小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
2010年に日本を追い抜き世界第2位の経済大国となった中国。すでに日本の3倍の経済力を保持しているが、その実態はよく見えていない。日本の報道を見ると中国経済の危機をあおる記事にあふれており、中国に追い抜かれた日本の焦りや悔しさが透けて見える。中国経済のデータを客観的に見ることにより、中国経済の本当の実力を読み解いてみたい。次回と2回に分けて考察する。(注:本文中のグラフ・図版は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものをみることができます)
◆拡大する経済規模と所得水準
中国の経済規模(GDP)は、2006年に米国を除くG7(平均値)を追い抜き、10年には米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった(その地位を築いてからすでに7年が経過している)。また、16年時点の米国と中国のGDP差は7.3兆ドルであるが、5~6年後には5兆ドルへ縮小する見込みであり、中国は米国とともに世界経済全体の成長に大きな影響を与える存在となっている。
[図表2:戸籍別可処分所得(単位:ドル)]
都市部に住む中国人富裕層と日本人の所得水準は年々近づいている。中国の公式統計である「中国統計年鑑」では、都市部と農村部の可処分所得をそれぞれ5段階に分けて公表しているが、都市部には都市戸籍保有者に加え、出稼ぎ労働者(農民工)である農村戸籍保有者が混在しているため、都市部に住む中国人富裕層の実態に即していない。そこで、中国統計年鑑における地域別の可処分所得と、清華大学による戸籍調査をもとに推計すると、2015年時点で約3.8億人の都市戸籍保有者のうち、1億人程度が1万5千ドル以上の可処分所得を有している計算となる。日本国内の所得の低い都道府県(沖縄や宮崎など)の1人当たりの可処分所得は1万6千ドル程度であるため、日本人と比較して遜色(そんしょく)ない水準に到達したといえる(添付補足資料をご参照ください)。
◆国内経済の低迷から中国は国外に成長ドライバーを求める
[図表3:中国の実質GDP成長率と需要項目別寄与度]
中国の実質GDP成長率は、これまで中国の経済成長を牽引(けんいん)してきた固定資産投資の減速および消費の伸び悩みを主因に、2011年以降、前年を下回る水準で推移しており、2022年にはプラス6%を下回る見込みである。成長率の鈍化の背景としては、①地方政府債務の増加に伴う固定資産投資の減少②少子高齢化に伴う労働力人口の減少――などが挙げられる。
[図表4:中国の政府部門債務の推移]
まず中国の地方政府債務問題を見てみよう。中国国内ではリーマン・ショック後の2008年後半から全国各地でインフラ計画が勃興(ぼっこう)し、政府会計から独立した法人(地方政府融資平台公司、通称「地方融資平台」)の債務が急増し、結果的に中国の政府部門債務が急増した。最近では、省・自治区・直轄市レベルの政府が債券を発行することで、オフバランス化されていた債務を低金利の地方債に借替える形で処理が進められている。
[図表5:中国の固定資産投資額の推移]
地方政府債務の増加推移と、国内のインフラ投資を中心とした「固定資産投資」の低下傾向は概ね一致している。そのため、債務処理は国内の固定資産投資の重石となっていると推測され、当面、中国経済を牽引してきた、「国内投資」に成長の牽引役を期待するのは難しい。
[図表6:中国の年齢別人口推移(単位:%、百万人)]
次に少子高齢化に伴う労働力問題である。中国の労働生産年齢人口は2017年には10億人を下回り、25年には全体の7割を下回ることが予測されている。一方、65歳以上の高齢者は、25年から30年にかけて急速に増加し、35年には3億人を突破することが予測されている。日本と同様、中国も少子高齢化(労働力人口の減少と高齢人口の増加)の進行は避け難い現実となっている。そのため、GDPの主要構成要素である「国内消費」が長期的に伸びていくことも考えづらい。
国内経済の「投資」と「消費」に過度な期待が持てない状況下、中国は新たな成長ドライバーを中国国外に求め、将来的に有望な市場への「輸出」と「海外直接投資」を拡大させている。
◆ASEAN5との貿易を戦略的に拡大
[図表7:中国の国別輸出額構成比推移(2016年時点の上位5か国+ASEAN5合計額)]
[図表8:中国の国別輸入額構成比推移(2016年時点の上位5か国+ASEAN5合計額)]
成長の減速が鮮明となってきた2011 年以降、中国はASEAN5(インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア)との貿易額を伸ばしている。特に、輸出入ともに日本との取引額を減少させ、対象的にASEAN5との貿易額を増やしている。このASEAN5との貿易を拡大する中国の姿勢は、同国やその周辺国の人口動態・成長性を見込んだ合理的な戦略と言える。
[図表9:世界人口(構成比)の予測値]
超長期の人口予測をみると、アジア地域の人口は2050年まで増加し続け、全世界人口の過半数を維持することが見込まれている。中国は「一帯一路」構想や「真珠の首飾り」構想に基づき、ASEAN諸国との政治的・経済的な結びつきを更に強めていきたいと考えている。一方、ASEAN諸国は中国の広大な国内マ-ケットや豊富な資金力を利用して自国のインフラ開発や産業育成・経済発展に生かしたいと考えており、互いの利害が一致する。そのため、今後も中国はASEAN5とその周辺国との貿易を拡大させ、結びつきを強めていくだろう。
