引地達也(ひきち・たつや)
仙台市出身。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP(東京)、トリトングローブ株式会社(仙台)設立。一般社団法人日本コミュニケーション協会事務局長。東日本大震災直後から被災者と支援者を結ぶ活動「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。企業や人を活性化するプログラム「心技体アカデミー」主宰として、人や企業の生きがい、働きがいを提供している。
◆押し黙る医師
子供が暴れる―。津波から逃れ、与えられた命。その命のエネルギーを、その障害のある子供たちは、あまりにも非日常と化したあの日の恐れなのか、あるいは不安なのか、暴力という破壊行為で表現し、家を、家族を、母を、その兄弟を破壊する。
いわゆる、それは強い心的外傷を受けた事後に突然その過去を思い出し、人によってはパニック状態となる心理現象とされる「フラッシュバック症候群」と呼ばれるが、確かなことはまだ不明だ。
「そんな子供に私たち大人は何と声をかけてやればいいのでしょうか」
私の質問に、知人の精神科医は押し黙ったまま頭を抱えた。
今のところ、それがすべての答えかもしれない。科学的に最良な方法は基本的にはない、そこには人への誠意というあいまいだが、強靭(きょうじん)な思想に基づく屹立(きつりつ)した立ち振る舞いで応じるしかないのだろう。そこでこう言えたら、こう言える自分でありたいと思う。
「大丈夫だよ。暴れなくてもいいんだよ。津波が来たら守ってあげるから」
それはコミュニティという名の地域社会にも言えることで、それを言える地域は自然にはできない。そうありたいと願い、それが必要だと考えて、はじめて人は動く。行政が動く場合もあるし、市井(しせい)の人々が動く場合もある。
これは障がいのある子供たちを持つ母親たちの後者にあたるケースの途中報告である。
◆叫び
「おぎゃー、があー、んぎゃー、があー」
その声を、叫び声を何と表現していいのだろう。体の底から絞り出される音は人の意識をすりぬけ、拡声器となったのどと口を通じて発せられる。それは声ではなく呻(うめ)きであり、何かを伝える意味を持つならば叫びともいえよう。
静まり返った子供が、突然表情を豹変(ひょうへん)させ、叫び声をあげて、床に頭をすりきれるほどこすり付け、やがて起き上がり、近くにあるものを次々となぎ倒し、親になぐりかかり、その手で自分をも痛みつける。その力は体に宿している総量を余すところなく発出され、破壊行為は予想不可能な壊れた風車のように暴れまわり、家の中は嵐となる。
宮城県気仙沼市本吉町の風と緑が心地よく行きかう静かな家並みの中にあって、子供が暴れる、この家庭においては、東日本大震災以降、毎日が修羅場だった。
◆エネルギー使い果たし
2011年3月11日の震災時、佐藤久人君(仮名)は、地元の支援学校に通う小学校6年生。名前を呼んでも振り向かず、1歳半で発語行為が消え、3歳半で自閉症と分かった。自分からコミュニケーションがとれず、母の美由紀さん(仮名)は、母性と感覚で子供の意図や感情を感じながら接してきた。父親は仙台に単身赴任で、1つ年下の次男と5つ年下の長女との4人暮らし。常に4人で同じ部屋で寝てきた。
叫び、そして破壊行為が始まったのは震災1週間後。家を逃れ、大勢が暮らし、様々な音が飛び交う避難所では、「外部から入ってくる音を調整できずすべてを受け止めてしまう久人君がパニックに陥る」。そう判断した美由紀さんは、避難所に入らず車の中で生活することを選んだが、その生活環境の変化からか、やがて久人君は嘔吐(おうと)と下痢を繰り返し、そして美由紀さんに襲いかかる暴力行為まで発展していった。
それは突然にやってくる。静かにしていたかと思うと、叫び声をあげて、美由紀さんにぶちあたる、次男の頭につかみかかる、長女を蹴る。それは時間かまわず、夜通しになることもある。体のエネルギー全部を使って、その行為を続け、体がくたくたになった時、その行為は終わる。(つづく)
※このルポルタージュは3回シリーズです。次回(その2)は7月18日に掲載します。
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