SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)
勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。
「性産業―テクノロジーが世界最古のビジネスを自由化している状況について」(The Sex Business, How technology is liberating the world’s oldest profession、英Economist誌2014年8月9日-15日号)。
堂々のカバーストリーである。大抵の日本人にとって、国際的に知られるメディアが正面から取り上げることに違和感を覚えるテーマと思うが、この雑誌は全くそのこだわりは感じていないようだ。
しかも月替わりの特集記事の扱いである。白地に赤く大きな字体による表紙はもちろん、巻頭記事(Leaders)1ページ、そしてそれを肉付けする詳細記事に4ページもの誌面スペースを割いている。詳細記事の見出しは、「よりお値打ちに興奮を」(More bang for your buck)である。
さて、皆さんは読んでどうお感じになるだろうか。
◆IT化で変わる売買春ビジネス
巻頭記事のポイントは、以下にまとめることができる。
売春は人類の起源と同じくらい古い職業であるが惨めさ、後ろめたさが常に付きまとう。そして人身売買、暴力、麻薬の問題が併存してきた。
そうはいっても多くの、男女いずれにとってもあるいは今日(こんにち)では、一部同性間においても自然に需給が成り立つビジネスである。先進各国がこれを少なくとも建前上違法とみなす背景には、性を売る側への同情に依拠して具体的な取り締まりは買う側に仕向けられる。
ここにきてインターネットが活用されるにつれ、このビジネスの様相が変わってきた。これまでは仲介者、場所提供者(売春宿、女衒負〈ぜげん〉)に搾取されてきた従事者たちは、ウェブサイト運営業者のサービスを利用してお客との直接の値段交渉、危険なお客あるいは料金踏み倒しの前科者、また性病防止などに関する情報を同業者間で共有することで、より安全に、効率的に仕事ができるようになっている。
自らの合理的判断で進んで行う女性も多い。ネット活用でうまく時間を使い、子育てにも便利な職業という。英国ではその宣伝を禁止するものの売春そのものは禁止していない。米国はネバダ州を除き違法。オランダ、ドイツでは合法。経済統計データの表には出ないものの年間売り上げは米国で140億ドル、英国で53億ポンド(89億ドル)の経済規模という。
純粋な(?)売春そのものを買う側、売る側のいずれを違法化してもなくならないことは過去の事例が立証済み。スウェーデンではかつて需要者側(客側)を規制することによって撲滅を図ったが不首尾。詳しい背景は不明であるが米国のロードアイランド州では2003年から09年の間、屋内売春(路上勧誘しなければ可)を合法としたところ、婦女暴行件数と淋病罹患(りんびょうりかん)者が急減したという。誌の本テーマに関する主張は、官による規制の無駄、有害さ、およびその排除である。
◆丁寧かつ詳細な世界の市場調査データも
詳細説明ページの内容を、以下にまとめる。
ベルリンで買春を考える向きには、新しい携帯向けソフト「Peppr」が便利。市内の場所を特定すれば当該地域での従事者の写真付き、身体特徴説明、値段をあらかじめチェック可能という。当該サイト使用料は5~10ユーロである。
米国ではネバダ州を除き違法のため、ウェブサイトはサーバーを外国に置き、サイトのオーナーとその利用者は仮名を使用し、サイトの運営目的は「娯楽」で掲載内容はすべて「フィクション」と届け、法の網を逃れる。
米国において、夜の街を流して客をとる“正統派”の方式は検挙されるリスクが高いことと、ネットが安全裡(り)に、お互いの品定めとリスクチェックをサポートしているため、その商売の全件数に占める割合は今や2割に満たない。また、ネットはプロたちにフレックスアワーの労働形態を許し、そして中間流通業者を排除する恩恵を与え、他業種と同様に時代の要請に応える進化プロセスを踏んでいる。
世界の市場調査データも丁寧かつ露骨な仔細(しさい)を交えて供している。エコノミスト誌が自社の調査部門のサイト、International prostitution websiteに1999年にまで遡って集積されたデータを出典先とし、世界12カ国、84の都市の19万人に及ぶ性産業従事者のプロファイルを活用している。
しかしアンケート結果としてのデータは、主に米国市場をベースにしているようである。価格は他の製品、サービスと同様に提供する形態、内容により大きく異なる。詳細に記すのは少し憚(はばか)れるがたとえば、2人の女性を相手にする場合の時間当たりのオプション追加料金は120ドルで、総費用は470ドルを超える。口腔内(こうくうない)噴射オプションはさらに二つに分かれ、唾棄(だき)を許せば42~43ドル、嚥下(えんげ)を所望すると62~63ドル、それぞれのベースプライスに加わり、締めて350ドル弱、および380ドル未満となる。他にオーラル、接吻(せっぷん)、SMそしてアナルなどの選択に対しても追加料金水準がグラフの形で示されている。
07~08年の経済危機環境下では当然、時間当たり料金は下がる。サービス提供者の体形、髪の色と長さそして胸の豊かさによっても価格のばらつきはあるが、ここではこれ以上の詳細を省く。
また、男娼(だんしょう)も性産業市場全体の5分の1を占めていると推定している。しかし、顧客の利用後アンケート結果としてのデータ量が少なく、まだ分析に値するに至っていない。
◆異質に映る日本の社会
さて、私の感想であるが、このような記事をEconomist誌ではもちろん他の紙誌においても読んだことはない。社会規範上、表(おもて)での議論にはどうしても抵抗がある。結局、IT化がこの産業にも及んでおり、その影響をポジティブに捉えている。
そして、先進国においては性産業を一律に社会矛盾、経済格差の象徴として拒絶否定するのではなく、冷静に受け入れるべきサービスの一つと見なしているようである。
日本においても、IT化は実は同様の変化を生じさせているのかもしれない。分別ある大人が自由に享受すべきサービスとの視点は共感できる。しかし、日本には十代少女の出会い系サイトでの事実上の売春を発端に、悲惨な事件へとエスカレートしている事例がある。とりあえず喫緊の問題として対処せねばならないが、今回の記事を参考とするにはあまりに日本の社会は異質なのだろう。
ただし、社会の不幸な少数者の問題として眉をひそめるだけでかかわりなし、を決めているだけでは解決できない。彼女らのサービスの顧客が大人であることを考えれば、単なる少年非行としての対応にとどまらず、日本の性産業の現状を表(おもて)に出して議論するべきなのかも知れない。
敢えてこの記事に意義を見出すとしたら、その点であろうか。でも、合点がいかない点は残る。ここまで大真面目に取り上げるべきテーマなのだろうか?一度皆さんにも目を通していただき、意見をお尋ねしたい今回の記事である。
※今回紹介した英文記事へのリンク
http://www.economist.com/news/leaders/21611063-internet-making-buying-and-selling-sex-easier-and-safer-governments-should-stop
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