山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
東京都知事選に立候補した田母神俊雄・元航空幕僚長が記者会見で興味深い発言をした。
「都知事は自分でなければ、という理由は何ですか」と問われると、「政府と東京都が一体となって日本の再興をはかっていかなければならない。私は安倍首相の国家観・歴史観を支持している。知事になったら首相がやりたいことを先に発言し、行動する役目を果たしていきたい」と語った。
そこで質問した。「安倍首相の国家観や歴史認識をご本人に確かめたことがありますか。何を根拠に同じだというのでしょうか?」
田母神さんの答えはこうだった。
「首相は国防軍をつくると言ってます。自分の国を自分で守るという考えは私と一緒だし、靖国に参拝するということは戦後のレジームからの脱却だと思います。戦後の日本は、日本が侵略戦争をしたとか、残虐行為をしたとか必ずしも真実でないことを、国民が非占領国として占領国の歴史を強制された。自虐史観というものです。これを乗り越えなければならない、と安倍首相はいろんなところで発言しています。私の考えと同じです」
キーワードは「戦後レジームからの脱却」ということか。田母神流に言えば「占領国から強制された歴史観」である。これを改めることで二人は一致している、というのだ。
「安倍さんは候補者のなかで私が一番いいと心の中では思っていると思います」と田母神さん、自信たっぷりだった。
◆「戦後レジームの否定」に踏み込んだ首相の靖国参拝
記者会見の前日、1月21日の読売新聞の「論点」に元駐米大使の栗山尚一氏による「首相靖国参拝 『戦争肯定』誤解の恐れ」という論文が載った。
栗山氏は、戦後日本がよって立つ座標軸を「戦前戦中の独善的なナショナリズムに基づく植民地支配と侵略の歴史を事実として受け入れ、過去と決別して戦争への反省を行動で示す平和国家として生きていくことを内外に約束した」と指摘している。
つまり日本は、あの戦争は侵略戦争で、そのことは歴史的事実として受け入れてきた、というのである。終戦50年を区切りに発表された村山談話やその10年後の小泉談話でもこのことは繰り返し表明された、という。
「独善的なナショナリズム」という表現は村山談話に書かれ、「戦争への反省」は小泉談話にも盛られている。外交官として日米関係に関わってきた栗山さんは、日本の基本姿勢を「過去と決別、戦争を反省」と米国に説明してきた。
田母神流に言えば、これが「戦後レジーム」なのだ。占領軍=アメリカによって押し付けられた歴史観ということである。日本だけが悪いわけじゃないのに、悪者にされた、という被害者意識。反動として「日本の誇りを取り戻そう」と意気込む。
さて安倍さんはどちらか。
首相としては栗山論文の立場だろうが、「心の中では私を支持」と田母神さんなら言うだろう。
引きとめる周囲を振り切って靖国神社に参拝した首相の行動は、田母神さんが解説するように「戦後レジームの否定」に踏み込んでいるように見える。だから米国まで「失望した」とコメントしたのだろう。
中国や韓国との緊張を高めただけに留まらず、戦後の秩序である「第二次大戦の総括」を根源から否定しかねない日本の態度に違和感を表明した、と見るべきだ。だから親米派外交官の栗山氏が、首相と相性のいい読売新聞に「戦争肯定と誤解されますよ」という趣旨の一文を寄せたのだろう。
◆日本人の自信が揺らぎ「臆病な自尊心」が芽生える
安倍氏を支える官僚機構に困惑感が漂う一方で、安倍氏の好みで枢要ポストに就いた「お友達」は気分よく持論を語るようになった。
NHK会長に選ばれた籾井勝人氏は就任の会見で、従軍慰安婦についての本音を堂々と披瀝(ひれき)した。
「戦争地域にはどこにもあったと思う。韓国は日本だけが強制連行したようにいうから話がややこしい。日韓基本条約で全部解決している」
公共放送の会長という立場をわきまえず、「日本だけが悪いわけじゃない」という持論を展開した。
始まった国会では「道徳教育の強化、指導要領に領土教育を、教育委員会制度を政治主導に見直し」が盛り込まれる。安倍氏の同志で文部科学相に抜擢(ばってき)された下村博文氏が横車を押している。ベースになっているのは下村氏らが推進する「新しい歴史教科書」の路線。これも戦後レジームへの逆説である。
街中では在日韓国人などが集まる地域で、「死ね」「殺せ」など暴言の域を超えた「ヘイトスピーチ」が繰り返されている。
中国の大国化、韓国経済の台頭。北東アジアで圧倒的だった日本の経済力が縮む中で、日本人の自信が揺らぎ「臆病な自尊心」が芽生えているかのようだ。
仲間だけで「ニッポン、チャチャチャ」が盛り上がる。他国からどう見えているのか、周りは見えない。
◆保守勢力の亀裂は安倍政権に忍び寄る危機
保守勢力の間からも、急速な右傾化への懸念が広がっている。ひとつの表れが、都知事選挙での細川・小泉連合だ。引退後、脱原発に目覚めた小泉純一郎・元首相が、同じく元首相である細川護煕氏を担ぎ出して脱原発の選挙戦に打って出た。
「原発がなくても日本はやっていけると考えるグループと、原発なしではやっていけない、と考えるグループの戦い」と小泉氏は対立の構図を描いて見せた。
反原発勢力からは元日弁連会長の宇都宮健児氏が立っている。こちらは共産・社民が応援する。反原発票は割れる恐れがあり、新聞社の世論調査では、自民党が推す舛添要一元厚労相の圧勝が予想されている。
脱原発候補の「勝利への執念」が問われている。本気で「勝ち」を取りに行くなら「候補者一本化」しかない。「最善を尽くし勝敗は度外視」といういつものパターンなら、「美しく負ける」ことになる。
保守勢力の亀裂は、絶頂の安倍政権に忍び寄る危機だろう。田母神氏の「ひいきの引き倒し」が安倍氏の足元を危うくしている。
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