引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆半数以上が赤信号
企業や公共機関・団体などの従業員数に応じて障害者雇用を義務付ける割合である法定雇用率を遵守(じゅんしゅ)していない企業は、半数以上(2015年6月現在、以下厚生労働省調べ)の52.8%に上ることをどう考えればよいのだろうか。半数以上が守らないのはやはり赤信号をみんなで渡っている状態とも言える。
基準が高すぎるという法律・規定が悪いのか、利益優先の企業が悪いのか、世界情勢に左右される景気等の経済環境が悪いのか、障がい者への理解が進まない社会環境が悪いのか。各分野に責任は見いだせるのだが、まずは障がい者の雇用率の適用は半世紀以上も歴史があるのに、達成しているのは「半分」という事実を正しく受け止めたい。
現在の法定雇用率は2013年に引き上げられた2%。達成しているのは、8万7935社中4万1485社。雇用率を平均すると1.8%となる。都道府県で雇用率が高いのは、山口県で837社中459社が雇用率をクリアし平均は2.51%。2位が大分で744社中437社が達成し平均2.43%。最下位は宮城で1.79%。達成しているのは1392社中648社の46.6%だった。上位と下位といっても、それほど大差はない。つまり全国的に「半分」なのである。だから、赤信号をみんなで渡っている印象がある。
◆半世紀の歴史
この法律は1960年の身体障害者雇用促進法から始まっており、当初は努力義務として、職種によって1.1~1.3%と定められ、68年に1.3%に一律化。76年に義務化された1.5%から段階的に引き上げられ、2013年に2.0%となった。そして、これら雇用率を達成していない場合に企業が納付する障害者雇用納付金は、1人に付き月額5万円である。
法定雇用率の分母となる障がい者の中で、特に精神障がい者の増加の現実を重ね合わせてみる。「精神分裂病」との表現がメディアでも普通に使われ、精神疾患者への差別が根底にあった社会は02年まで続いてきた。患者の家族らの要望や運動により「統合失調症」の表現に切り替わったのがこの年で、「統合失調症」の歴史はほんの14年である。この間に病気や患者への理解、一般に対する啓蒙活動も行われてきた。
活動の結果、精神保健福祉の公共サービスが受けられるための「精神保健福祉手帳」の交付数は飛躍的に増加していて、04年度の33万5064人から9年後の13年度は75万1150人と倍以上となった。この両年度でハローワークへの精神障がい者の新規求職数と就職件数は、04年度が新規求職数1万467人に対し就職件数3592人、13年度は新規求職数6万4934人に対し就職件数2万9404人と総量が5倍以上となっている。
◆善意で成り立つ福祉
今後も上昇する予定の法定雇用率と精神障がい者の増加に伴う求職数の滞留の可能性。この問題解決に向かうのが、私が携わっている就労移行支援事業所であり、全国で約2700施設が運営されている。従来の福祉作業所や福祉系デイサービスなどと違うのは、企業への就労を目指す施設であろうとすると、雇い入れる企業側の視点と実際の企業側とのつながりも重要で、スタッフにいわゆる「営業マインド」も必要となってくる。
一方で、この事業は各都道府県の認可事業で認可を受けるには物件に応じた受け入れ定員、それに伴うスタッフ数が決められているから、事業所の「収益」は固定化されてしまう。そのため、従業員の給与のベアも限定的にならざるを得ない。つまり枠組みは支援の「厚生労働省」でも、求められる結果は企業への就職と定着で、それは「経済産業省」。枠組みが福祉だと「営業マインド」を持ったスタッフが集めにくい構造になってしまう。
これは福祉事業全般に言えることで、日本の社会構造として「福祉」事業は人の善意に頼って成り立っている。企業は善意だけでは生きられないから、法定雇用率を無視する。これが赤信号を渡っている現象につながっているのだろう。この点をまず指摘した上で、また次の論を展開したい。
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