着したのは、「最終的に(日本の)業者が自主的に引き取る」ことに同意したためだという(註2)。
法的な義務がないのに業者が自主的に引き取るのは無理がある、と思い、筆者が手始めに業者特定を試みたところ、恐らく東京都にあるT社ではないかと目星をつけることができた(註3)。T社は2014年8月、スクラップ家電などをスクラップ金属に混ぜてタイへ不正輸出したとして、環境省からの通報を受けた警視庁から家宅捜索を受けた。一方、環境省が公にしている資料によると、バーゼル条約に基づく違法取引の外国政府通報のうち、タイからのものは2014年の1件しかない(註4)。ここからT社を類推した。
T社は1995年創業。国内で9事業所を構えて金属スクラップを扱ってきた。近年は慢性的な事業不振に加え、福岡のヤードで火災を出すなどし、最後はタイ国内でスクラップ解体をしていたらしい。2012年には、東京電力から買い取ったスクラップが放射能汚染されていたことを理由に中国からシップバックを受け、この責任を東電に問う損害賠償請求訴訟を起している(註5)。もともと目立っていた企業なだけに、「T社が目を付けられただけなのか、あるいは他にも事情があったのかもしれない」(東京都内産業廃棄物業者)と、スケープゴートにされたことを指摘する関係者もいる。
もし、関与企業がT社だとすると実は大きな問題がある。T社はすでに倒産しているのだ。2008年のいわゆるリーマン・ショック後、社業は一時持ち直したが、国内のヤードは14年までに全て閉鎖、昨年5月に東京地裁から破産手続き開始決定を受けたのだ。
◆年々増えるシップバック
環境省資料(註4)は、アジアからのシップバックとして以下の計33件を記載している。対象国は年々少なくなっているが件数は増えている。
2012年: 香港2、マレーシア2、韓国1、ナイジェリア2
2013年: 香港2、マレーシア1、インドネシア1、マカオ1
2014年: 香港8、タイ1
2015年: 香港12(8月末時点)
資料は「今後東南アジアへ(電子ごみの)仕向け地が移る可能性がある」とし、各国の規制強化に伴いシップバックが増えることを予想している。筆者の聞き取りに環境省は「循環型社会のモデルを世界に示すことを願っているのに、(タイの事案のように)汚染をばらまいているように見られるのは本意ではない」(産業廃棄物課)とし、バーゼル条約と国内法の「すきま」を埋めるべく、法整備を図ることにしている。
話はそれるが、この環境省データには放射線汚染によるシップバックは含まれていない。しかし、こちらも東日本大震災以降かなり発生したようだ。中国の場合、2011年の3~12月には「雑品」とされるスクラップを積んだ日本からの10隻、12年にもT社の件も含め3隻が入港先で受け入れ拒否となった。
他にもロシアに輸出したタイヤ約840本や韓国へ輸出した鉄スクラップなど、多々ある。台湾では少なくとも14年11月時点で、日本からの輸入コンテナのうち241個で放射能汚染が確認されたという。韓国のように「(韓国)国内業界から、輸入鉄スクラップの締め出しがきつくなっただけ」という声もあり、個別事情はそれぞれありそうだ。
◆「環境犯罪」は経済成長より伸びている
ごみの問題はビジネス界ではメジャーな課題とは言い難い。しかし、国外へ出た違法廃棄物が各地で健康被害を巻き起こし、また、贈収賄行為と引き換えに一部(?)の税関当局に是認されてきたのも事実だ。国連環境計画(UNEP)と国際刑事警察機構(INTERPOL)は今年6月に発刊した「The Rise of Environmental Crime」(図下、註6)で、環境汚染・被害を引き起こす違法ビジネス(「environmental crime」)は、年間910億?2580億米ドルを稼ぎ(2014年比26%増)、年率5?7%と世界経済の2?3倍で増加している、と警告した。
こうした事態に日本が手を差し伸べる方策はないものか。例えば、電子ごみの主要仕向け先となるASEAN加盟10カ国各国にバーゼル条約にかかる法と執行体制の支援をする、などはどうだろう。「人治から法治へ」の支援は当該国への大きな支援になるばかりか、東南アジアから距離を置こうとする米国(少なくとも国防総省がこの地にかける予算は激減している)をこの地域につなぎ止める楔(くさび)にもなり、日本にとっては一石二鳥である。
タイを8月12日に出発した電子ごみは同月26日までには日本に到着した。環境省は「まだ発表できるものはない」としており、電子ごみがどう扱われているものか定かではない。さて誰に渡り、どんな処理がなされるのか。
註1)共同通信、2016年8月12日
註2)共同通信、2016年7月27日
註3)日本の環境省は業者名を公表していない
註4)環境省「第1回廃棄物等の越境移動等の適正化に関する検討会」資料3?1、「廃棄物等の不適正輸出対策強化に関する課題について」
https://www.env.go.jp/recycle/yugai/conf/conf27-01/H270929_05.pdf
註5)2013年12月、東電が実損額ほぼ全額の8000万円をT社に支払うことで和解した(日刊産業新聞、2013年12月13日)
註6)図は同報告書P81より。日本からの電子ごみは中国から東南アジアに仕向け先が移っていることがわかる
http://unep.org/documents/itw/environmental_crimes.pdf
※弊社ニュースレターJ26号(2016年8月17日)を加筆修正しました。
※『アセアン複眼』過去記事は以下の通り
11回 ASEAN共同体とCSR(2016年4月15日)
10回 タイはテロリスト天国(2015年9月18日)
9回 シンガポール人にとっての兵役(2015年7月31日)
8回 70年後の「帰還」(2015年7月3日)
7回 インドネシア政治の影の仕事師(2015年6月26日)
6回 ラスベガスで逮捕されたマレーシア人と政府の奇妙な関係(2015年3月20日)
5回 民間企業の汚職防止がもとめられる背景(2014年11月21日)
4回 カジノ、抜け落ちる議論(その2)(2014年9月19日)
3回 カジノ、抜け落ちる議論(その1)(2014年9月12日)
2回 投資詐欺と被害者側に必要な基本動作(2014年8月15日)
1回 サッカーと八百長、闇も深いが根も深い(2014年6月13日)
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