山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
10月9日付の日本経済新聞国際面に気になる記事が載っていた。国際通貨基金(IMF)が発表した「国際金融報告書」によると、米国には当局の監視が及ばない投資ファンドなどシャドーバンキングが多数あり、「金融市場を揺るがす脅威」になりかねないと指摘している、という。「影の銀行」は中国だけではなかった。
金融緩和が長く続くと、行き場のないカネがいかががわしい投機に向かうのはいつものことである。マネーがじゃぶじゃぶあふれている時は表面化しないが、金融が締まるとバブルが破裂するように、クズ同然になる。
◆過剰なマネーが不健全な投資に向かう
「米国の連邦公開市場委員会(FOMC)が量的緩和を収束させようと考えています。過剰なマネーが不健全な投資に向かい、もはや放置できない状況になっているからです」
金融アナリストの三国陽夫(あきお)さんは今年1月にそう指摘していた。「QE3」と呼ばれる金融の量的緩和第3弾からの出口戦略がやっと決まったのは6月。その前からFOMCはマネーの暴走に手を焼いていた。リーマン・ショックで懲りたはずなのに、またぞろハイリスクな金融商品に手を出し始めた。
「サブプライム自動車ローン」と呼ばれるものが登場しているという。低所得者に特別な金利で自動車ローンを提供する。リーマン・ショックの発火点は、住宅に対するサブプライムローンだった。その自動車版が好調な乗用車市場を支えているという。
問題視されているのは途上国への投資だ。米国からあふれ出た資金が中南米、中東、アフリカ、東欧などへ流れ込み、新興市場ブームを起こした。かつてのアジア危機がそうだったように、投資が流入していた時は皆がはやし立てているが、金融が締まるとマネーは逆流する。急いで手仕舞いしようと一斉に逃げ出し、風船から空気が抜けるように新興国経済はペシャンコになる。
◆バブルの穴をバブルで埋めてきた中央銀行
「短期金融市場での流動性危機」という言葉がIMF報告者に出てくる。当局の監視がないノンバンクやヘッジファンドなどが目先は高配当の危ない投資に手を染めている。
勝負は逃げ時だ。ちょっとした政策の変化で、リスクマネーがわれ先に逃げだすと金融市場が大混乱する。金繰りがつかない企業や銀行が続発する。その連鎖が金融危機だ。金融は人体に例えれば循環器系だ。血管が破れたり血栓ができたりすると、臓器は健全でも深刻な事態になる。
処方箋(せん)は、潤沢な資金供給だ。ギリシャ危機で欧州の短期金融市場で「流動性の危機」が起きた。IMFと欧州中銀が資金供給を宣言し事なきを得た。リーマン・ショックも同じ処方箋だった。「QE1」と呼ばれる膨大な資金供給が始まり、QE2、QE3と受け継がれ今日に至る。
リーマン・ショックから6年。してきたことは、バブルが破壊した跡を資金投入で癒やしてきただけである。「バブルの穴をバブルで埋める」のが中央銀行の仕事だった。毒と薬が混然一体なのが金融資本主義の病である。
米連邦準備制度理事会(FRB)は迷宮の中でもがいている。出口がない。QE3は10月に終わる予定で、段取りとしては、それから金利を上げていく。ゼロ金利の解除。つまり金融の蛇口を絞ることになる。どんなことが起こるのか。しかし放置すれば、不健全な金融が蔓延(まんえん)する。
◆「ジャクソンホールの密約」
QE3の終了から金利引き上げまでどれくらいの時間がかかるか、に市場の関心は集まっている。投資家や証券会社・銀行が備えをする時間を与える、というのがFRBの作戦だ。備えを促すというのが、IMF報告の裏事情である。「みなさん覚悟を決めて下さいね。驚かないでくださいよ」と呼びかけているのである。
8月下旬、米国のワイオミング州ジャクソンホールで世界の中央銀行のトップが集まるセミナーが開かれた。ここである合意が密かに交わされたらしい、という「ジャクソンホールの密約」が金融関係者の間で話題になっている。
イエレンFRB議長が欧州中銀(ECB)のドラギ総裁に「QE3の終了で市場に資金が不足した時はECBが積極的に支えてほしい」と申し入れた、というのである。
一足早く金融の量的緩和に着手した米国は先に抜け、「あとはECBさんよろしく」というのである。同じ構図は日本にも当てはまる。
昨年4月に黒田東彦(はるひこ)氏が日銀総裁に就任し「異次元の金融緩和」を宣言した時、米国は喜んだ。マネーの世界に国境はない。日本が潤沢な資金を供給すれば米国は「足抜け」することができる。「黒田緩和」は米国の援軍と受け止められた。
◆見せかけの好景気の影で蔓延する金融リスク
金融の世界は「ババ抜き」に似ている。カネを貸し込んでいる間は金利が稼げる。その融資が腐っても、資金を追い貸しして金利を払わせることができる。勝負はその不良債権を誰に押し付けるか、である。他の貸し手を巻き込み、一緒に融資しながら、頃合いを見て逃げる。うまく立ちまわった者が勝者、というのが金融の世界だ。
やっていることは詐欺まがいでも、立派な肩書を持ち、世間体のいい隆々たる組織に属しているので世間は誤解する。中央銀行も同じだ。世界の金融危機に共に立ち向かう、という姿勢を見せながら、損は他国につかませるのが金融外交だ。
日本は、米国債を大量に買わされた末にプラザ合意のドル安に協力させられた。米国に資金を流すため低金利を迫られ、揚げ句がバブルとその崩壊だった。
世界的過剰流動性が引き起こす金融の大波乱が遠からず起こるかもしれない。震源地は米国か、途上国か。大量の国債を抱える日本かもしれまい。見せかけの好景気の影で蔓延する金融リスク。ババをつかまされるのが日本でないことを願う。
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