◆世界第1位の輸出競争力は、技術力の向上により更に強まる
[図表10:米国・中国・日本の輸出額推移(単位:百万ドル)]
中国は全世界最大の輸出額を誇り、最近の輸出額は2兆ドルを上回る水準で推移している。2016年時点で米国とは約6800億ドル(1.46倍)、日本とは約1兆5千億ドル(3.3倍)の差がある。
[図表11:米国・中国・日本の貿易収支額推移(単位:百万ドル)]
貿易黒字額は5千億ドルを上回って推移している。日本は380億ドル(14.4倍)であり、ドイツですら黒字額は3千億ドル程度であるため、中国の輸出力が世界第1位であることは疑いようがない。
大量生産・輸出を可能とする中国の競争力の源泉は「人件費の安い労働力を大量に投入できること」にある。 [図表2]のとおり、中国には可処分所得が3400~1万7千ドル前後の都市戸籍保有者が3億8千万人いる一方で、可処分所得が500~4千ドル程度の農村戸籍保有者が9億9千万人存在する。農村戸籍保有者は勝手に都市部へ籍を移すことが出来ないほか、農村戸籍保有者は都市戸籍保有者と比較して、社会保障・就職・教育面で大きな制約を受ける。この圧倒的格差社会の中で、所得の低い(人件費の安い)農村戸籍保有者を製造業などで大量導入出来る仕組みとなっており、中国における製造業のコスト競争力を支えている。
[図表12:米国・中国・日本の特許申請件数]
[図表13:米国・中国・日本の特許取得件数]
「貿易量は多くとも中国製品は粗悪で壊れやすい」といった中国製品の質を問題視する意見があるが、中国企業・研究組織は科学技術力を急速に強めている。世界各国の特許申請件数および取得件数をみると、中国の勢いが非常に強い。特に申請件数については、過去5年で米国と日本を大きく引き離した。実際の取得件数でも15年には米国・日本を追い抜いた。
最近、中国企業へ転職する日系家電メーカーの技術者が増加しているとの報道を多く見かけるが、中国企業による研究開発分野での人材獲得ならびに科学技術集積に対する思いは非常に強い。ファーウェイ(華為技術)・ジャパンでは新卒求人広告で大卒者40万1千円、修士修了者43万円の初任給が提示されている。日本の初任給平均は約20万円であるが、その2倍を中国企業は提示し理系学生を囲い込もうとしている。また、中国企業が日本の研究者へ直接アプローチし、多額の研究資金を提供しているとの話も聞く。
驚異的な科学技術力の集積にかかる中国の姿勢は、将来的に中国製品の品質向上に結びつくだろう。「低コストかつ大量の労働力」で「特許がもたらす高品質の製品」が製造・輸出されたら、日本を含む他国の企業は太刀打ちできないだろう。
◆もはや日本と同水準の直接投資残高
[図表14:中国・日本の海外直接投資残高(単位:百万ドル)]
中国は輸出だけでなく、海外直接投資(中国から海外への投資)にも注力している。こちらも経済成長の減速が鮮明となってきた2011 年以降、急増させており、早くも日本と同水準の投資残高を有している。過去3年間(2013~15年)の投資残高の平均伸び率(プラス27.4%)を踏まえると、2016年時点で日本の海外直接投資残高を上回る試算となる。また今後、プラス10%で推移するとしても、今後5~10年以内に中国は、英国とフランスを追い抜き、米国、ドイツに次ぐ投資大国となる。日本を含む多くの先進国は、経済規模や輸出だけでなく、得意分野である海外直接投資でも中国に追い抜かれようとしている。
[図表15:中国・日本のアフリカ向け海外直接投資残高(2015年末、単位:百万ドル)]
中国はリスクの高いアフリカ諸国への投資を進めている。日本からアフリカ諸国への投資残高と比較すると、中国は2015年時点で既に3.9倍の差をつけており、先進国がリスクを取りきれない地域を果敢に攻めている。前述の人口予測をみると、2100年にはアフリカ地域の人口は全世界の約40%となることが見込まれている。将来有望と目される市場に対して投資を進める中国の姿勢は合理的である。輸出同様、アフリカ諸国をはじめとした新興国との政治的・経済的な結びつきを強めたいと考えている中国は、更に投資を加速させると予想される。
◆まとめ
経済成長の減速が鮮明となってきた2011 年以降、中国は成長ドライバー(成長の原動力)を国外に求め、将来有望な市場への「輸出」と「海外直接投資」を戦略的に拡大させている。ASEANを含む海外市場での日系企業との競合はますます激しくなることが予想される。またアフリカに対しては積極的に直接投資を行うことにより、いち早く市場攻略の地歩を固めようとしている。
一方で中国はすでに日本の約3倍の経済力を備え、一人当たりのGNPも都市部においては日本と遜色が無い水準である。日本企業は中国の都市部をマーケットとして捉え、積極的に営業展開をしなければならない。すでに特許取得件数などを見ても日本を上回っており、日本企業は中国企業を侮ることなく競争をする必要がある。
すでに大国となって久しい中国。私たちは中国の実力を冷静に受け止め、共存と競争をしていかなければならない。(以下、次回に続く)
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