小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住15年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
日本企業連合にとってはタイで久しぶりの朗報である。丸紅、東芝およびJR東日本が、その共同出資事業体を通して、バンコクの都市鉄道パープルライン向けの鉄道システムと10年間のメンテナンス事業を受注したのである。これにより、バンコクの都市交通に日本製車両が初めて採用されるともに、日本の企業連合が海外での鉄道メンテナンス業務に参画する初めてのケースとなる。
思い起こせば今から約15年前、日本企業はバンコク初の都市鉄道であるBTS(高架鉄道)事業で欧州企業に敗退した。円借款を条件にオールジャパンでアプローチしたにもかかわらず、受注を逃したのである。
その要因として、競合先のリベート攻勢が挙げられ、品質に勝る日本製品が勝てないのはタイの理不尽な商慣習のせいだと日本人の間では語られた。
しかし、果たして本当にそれだけであったのだろうか? 私がその時の関係者から聞いた一つの敗退要因は、日本の車両価格などがあまりにも高すぎるとのことだった。
ちょっと思い返していただきたい。日本は、鉄道各社また路線ごとにデザインや性能の違う車両を投入。ご丁寧にも一定年限ごとにモデルチェンジまで行うのである。「鉄道オタク」にはたまらない話だろうが、これらにかかる開発費や数百種類におよぶ金型のコストなどを考えると空恐ろしくなる。
これが、他国と一桁違う車両価格となるのである。こんな状況で日本の鉄道事業が諸外国に勝てるはずがない。そう思っていたら、何と3、4年前には、バンコクのBTSに中国製車両が採用されたのである。日本の鉄道事業は、廉価な中国製にも完全に後塵(こうじん)を拝してしまった。
こんな中でのまさかの朗報(関係者の方に対しては、申し訳ありません)である。とういのも、直前までは日本勢の旗色が悪いと私の耳には入ってきていたからである。
◆経済合理性の追求とリベートの効力
今回、日本企業連合が受注を獲得出来た要因は何だったのだろうか?
第一の勝因は、JR東日本が持つ鉄道運行システムのノウハウを、パープルラインの運営主体であるバンコクメトロ社(現在バンコク地下鉄を運営)が欲しがったからである。
それは日本の持つ技術や品質の勝利と人々は位置付けるかもしれない。しかし、その考え方はあまりにも皮相的だと私は思える。多くの日本人は、日本品質を日本の誇りとして最後の拠り所にしているように見える。しかし、品質の高さだけを求める人が世界中にどれくらいいるだろうか?
高い品質に伴う運営コスト(燃料代)や修理費コストの低減、耐用年数の延長、はたまた 残存中古価格の上昇などトータルでのコストが同程度にならなければ、品質の高さは人々に採用されないのである。
これに関して、私には強烈な思い出がある。2000年初頭、ホンダのオートバイがベトナムで中国コピー車に市場を奪われたことがあった。この時、ホンダのタイ現地法人の経営陣が取った戦略は、長期のトータルコスト均衡策である。ホンダは中国コピー車とのトータルコスト比較を行い、高品質に伴う経済価値と等しくなるところまで果敢に価格を引き下げ(ただし中国コピー車より30%高い水準)、ベトナム市場から見事に中国コピー車を駆逐したのである。
タイの都市鉄道は現在、乗客の増加により飽和状態になってきている。この状態を解決するためには、鉄道の複々線化もしくは効率的な運行システムの導入が必要となってきている。
鉄道の複々線化には巨額の費用を要する。バンコク地下鉄を運営するバンコクメトロ社が、価格が少々高くても日本の運行システムを手に入れることは、経済的にも利にかなった行為である。そうした意味で今回の受注は、経済合理性にかなった日本の長所を生かした勝利である。
二つ目の勝因は、共同事業のタイ側パートナーである建設大手、チョーカンチャン社の強烈な交渉力を前面に押し出したことである。タイはリベート社会である。リベートは商行為を行う上での潤滑油であり、これなくして現地社会との取引は出来ない。
しかし、コンプライアンスに縛られた日本企業はリベート行為を敵視し、相次いで商談で敗退を繰り返している。今回、こうした役割は日本側企業に知らされず、全面的にチョーカンチャン社が行ったと推定される。
タイのリベート社会をどう把握していくべきなのか、次回のテーマとして取り上げたい。
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